眼科医としてキャリアをスタートさせながら産業医に軸足を移し、障害や心の病、出産・育児などで就労や就学が困難な人の支援と社会への接続機会増加のための総合コンサルテーションを行う会社を起業。その名は、Studio Gift Hands(スタジオギフトハンズ)。スマートフォンやタブレット端末を活用して視覚障害や発達障害のある人の就労や学習を支援したり、企業の職場環境や社員のメンタル面を改善したりすることで、病気や障害を抱えながら働く人のまだ見ぬ才能(gift)を輝かせ、組織全体の“健康寿命”延伸を目指す。同社代表取締役の三宅琢氏に話を聞いた。

(聞き手は塚崎 朝子=ジャーナリスト)

Studio Gift Handsの業務は、どのようなものですか。

 大きく分けて二つあり、一つがタブレット端末などを使った情報提供(デジタルビジョンケア)による「障害者支援」、もう一つは企業で働く人たちに対する「教育」で、情報リテラシー教育をして様々な人の能力を最大限に引き出し、正しい人生の選択ができるような知識を付けてもらうことです。

 社名のギフトは、「gifted(才能ある)」に由来し、それぞれの人が自身の中に持っている才能(gift)への気づきや出会いをサポートする手(hands)や機会になることを目標としています。現在自社では基本的にものづくりはしませんが、例えば、視覚障害者用のアプリやゲームを監修したり、開発者と視覚障害がある当事者をつなげたりしています。

視覚障害者のケアを、ICT(情報通信技術)で変革されましたね。

 かつて、視覚障害の人が文字を読むには、点字や拡大印刷以外の方法はありませんでした。今は、全盲であっても、iPadやiPhoneといったiOS端末で文字情報を写真に撮れば、それを音声で読み上げてくれるアプリがあります。また、弱視者であれば、iPadをスタンドの上に乗せて文字を大きくしたり、コントラストを上げたりして情報の視認性を向上させられます。

拡大・縮小が容易なタブレット端末で閲覧する方が、ルーペや拡大読書器などで拡大するより視認性や操作性は向上。(写真:寺田 拓真)

 視覚障害の人に、いわゆるロービジョンケアとして、iPadやiPhoneの使い方を広めていたところ、2014年からiPad/iPhoneなどのICT機器による情報提供に保険点数が付き、医療として認められるようになり、一気に眼科分野で広がりました。

モバイル機器の進化が後押ししましたね。

 大学病院の眼科で、患者さんに手術概要などを説明するためにiPadを使い始めていました。パソコンは操作が難しいため、使える人は限定されますが、iPadは、全く知識のない人や小学生が使いこなせる端末であり、さらに障害者を支援するアクセシビリティー機能の充実により、誰でも使えるようになりました。視覚障害者の補助器具となる20万円近い拡大読書器でしていたことが、安価なアプリとアクセシビリティー機能の組み合わせで可能になるのです。

社会から孤立する人がほとんどいなくなる

視覚障害者にどのような効果がもたらされますか。

 視覚障害は、かつてはどこにどのような情報があるかが分からない情報障害で、さらに移動障害を伴うと言われていましたが、今は解決される時代になっています。

 それは、医療でなくICTのようなテクノロジーの恩恵に依るものです。効果は劇的で、まず、社会から孤立する人がほとんどいなくなります。視覚障害者同士が連絡を取り合い、外出時の同行支援サービスがあると知ると外出意欲が湧いてきます。LINEも音声入力でやりとりできるなら、やってみようとなる。好きな音楽を聴け、料理のレシピも読み上げてくれる……無理だと諦めていたことができるようになって、世界が広がるのです。

 高齢だから無理ということはなく、例えば、私の外来で最高齢の患者さんは92歳ですが、趣味の琴をもう1回弾きたいと、iPadの琴のアプリを楽しんでいるのです。書道のアプリを使っている高齢者もいます。

 ここ数年は、視覚障害に加えて発達障害のケアを視野に入れてきました。例えば、脳機能の発達障害で読み書きに困難を持つ子に対して、iPadでテキストを読み上げるようにすれば、一気に問題解決が図れます。

 その先には、高齢者を考えています。耳も聞こえにくい、目も見えにくい、記憶力も落ちている。移動障害も発語障害も抱えるようになり、高齢者は障害の“総合デパート”とも言える、学びの宝庫です。高齢者を支援できれば、いかなる障害も支援できるでしょう。

 私が対象とするフィールドが視覚障害から広がったのは、東京大学大学院(人間支援工学分野)の中邑賢龍先生の研究室で5年間学んだことが大きく、今も東大で視覚障害者や支援者向けのセミナーを定期的に開催しています。

 iPhone/iPadが、医療機器ではないことは、大きな利点です。私は医師として処方したり、講演をしますが、実際の操作法は視能訓練士や看護師が教えたり、さらには患者さん同士が教え合うこともできます。中途で失明したものの、視覚障害者にiPhone/iPadを遠隔で教えるための会社を起こした人もいます。彼は弱視から全盲になったので、弱視の時の使い方も全盲になってからの使い方も、両方教えられるのです。

障害のある人が楽しみながら成長できる空間

コンセプトディレクターとして設計に関わった神戸アイセンター病院(2017年開院)2階の「Vision Park(ビジョンパーク)」が、グッドデザイン賞やIDEA賞をはじめとして、多くの受賞に輝きました。

 ユニークなケアを行う眼科医として仕事をしていたことから、世界で初めてiPS細胞(人工多能性幹細胞)の移植で眼の難病である加齢黄斑変性の治療法の開発に取り組む高橋政代先生(現・ビジョンケア社長)から、お声がかかりました。再生医療と両輪として、診療から研究・治療、臨床応用、リハビリテーションまでを行う新病院を立ち上げるので、リハビリ機能を担当するエントランスの空間設計を手伝ってほしいと。

ビジョンパーク内のボルダリング施設。ルートのホールドが順番に点灯し正しいホールドを持つと荷重センサーにより音が鳴るため、視覚障害のある人も楽しめる。(写真:山本 尚侍)

 友人の建築家である山崎健太郎氏の協力を得て、公園のように様々な人々が行き交う場所を構想し、あえて安全な段差などを採り入れ、視覚障害のある人が楽しみながら成長できる空間が完成しました。

 アイセンターには、視覚障害者の支援をする公益社団法人「NEXT VISION(ネクストビジョン)」がありますが、実はその代表理事を務めているのは、眼科医である父の三宅養三(名古屋大学名誉教授・愛知大学前理事長)です。父は昔から「研究しない医者は医者でない」が口癖で、当初は私の仕事に反対していましたが、今は情報障害を減らすという意義を理解して認めてくれています。私も理事に名を連ねることになりました。

教育を処方して患者が自ら治る医療を

産業医としてもご活躍ですね。眼科医から産業医に軸足を移されたきっかけは?

 直接のきっかけは、2011年の東日本大震災です。「人生はいつ終わるか分からない」と死が身近になると同時に、絶対的な物は何もないと痛感しました。そして、他人の望む人生でなく、教育を処方して患者が自ら治る医療、すべての人が自分らしく生きられる世界を作りたいという夢に挑戦する人生を生きようと改めて思ったのです。

 私の身内は眼科医が多い家系で、自分も眼科医として修行して専門医資格も取り、母校の東京医科大学病院で働いていました。眼科はとても繊細な手術を必要とするのですが、私は手術が苦手でした。

 また、眼科医療にも限界を感じてきました。眼科医が一番怖いのは患者さんが失明してしまうことで、それは“死亡宣告”にも等しい。しかし、失明で命が奪われるわけでなく、患者さんは失明しても生きていける方法を教えてほしいと考えています。例えば、外科医が手術でがんを取り切れなかった場合、その先に終末期医療や緩和医療があります。ところが眼科では手術のかいなく失明すると、そこから先は福祉の世界に委ねるしかなく、患者さんも切り捨てられたと感じるのです。

 そんなとき、日本医師会認定の産業医研修会に参加し、産業医の仕事に魅了されたのです。病気の診断と治療を行う医者よりも、人を診て社会を元気にする医者になることが自分の目指すゴールであることに気づき、Studio Gift Handsを興し、眼科医としても眼科の緩和ケアのような位置付けで、現在の情報ケア外来を行うようになりました。

現在は産業医としての仕事がメインですか。

 眼科医が3割としたら、7割は産業医として働いています。ICT、住宅、人材派遣、フィットネスなどの企業30社と、産業医や顧問の契約を結んでいます。企業が一番困っているのは、モチベーションが低い社員やメンタル不調に陥っている社員の存在で、そのためにマネジメント層が病んでいる。そこで、教育こそ一番大切だと思い、マネジメントを頑張り過ぎず、もっと気楽に部下の意欲とメンタルのケアができるように努め、そうした趣旨の本も書きました(『マネジメントはがんばらないほどうまくいく』、2018年、クロスメディア・パブリッシング)。また、障害のある従業員の力を引き出すことに、特に力を入れています。

 多様な困難さを持つ社員の満足度を高めるには、仕事に社員を合わせようとするのでなく、私の働き方のように、その社員の個性に合せて仕事を調整することが大切です。

医師の働き方改革のモデルケースにもなりますね。

 かつて医師には、大学で研究者をするか、勤務医、開業医といった選択肢しかありませんでした。私の場合は、会社と言っても自分一人で運営していて、協業するのは全て非常勤のスタッフです。昔はなかった働き方で、医業も研究もでき、さらに一番やりたかった教育もできる。好きを仕事にしながら社会貢献もできている。今に感謝するとともに、私のユニークな生き方を通じて、多くの人が自分の才能に気づき、自分らしく生きるきっかけにしてもらえれば幸いです。

三宅 琢(みやけ・たく)
2005年に東京医科大学医学部卒業。2012年に同大学大学院修了。医学博士、日本眼科学会眼科専門医、日本医師会認定産業医・産業衛生専攻医、労働衛生コンサルタント、メンタルヘルス法務主任者、Studio Gift Hands代表取締役。公益社団法人NEXT VISION理事、東京大学未来ビジョン研究センター客員研究員、同大学先端科学技術研究センター客員研究員なども務める。(写真:寺田 拓真)

(タイトル部のImage:寺田 拓真)