いま日本人の眠りは危機的状況にある。慢性的な睡眠不足は職場のプレゼンティズム(presenteesm:出勤していても、心身の健康上の問題で、パフォーマンスが十分に上がらない状態)の大きな要因となっており、生産性向上を目的とした社員の睡眠管理(スリープ・マネジメント)に積極的に取り組む企業も増えている。

こうしたなか個人の眠りを評価するウエアラブルデバイスなど生体センシング技術を応用した製品開発や、短時間の仮眠によって従業員のパフォーマンスを回復する仮眠室事業など新たな睡眠ビジネスも次々と立ち上がっているが、その持続的成長のためには科学的な検証が欠かせない。日本人が健康的な眠りを取り戻すために重要なビジネスの視点は何か。スタンフォード大学で30年以上、睡眠医学の研究に携わってきた同大学医学部精神科 教授(睡眠生体リズム研究所 所長、ブレインスリープ 代表取締役 CEO/CMO)の西野精治氏に聞いた。

(聞き手は藤井 省吾=日経BP総研 副所長)

経済成長のなかで睡眠を軽んじた日本

 私がスタンフォード大学で睡眠医学の研究に携わるようになったのは1987年のことです。以来、睡眠と覚醒のメカニズムについて遺伝子の解析から臨床研究まで幅広い領域で研究してきました。こうしたなか常に気になっていたのは、戦後、日本人の睡眠が悪化の一途をたどっていることです。実際、睡眠時間に関する国際調査の多くで、日本はたいがいワースト1位か2位となっています。

東京の「睡眠偏差値」は最低
世界の5都市で「理想とする睡眠時間」と「実際の睡眠時間」を比較。東京は最も睡眠時間が短いだけでなく、理想と実際の差も大きかった(図:Makoto Bannai, Masami Kaneko, Seiji Nishinoらのデータを基にBeyond Healthが作成)

 日本では、女性や子供の睡眠状況も深刻です。欧米の調査では、女性は男性より20分ほど長く眠るという結果が出ていますが、日本では逆に女性の方が少なく、日本女性の睡眠時間は世界で最も短いという状態になっています。これは女性の社会進出が進んでいるのに、家事や育児に関する意識が旧態依然としているためだと思います。

 また、日本では夜10時以降に小さな子供が外にいるのを見かけます。学習塾に通うためでしょうか、夜遅くの街でランドセルを背負った小学生を見かけることもあります。欧米ではまずありえません。10時といえば本来なら眠りについていなければならない時間だからです。こうした習慣は発達段階の子供に慢性的な睡眠不足をもたらすと共に、子供によっては「生体リズム」が後ろにずれてしまう「睡眠相後退症候群」を引き起こし、それが不登校などにつながるケースも少なくありません。