がんの早期発見に向けては、自治体が担う住民検診(対策型検診)も大きな役割を担う。しかし、行政独自の施策だけでは、なかなか受診率は向上しない――。多くの自治体は、がん検診の受診率をいかに高めるか頭を悩ませている。こうした中、民間企業と連携し、行政の前例にとらわれない柔軟な施策によって、受診率向上の成果をあげているのが八王子市(東京都)だ。市長の石森孝志氏に話を聞いた。

(聞き手は小谷 卓也=Beyond Health)

「八王子方式」と呼ばれる検診体制で評価

まず、八王子市におけるがん検診の現状について教えてください。

 八王子市では平成25年(2013年)3月、働き盛り世代あるいは子育て世代が、がんによる早すぎる死亡を防ぐことを大きな目的とする「がん予防推進計画」を作成しました。さらにその基本理念を受け継ぎ、平成30年(2018年)3月にはがん患者支援の視点を加えた「がん対策推進計画」を策定しています。これをもとに、八王子市医師会、医療機関、市民の皆さんと連携を図りながらがん対策を推進しています。

 がん検診については、国の指針で定められた胃がん、肺がん、大腸がん、子宮頸がん、乳がんの5つのがんを対象に行なっています。ここでポイントになるのが精密検査受診率です。国の目標は90%ですが、八王子市は大腸がん以外の4つのがん検診に関しては毎年目標を達成しています。市の人口は約56万人。これだけ大きな規模の自治体でありながら、高いがん検診精度を誇っていると考えています。

八王子市長の石森氏(写真:寺田 拓真、以下同)

 検診精度の高さは医師会の協力があってこそ。見落としを防ぐため、胃がん、肺がん、乳がんでは撮影した医療画像を2人の医師が確認する二重読影が義務付けられていますが、八王子市では全症例を医師会に持ち寄って複数の専門医がチェックしています。これは「八王子方式」と呼ばれ、質の高い良質な検診体制として評価されています。

「行政の前例にとらわれない提案を」と依頼

逆に、課題と感じているのはどのような部分でしょうか。

 これは我が市に限ったことではありませんが、どこの自治体もがん検診未受診の方、あるいは定期的にがん検診を受けられていない方を抱えています。がん検診は、早期発見を促すためにも受診率を上げることが重要になってきます。

 行政独自の施策だけではなかなか受診率が向上しないとの大きな課題がありました。そこで平成23年度(2011年)頃から、民間企業のキャンサースキャンと連携して、がん検診受診率向上に向けた取り組みを続けています。

具体的にどのような取り組みですか。

 まずは、マーケティング手法に基づく個別勧奨通知の送付から始めました。「通知を受け取る市民が求めている情報は何か?」という視点から働きかけるもので、より市民の心に響くような文面を取り入れながら受診行動につなげます。

 我々もキャンサースキャンに対し、受診行動につながるのであれば行政の前例にとらわれない提案をしてほしいと依頼しています。それらの柔軟な提案をいただいて行政の施策に生かしていくことが大事だからです。

 個別の対策としては、大腸がん検査キットの事前送付を実施しています。大腸がんは女性のがん部位別死亡数で最も多いがんですが、通常、受診までのルーティンが最初に医療機関に検査キットを取りに行き、便を採取してあらためて届けるなど、やや手間がかかります。検査に至る手続きが受診の妨げになっていました。

 そこで特定健康診査(メタボ健診)の受診券を送る際に、前年度の受診者に大腸がんの検査キットを同封することにしました。また、特定健診と大腸がん検診を同時に受けた場合は、セット受診として大腸がん検診の自己負担額を700円からワンコインの500円に減額し、インセンティブを示す工夫も凝らしています。その結果、大腸がん検診の受診者が約2万人増え、受診率が10%向上する成果を得られました(関連記事:「たまたま検診を受けていない」、その人の行動はどうしたら変わるのか)。

大腸がん検診で「SIB」を導入したワケ

八王子市の大腸がん検診では、国内初となったSIB(ソーシャル・インパクト・ボンド)を活用した取り組みも話題となりました。

 これまで話したようにさまざまな施策で受診率の向上を図ってきましたが、がん検診は市が補助をしていますので当然コストがかさみます。限られた予算の中で事業を進めるため、行政コストを抑え、社会的課題を解決する方法としてSIBを導入しました。受診率を成果指標として支払額を設定し、成果の達成度に応じて事業を担当したキャンサースキャンに委託料を支払うものです。

 SIBでは、特定健診の問診や結果から大腸がんのリスクが高い飲酒、肥満、運動不足、喫煙といった項目をピックアップし、それら高リスクを抱える対象者に対して個々に「大腸がんにかかる可能性」を通知するオーダーメイド勧奨を実施しました。これは非常に効果があり、通常であれば9%程度の受診率であるのに対し、26.8%まで受診率が向上しました。委託料は244万1000円でしたが、最終的にはそれを上回る医療費適正効果をもたらしてくれたのです。

それは大きな成果ですね。

 これら一連の受診率向上の施策は、「ナッジ」と呼ばれる行動経済学の理論を活用したものです。もともと、肘でそっと押して注意を引くといった意味ですが、昨今では自発的に望ましい行動を選択するように促す手法として注目されています。

 ナッジの利点は、多くの予算をかけることなく、少しの工夫で既存の枠組み内でも効果を生み出せること。今後も民間事業者、あるいは医療機関と連携しながら、効果的な受診勧奨をしていきたいと思っています。

 ナッジが活用できるのはがん検診に限りません。例えば納税、環境問題、防災対策など、さまざまな施策に効果があると聞いています。庁内でもナッジの活用について議論を重ねながら、可能な限り市民の皆さんが健康で豊かな生活を送ることができるような取り組みを続けていくつもりです。

「八王子市に住んでいて良かった」と思えるような施策を

八王子市では、新しい手法を取り込むことに積極的な姿勢があるということでしょうか。

 そうですね。まず医療面で見れば冒頭に話したように医師会の理解が深く、市との両輪で連携をしていく土壌があります。例えば新型コロナ対策でも医師会から強い要望があり、PCR外来の開設や多摩地域で初となる軽症状者等のホテルでの受け入れに関して、すぐに市のほうでも対応しました。こうして日頃から現場の声を吸い上げながら、医療関係の施策に結びつけています。

 また、本市は都内唯一の中核市のため、国や東京都からいち早く情報提供を受けられるのも強みです。そして、他の自治体と比較しても幅広い権限がある。がん受診率向上施策は厚生労働省から、SIBは経済産業省から声をかけていただきましたが、しっかりした実証フィールドが整っていた点が評価されました。このようなチャンスをいただいた際には真っ先に事業に取り組み、良い成果を出しながら、多摩地域のリーディングシティとして各所に波及させていきたい思いがあります。

最後に、「がんの早期発見」に向けた今後の自治体の役割について、あらためてお聞かせください。

 八王子市では年間1500人以上ががんで亡くなっています。死亡原因の第1位であり、死因の約30%を占めるという現実がある。この状況を少しでも改善するためにも、従来通りの質の高いがん検診事業を継続していく所存です。

 高齢化が加速し、健康寿命延伸の観点からもがん検診の受診率向上は非常に大切です。少子化による人口減少も伴い、どの自治体も積極的に魅力を発信していますが、医療・健康に対する意識の高さは八王子市の特徴です。最近では働き盛り世代だけではなく、市内の大学で講義を行うなど、若い世代へのがん啓発も開始しています。多くの方に「八王子市に住んでいて良かった」と思えるような施策を今後も展開していきたいと思います。

(タイトル部のImage:寺田 拓真)