九州・福岡の地で、30年ほど前から予防重視の診療に取り組んできたつきやま歯科医院。一昨年にはより高度で専門的な治療を手掛ける分院をオープンさせた。同院はこれまでどのように発展し、この先、どこを目指すのか。開業した父の背中を見て育ち、現在、分院の院長を務める築山鉄平氏に話を聞いた。

(聞き手は庄子 育子=Beyond Health)

まずは、つきやま歯科医院の歩みを教えてください。

 父が福岡市南区の井尻につきやま歯科医院を開業したのは1989年です。学生だった1970年代は「虫歯の洪水」と呼ばれた時期で、歯を削って上手に埋めるのを競わせるような教育が主流だったと言います。違和感を覚えた父は大学院に進んで予防歯科を学びました。

 その過程で、夏休みに2カ月ほど岩手の無医村地区のようなところに行く機会があり、虫歯だらけの子供がたくさんいたので治療に当たった。けれど、治療をやればやるほどお口の状態が良くなっていっているとは思えなかったそうです。治療をしてもまた虫歯になって、子供たちが来ることがやむ様子がなかったので。そこで、当時、歯科先進国のスウェーデンで導入が進んでいたフッ素によるうがいなどを取り入れたところ、虫歯の数が途端に減った。それで治療よりも予防の方が価値があることを実感したと言います。

 父が「予防を基礎とした診療」を行うと決め福岡で開業した翌年の1990年に、WHO(世界保健機関)の歯科部長であったバームス先生が来日され、先進国における将来の歯科医療サービスの姿は、予防70%、一般治療20%、高度専門医治療10%になると予測されていました。片や発展途上国は治療が70%ともおっしゃっていて、当時の日本の状況はその途上国モデルにぴたりと当てはまっていた。そこから、日本は歯科の先進国モデルのように予防にシフトしていかなければならない、そのためには当院が何より先進的に取り組むもうと歩んできました。

開業当初から予防重視だったわけですね。とはいえ、患者さんはもっぱら「歯医者さんは虫歯を治すところ」というイメージが強かったのではないですか。どうやって予防の大切さを理解してもらったのですか。

 まずは患者さんの訴えをよく聞くことに徹していましたね。私たちの予防歯科に対する思いとは裏腹に患者さんは実際に困りことがあって来院されるわけですから、それを解決しつつ、その裏に本当はどういう希望があるのかを考えるようにしました。患者の「患」という字は心を串刺されていると書きますので、まず心の串を取ることを意識したわけです。当然ながら、歯が服を着て歩いてくるわけでありません。ですから、歯だけを見るのではなく、その人となりや生活背景に目を向けるようにしました。

 その結果、患者さんたちとより良好な信頼関係が築かれていったように感じます。すると、今度は地域の方々に「あそこに行くといつまでも口の中が健康でいられる」という評判が広がり、実際に来院患者数は安定して増えていきました。

 患者さんの増加に伴い、医院規模も拡大する必要に迫られ、ドクターの数を増やし、診療日数も週5日から6日に変更し、増改築を図るなどの工夫を凝らしました。現在、つきやま歯科医院の1階は治療フロア、2階は予防歯科フロアとなっていて、患者さんのプライバシーに配慮して、完全個室対応としています。治療フロアに8室、予防歯科フロアに10室の計18室構成で、クリニックとしては大きめな規模ですが、患者さんありきの結果によるものだと感じています。

築山 鉄平(つきやま・てっぺい)
2001年九州大学歯学部卒業後、佐賀医科大学(現佐賀大学医学部)歯科口腔外科に入局。2005年日本橋矢澤歯科医院勤務。2006年より米国タフツ大学歯学部歯周病科に留学し、最優秀臨床賞受賞。2009年米国歯周病学会歯周病インプラント認定医、2010年米国歯科修士を取得。2011年つきやま歯科医院勤務。2015年タフツ大学歯周病学招聘臨助教授に就任。2017年ヨーロッパインプラント学会認定医取得。2018年より現職(写真:荒川 修造、以下同)

メディカルトリートメントモデルに沿った予防歯科とは

2018年6月には、分院の「つきやま歯科医院専門医療クリニック天神」を開設されました。

 ええ。つきやま歯科医院の予防メインテナンスを受けに来られる方は健康意識が高くなる傾向があり、歯のトラブルに見舞われた場合、より積極的に質の高い治療を望まれるケースが多いんですね。また、世の中には、お口全体に問題を抱え、他の医院で治療ができずに悩んでいる方、高額でずさんな歯科治療を受けて「やり直し」を希望される患者さんが大勢いる。それならばより高いニーズに応えようと専門医療に特化した分院をオープンさせました。

 分院も本院と同じく「メディカルトリートメントモデル」と呼ばれる手法に沿った予防に力を入れています。加えて、予防でどうしても避けられないトラブルが出てきた人や、手に負えない先天的な欠損があるといった方たちなどに、「最後までできる限り歯を残す」「ただ治すのではなく美しく治す」ことを大前提とした専門治療を行っています。

メディカルトリートメントモデルに沿った予防とはどういうものですか。

 メディカルトリートメントモデルは、スウェーデンのイエテボリ大学名誉教授のボー・クラッセ先生が提唱された考えです。直訳すると「医科的治療モデル」。医科では、様々な診断・診査を通じて患者さんの現在の状態をしっかりと把握した上で、疾患の原因を取り除き、症状を軽減させる。さらに、治療結果をモニタリングし、再発予防のための処置を講じますよね。それと同じようなアプローチを歯科でもするわけです。

 当院のメディカルトリートメントモデルに沿った予防歯科は、こんな具合に進みます。まずは問診や各種検査を通じて口腔内の健康状態をくまなく調べます。その際、歯を失う二大要因の虫歯と歯周病に着目し、現状を踏まえての将来リスクを数値化するようにもしています。例えば、虫歯のなりやすさが100の段階で60ぐらいであるといった具合です。そうして患者さん自身に口腔内の状況を把握してもらった上で、検査結果に基づき、治療計画や予防プログラムを立案し、応急処置などを経て、治療、評価、定期メインテナンスへと進んでいきます。つまり、一人ひとりにあった治療・予防方法をオーダーメイドで組み立てて実践しているのが特徴です。

現状では、歯を定期的にメインテナンスし、クリーニングする予防歯科は、保険診療の適用を受けられるケースと受けられないケースの両方が存在しています。つきやま歯科医院はどういう運用をされていますか。

 以前は一部保険診療で行っていましたが、2017年1月からすべて自由診療に切り替えました。予防歯科が保険の適用となるかどうかの境界線はあいまいなところがあるのも事実です。経済産業省が所管する産業競争力強化法の「グレーゾーン解消制度」に基づき、厚生労働省は2015年4月に、歯科医師が虫歯や歯周病に罹患していないと判断した人に対する予防メインテナンスは療養の給付に含まれない、つまり保険診療の対象にならないことを明確化しました。けれど、「歯周病の疑い」や「虫歯の疑い」があれば、保険診療の対象になるとも見なされています。だから今でも多くの歯科医院が「疑い」の名のもとに、保険診療で定期メインテナンスを行っているのが実情です。

 ただ、厚労省の通達を読む限り、虫歯や歯周病が治った人たちや、もともとそれらの病気がなく安定している人たちへの予防的な健診やメインテナンスはやはり健康保険の適用外と解釈できるので、当院では一定の準備期間を経た後、全額自費での取り扱いにしました。

自由診療にすれば、患者数の減少にもつながりかねず、切り替えには覚悟が要ったと思うのですが。

 実際、患者さんはがくんと減りました。2016年の12月までいわゆるメインテナンスの来院患者さんは、年間4000人近くいたんです。ところが自由診療になった2017年1月以降、その半分ぐらいまで徐々に減っていきました。今は少しずつまた戻してきていますが。

 自由診療にすれば、経営的に痛手となるのは、もちろんわかっていました。でも患者さんに口の中の重要性を分かってもらうには、全額自費に挑戦すべきだろうとも考えていたタイミングだったので、決断しました。

あえて全額自費に挑んだと。

 そうですね。歯科先進国の中でとくにアメリカは顕著な例ですが、歯科の治療にかかる費用はとても高額です。治療が高額だから、その分、歯は高級なものと認識されていて、最高のアクセサリーと称されることもあります。きれいな歯は仕事や人生に大きく関わっているとも考えられており、予防歯科を目的に子どもの頃に矯正歯科治療を行うことは親の使命のようにもとらえられています。そんなアメリカは予防にかかる費用は低めに抑えられている。そのため、高額な治療費がかからないように、定期的な歯科のクリーニングや検査を受けることが習慣づいているんですよね。

 一方で日本の場合、歯科の治療は健康保険の適用となるので、安価で受けられます。そのせいか、「悪くなったら、治療すればよい」「痛くなってから、歯医者に行けばよい」という風潮が定着してしまっています。

 結局、その国の医療制度が国民の健康に対する意識・考え方を導いていくんですよね。他国によく見られる「予防は保険でカバーします。しかし治療は自己責任で」という制度ですと、アメリカと同じく「歯は高級なものだから大切にするために予防に行こう。予防は給付もしてくれるし」という考え方になるわけです。ただ、日本の制度の方針は逆ですので、それならば当院では予防を完全に自由診療とすることで、逆説的になりますが、「健康を守り育てる予防はとても大切なものなんだ」という価値観を持ってもらえたらと考えました。

日本で予防歯科に健康保険が適用されるには

話が横道にそれますが、国は1989年から80歳で自分の歯が20本以上ある状態を目指す「8020(はちまるにいまる)運動」を推進し、その結果、当初7%程度だった達成者率は、2016年調査では51.2%と半数を超えました。それについて、先生は「現場としてはギャップを感じる」とも発言されています。

 ええ。当院では8020を達成している方は大勢いらっしゃいます。けれど、日本全体で5割を超えているとはなかなか思えません。実際、調査結果をよく見ると、8020の達成者率は75歳以上85歳未満の調査結果から推計したもので、75~79歳の数字が含まれている。だから率も高く出がちです。一方、海外のある調査結果では、80歳の時点で残っている平均的な歯の本数は、スウェーデン21本、アメリカ19本、そして日本が12本と報告されていて、こちらがリアルな状況に近いと感じています。

 また、80歳の日本人に残存している歯はどんな質なのかといえば、治療痕だらけで、かなりボロボロ。健全な歯ではないんですね。厚労省の調査でも後期高齢者の8割以上が入れ歯のお世話になっていることは明らかになっています。

 ですので、今公表されている8020に関するデータは結構怪しいなというのが私の印象です。そもそも8020は1989年に立てられた目標で、当時の平均寿命は78.8歳だったので、その時分では相当野心的なものだったとは思うんです。けれど、2017年のダボス会議などで、2007年生まれの日本人の50%は107歳まで寿命が延伸すると言われ、「人生100年時代」の到来は間近に迫っています。そんな中、28本ある永久歯をすべて保って、人生目一杯、自分の歯で食べて、話して、笑うことができるようにしていくところをこれからは目指すべきです。

とはいえ、日本ではまだまだ「年をとれば歯を失うのは仕方がない」と考える人が多いのではないでしょうか。

 その通りです。けれど、だからと言って、健康意識が低いなどとして日本人の個人個人を責めるのは違うかなとも思っています。今の状況は環境の責任が大きいというのが私の持論です。歯を失うのは、歯を大切にしないから。先ほども述べましたが、その背景には日本の医療保険制度の課題が横たわっています。歯科も医科も、病気になった途端、保険給付を受けられ、公的サポートが手厚くなります。すると、病気になった方がお得感があるので、病気になってからしか受診しないメンタリティーがどうしてもできてしまうんですよね。

 もっとも、制度はすぐには変わりません。日本で予防歯科に広く健康保険が適用されるには、健康な人に対してこういう予防的介入を図れば、これだけの効果があるというデータがしっかりとそろっていなければなりませんが、今は日本独自のデータは数少ないのが実情です。それもそのはず、健康かもしれない患者さんでも必ず歯周病や虫歯の疑いという病名をつけないと保険診療ができないので、純粋に健康な人に対する予防的介入効果が見えにくくなっていて、正確なデータが取れていないんですよね。

 今いくつか民間の保険会社が予防歯科をカバーするような保険の販売を考えている動きがあり、私もあるプロジェクトにアドバイザーとして関わっています。そうしたデータが集積して予防の効果のほどが明らかになれば、もしかしたら健康保険適用の道が開けるかもしれませんが…。

「チョコレート歯科」と名付けた理由 

日本の医療制度がそう簡単に変わりそうにない中、築山先生がこの先、目指すのはずばり何ですか。

 様々なところと手を携えながらオーラルヘルスの輪を広げて予防の価値を浸透させ、ゆくゆくは歯科先進国のアメリカやスウェーデンのようにメインテナンスのために歯科医院を定期的に受診することが当たり前となって、それを文化として根づかせていきたいと思っています。

 お口の不健康は糖尿病、心臓や脳の血管障害、認知症など全身の様々な疾患に関わっていることは国内外の研究からも明らかになっています。ですので、医科歯科連携もこれからもっともっと社会保障の中では価値のある取り組みになるでしょう。

 ただこの連携はいわゆる手紙を交換するだけの、表面的なやりとりをするだけのものではありません。歯科診療所は患者さんの全身状態が健康でも継続して訪れる唯一の医療機関なので、これからは私たちが新たな全身の健康ステーションとしての役割を担える可能性も十分にあると思っています。だからこそ歯科医療従事者は謙虚になって自ら近所の医科の先生方と積極的な交流を計って、当事者意識を持った取り組みがこれから必要だと考えています。今、福岡県の有志で「FUKUOKA医科歯科連携プロジェクト」チームを立ち上げて、私たちから医科の先生方の門を叩いていく準備をしています。

確かに、文化として根付かせるためには幅広い層へのアプローチが欠かせません。

 ええ。だから院内だけでなく院外に出ての活動もとても重要だと思っています。目下、力を入れているのは、行政と組んでの地域社会へのアプローチです。どの世代もお口の健康づくりは大切ですが、子どものころからきちんと予防を行えば、何歳になっても健康な歯でいられる可能性がぐんと高まります。ですから、子どもが自ら進んで歯を大切に守る行動を取れる仕掛けができないか、地域のキーパーソンらと積極的に話をしています。

 私はアメリカの大学で学んでいて、向こうの歯科先進国ぶりを目の当たりにしてきましたが、日本人が一番弱いなと思ったのはデンタルフロスの活用です。アメリカでは、歯磨きとセットでフロスを使わないなんて、「信じられない!気持ち悪い!」というぐらい浸透していて、子どもも器用にフロスを使いこなしています。でも日本はフロスが普及しているとは言い難く、大人も子どもも習慣化している人は恐らくごく少数でしょう。

 口の健康を保つには、正しい歯磨きに加え、フロスを使って歯間の詰まりを取り除くことが基本中の基本。ですので、フロスの活用に向けて、例えば学校にフロスを用意しておいて、その使い方が書かれたポスターを見ながら生徒たちは給食の後にフロス磨きをするとか、そんな時間があってもいいのではといったことを提案しています。

 実はアメリカでは数年前に「フロスダンス」と呼ばれる踊りが大流行しました。斜めに伸ばした腕と腰を交互に振るというものですが、デンタルフロスを使う動きに似ているから、その名がついた。テレビやネットで頻繁に登場し、子どもから大人まで夢中になりました。

 これを応用して、自治体で実際にフロスを使ったダンスを作り、首長が自ら踊った動画を「YouTube」などにアップしてうまく広めていく。そんなやり方もあるのではという話もしています。

 あと、お口の健康を保つ上で大切なのは、食事の内容と食べ方です。これも学校教育の場で正しく伝えてもらいたく、当院としては協力を惜しまない考えです。

 食生活において甘いものの摂り過ぎは厳禁ですが、甘いものを食べたからといって虫歯になるわけではありません。歯を悪くするのは、特定の食べ物というより、むしろ食べ方の問題が大きい。

 私の友人は、「チョコレート歯科」という名のクリニックを開業しています。チョコレートなんて虫歯になりやすい食べものの筆頭格なのに、よくもまあ歯科医院の名前に入れたものだと思われた方がいるかもしれません。でも彼はあえてこのネーミングにしたんですね。

 クイズではありませんが、1枚の板チョコを8つに割って1切ずつを1日8回食べるのと、午後3時のおやつタイムに板チョコ1枚を丸ごと食べるのでは、どちらが虫歯ができやすいか。前者の方が虫歯になりやすいんですよね。虫歯の栄養源になる糖分が口の中に長い時間とどまっているので。つまり、こうした「だらだら食べ」が一番よくない。でも正しい食べ方の知識を持って予防にも努めていれば、チョコレートを食べたってよく、友人はネーミングにそんな思いを込めたわけです。

 案外そういう食べ方の話ってよく知られていない。だからやるべきことはまだまだたくさんあって、当院は今後も様々な取り組みを通じて広く予防の価値を浸透させて、歯を大切にする国、日本の実現に貢献したいと思います。

(タイトル部のImage:荒川修造)