父に届いていなかった医療側のメッセージ

 武部教授は医学部在学中に「広告医学」という新しい概念を提唱した。デザインやコピーライティングといった広告的視点を医療現場に取り入れることで、人々の自然な健康行動を誘発しようというものだ。一般の人にもわかりやすく、楽しく、さり気なく、健康について興味を持ってもらう。生活の中から医療を身近なものとして感じてもらう。そして行動に移してもらう。そのための効果的な手法が、広告医学というわけだ。

 2011年には、電通と博報堂が共同主催した“2030年の社会”を想定したアイデア募集「第1回 ミライデザインアワード」に「広告医学が拓く、新たな医療のカタチ」と題したコンセプトを仲間と一緒に応募して、入賞。これが広告のプロ達と協働しながらプロジェクトを打ち出す活動の起点となった。

 そもそも、武部教授がこのような広告的手法に関心を持つようになったのは、患者家族としての体験が原点になっているという。小学3年生のとき、父親が脳出血で突然倒れた。幸い、奇跡的な回復を遂げ、社会復帰も果たしたが、父はなぜ倒れたのかと後に振り返ったとき、医療とのかかわりについて考えさせられたという。医者嫌いで病院に行きたがらなかったこと、健康診断でいろいろ指摘されていたのにそれをきちんと考えることなく過ごしていたこと、最高血圧が200近くもあったのに薬をちゃんとのんでいなかったこと、午前2時頃に帰宅して朝の6時には家を出るような生活をしていたこと……。

 「医療側が発したメッセージはいくつもあったのに、当時の父には届いていなかった。医療が介入できる機会もあったはずなのに、それもうまく機能しなかった。そういう例は父に限らず、多くの人にも当てはまるのではないか。健康に関心のある人は自ら情報を取りに行って、病気にならないための行動を起こすが、そういう人は社会の中ではむしろ少数派。大多数の人はいわゆる健康無関心層で、予防医学の専門家が頑張って働きかけてもなかなかリーチしないところにいる。しかし、重い病気を発症してからでは遅すぎる。この最もポピュレーションの多い層をどうやって動かすかが大きな課題だと思っている」と武部教授は話す。

 無関心層の中には“潜在的関心層”と呼べる人たちも少なくないという。何かのきっかけで健康関心層へと変わる可能性を持った人たちだ。武部教授は次のように続ける。

 「たとえば日経新聞を読んでいるようなリテラシーのある人達は、今は健康に関心がなくても、『面白そう』とか、『かっこいい』などと思えるような何かに出合うと、それを契機に健康への関心が一気に高まる可能性がある。では、どうやったら面白そう、かっこいいと思ってもらえるのか。そこで重要になるのがデザインの力だと考えている。デザインとは、メッセージを目に見える形にすること。医療側からの発信をデザインの力でわかりやすく可視化することで、人々の共感や感動や驚きといったポジティブな感情を呼び起こせるのではないか。デザイン性が低いものを世に送り出しても、人の心はあまり動かない。デザインの良し悪しはとても重要だ。ただ医師や研究者といった論理の領域の人達は、そういった可視化が苦手なことが多い。だからこそ、医療と広告が手を組むメリットは大きい」