新型コロナウイルスの感染拡大が止まらない。政府から打ち出される対策を社会全体が行動に移すことで、目に見えないウイルスとの戦いは終息に向かうのか。今夏のオリンピック開催を目前に、事態は急迫している。クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」での検疫活動、厚生労働省の国内での対策にも関与する感染症対策の専門家、国際医療福祉大学医学部公衆衛生学 教授の和田耕治氏が本音で語る。[インタビューは2020年2月27日実施]

(聞き手は下部 純子=日経BP 総合研究所 ライター)

横浜港に停留したクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」内で約3700人の乗員乗客に新型コロナウイルスの感染症が急速に広がり、日本の対応が感染リスクを高めたのではないかと国内外から批判の声が上がっています。実際に対策チームとして現場で活動した立場から、どう見ていますか。

 クルーズ船での対策には、2020年2月10日から数名の支援者メンバーとともに合流し、厚生労働省の指示の下で活動をしました。具体的には例えば、船会社と厚生労働省との間の情報のやり取りや現場での技術的アドバイスといったことです。

 現場には3つのミッションがありました。1つ目は、乗員乗客約3700人の間での感染を食い止めること。2つ目は、医療従事者を含む現場の支援者メンバーから感染者を出さないこと。そして3つ目が、2月19日の期限までに検疫を終えて大半の乗客を下船させることでした。私は、結果的には3つのミッションをしっかりやり遂げたと思っています。

 今回の最大の反省点は、国内外向けの情報発信が十分ではなかったことと考えます。例えば2月19日に下船が予定されている中、4日前の15日から船内の全員を対象にPCR(Polymerase Chain Reaction)検査が始まり、毎日数十件もの陽性例が出てきた。そんなニュースが出れば当然、「感染が広がっているのに船から出していいのか」という話になりますよね。でも、PCR検査は、感染しているかどうかが分かる検査であって、実際に新しい感染が体内で起きているかどうかはまた別の話。こうした解説が十分に発信されていなかったのです。

 その結果、日本人のネガティブなコメントや反応が海外メディアも含めて世界中に伝わり、日本の対応に批判が出たことは非常に残念でなりません。どこか機会を得てきちんと伝えないといけないのですが、国内での感染拡大があり、そこまで手が回っていないのが現状です。

今は感染の爆発的流行を防ぐ瀬戸際にあると、政府が全国にイベントの自粛や休業などを要請しています。こうした社会活動の制限が感染拡大防止につながる見通しはいかがでしょうか。

 全国の一斉学校休業はこのタイミングなのかという疑問がありました。社会活動を止め、人と人との距離が遠くなれば、中国の状況と同様に感染者は減少すると思います。しかし、これだけでこの危機を乗り越えられるかというと、そうではない。感染者は少し減っても、火種がくすぶり続け、小規模感染があると、再び発症する方が地域で散発する。それがボヤのようになり、やがて火事のように感染が広がり、同じような正念場を迎えることになるでしょう。ここまで世界中に広がってしまった新型コロナウイルスによる感染症は、少なくともこの先数年は繰り返されると考えられます。

 社会活動を止めるというカードは、何枚も切れるものではありません。年に何度も使えば、潰れる事業者が出てきてしまう。このカードを切る根拠が十分にはまだ理解されていません。

重症者2割から導き出す最悪のシナリオとは

ここまで広がった感染症の収束は難しいと考えるのが現実的だとすると、私たちはどう受け入れていけば良いのでしょうか。

 確かに今、感染拡大をいかに防ぐかが喫緊の課題となっています。今後の予想は困難で、これから一気に拡大する可能性もある。夏にかけて少し落ち着くという楽観論もありますが、分かりません。もしそうだとしたら、主戦場は今年の冬になるかもしれません。インフルエンザも流行は冬。寒さや帰省などのイベントもあり、人と人との距離が近くなる。お正月の帰省シーズンには人の移動が盛んになり、帰省した子どもから高齢者に感染するケースが増えるのです。新型コロナに関しても、年末の帰省シーズンに移動を控えるかどうかという議論が起こるだろうと予想しています。

感染症対策の専門家で、国際医療福祉大学医学部 公衆衛生学教授の和田耕治氏。新型インフルエンザ流行時や途上国での感染症対策の経験を生かして、新型コロナウイルス対策に取り組んでいる(写真:新関 雅士、以下同)

 一方で、感染者の8割は他の人にうつしていないことなど、徐々に分かってきていることがあります。閉鎖空間の人と人の距離が近い中に感染者がいると、手がつけられない勢いで感染が広がるという特徴も明らかになってきました。

 今、課題だと思うのは、政府が打ち出す対策の本当の理由、すなわち最悪の被害想定シナリオが世の中の人に十分に伝わっていないことです。クルーズ船の乗客の多くは60代から80代の高齢者でしたが、クルーズで海外旅行に参加するような比較的元気な人たちだったにもかかわらず重症になった。感染者の半分は無症状で、3割は発熱や咳を伴う軽症。そして残り2割が重症化して入院が必要な状態で、そのうちの5%に人工呼吸器が装着されました。

 こうしたクルーズ船で起きたことは、これから各地の高齢者施設で起こると考えられます。すると、どうなるか──。最悪のシナリオは、重症化した患者の対応に追われる医療現場の崩壊と人工呼吸器の不足です。重症化した高齢者が多数入院すれば、集中治療室(ICU)のベッドと人工呼吸器が足りなくなる。感染力が強いので、他の病気で手術した患者、あるいは突然の交通事故に見舞われた患者を同じICUには入れられない。しかも、人工呼吸器の数には限りがある。仮に台数を増やしたとしても、取り扱いに慣れた医療従事者が足りなくなる。結果、人工呼吸器を付ける患者を選別しなければならないといった議論が起こることさえ想定されます。

 だから、なんとかして重症化する感染者数を抑えないといけないのです。それを理解して、みんなで必要な対策に従って動けば、流行のピークを遅らせることができます。新型コロナウイルスはコントロールが本当に難しい。しかし適切な治療を受ければ重篤にならずに済むという見通しを1日でも早くつけられるようにしなければならないと考えています。

東京オリンピック、安全に開催できる形を世界に発信せよ

新型コロナウイルスは、今夏の東京オリンピックの開催においても大きな懸念材料になっていますが、クルーズ船から今日までの取り組みを鑑み、開催に向けて何ができるのでしょうか。

 これからも感染は散発しながら続くので、開催の延期や中止で解決するわけではありません。先ほどクルーズ船での対応における情報発信の弱さについてお話ししましたが、どうすれば安全・安心に開催できるのか、信頼できる情報を戦略的に世界に伝えていかなくてはなりません。現状を伝える能力、リスクコミュニケーションがより一層重要になると考えています。

 オリンピックは、日本を世界に見せ示す絶好の機会です。いまだ不確定なことは多くありますが、開催まで5カ月弱あるので、さまざまな知見を蓄積し戦略を立てる時間は残されています。その上で、「こういう形なら安全に開催できる」ということを世界に向けて戦略的に発信していく必要があると思います。ただし、これまでもオリンピックの前後に感染症が話題になったことがありましたが、今回は極めて難しい状況と言わざるを得ません。

新型コロナウイルス対策を通じて、社会全体が新たな経験値を積んでいるのですね。今後、どのような社会的イノベーションが望まれるでしょうか。

 テレワークや時差通勤などの促進は必要です。でも、感染対策はどうしても人との接触を避けることが推奨されるので、対策を強化すれば、人同士の繋がりを分断するような社会になってしまう恐れがある。あれもダメこれもダメという方向ではなく、経済を若干減速させつつも感染症を抑えながら平時の状態にもっていく、そういうチャレンジをし続けることが大事だと思います。

 危機への対策は、強めることよりも緩めることの方が難しい。感染者が発生した時はすぐにしっかり対策する。しかしその一方で、平常運転にチャレンジする。今後は、その難しいハンドリングをいかにやるかが重要になるでしょう。先ほどの最悪のシナリオはあくまでも最悪のシナリオとして、政府、産業界、一般市民が協力し、難局にあってもチャンスと思ってやれるところを見つけていってほしい。そのためにも私は公衆衛生の視点から、これから何をすべきか、社会的な見通しを発信し続けたいと思います。

(タイトル部のImage:新関 雅士)