新しい医療の形 「ストリート・メディカル」とは?

 武部教授は今、広告医学の考え方をさらに発展させ、新しい医療の形として「ストリート・メディカル」という言葉を提唱している。病院だけでなく、人々が暮らす街(ストリート)の中にまで医療を拡張させ、生活の場で医療との接点を築いていこうというものだ。「“病を診る医療”から、“人を観る医療”へのシフトを目指し、その社会実装を進めていきたい」と武部教授は熱く語る。

 このストリート・メディカルの研究拠点として、2018年には横浜市立大学先端医科学研究センターに「コミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC)」が開設された。「世界初の医科学研究機関におけるクリエイティブ研究拠点」(同大学リリース)との位置づけだ。武部教授がセンター長を務め、自治体や企業などともタッグを組みながら、ストリート・メディカルを具現化させるプロジェクトを進めている。ちなみに、「Street Medical」は横浜市立大学の登録商標になっている。

再生医療研究とストリート・メディカルの実践など、まったく異なる領域の研究が同時進行。医学から異業種まで多種多様な人達とのコラボが続く。「カオスですね(笑)。でも、それが気分転換になったりするし、たまに関係のない領域が突然つながったりするような発見もある。だから、意図的にぐちゃぐちゃさせている感じです」(武部氏)

 ストリート・メディカルの実践例は多岐にわたる。いくつか紹介しよう。

 自然な健康行動の誘発を目的にした「上りたくなる階段」は、上っていくと海の生き物が見えてくるというトリックアートを活用(下写真)。横浜市と連携して、横浜シーサイドラインの金沢八景駅と横浜市立大学附属病院の最寄り駅である市大医学部駅に設置された。金沢八景駅では、これによりエスカレーターではなく階段を上る人の割合が20%増えたという。

絵の続きを見たいから、階段を上る。そんな仕掛けを凝らした「上りたくなる階段」。他にも、情報が気になるから上る「IoTデジタル階段」、読みたいから上る「4コマ漫画階段」なども設置された(写真提供:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター)

 横浜市立大学附属病院内では、プロジェクター5台を設置して受付ロビーの壁や天井に色彩の森を投影する「ナイト・アート・ミュージアム」も実施した(下写真)。入院中の子どもたちやその家族が病棟から足を運び、「きれいだなぁ」と目を輝かせる姿に、武部教授自身が感動させられたという。

2018年、現代美術アーティストの曽谷朝絵さんのアートアニメーション「宙(そら)」が病院ロビーの壁や天井に投影された。病院がミュージアムに大変身(写真提供:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター)

 また、病院の待ち時間を「待たされる」から「待ちたくなる」に変えようという「こころまちプロジェクト」も。待合室の椅子の背をギャラリースペースに見立ててアート写真やクイズなどの情報を展示したり、院内の休憩スペースを森をイメージした空間に改装したりして、院内で過ごす時間を少しでも心待ちにできるような工夫を凝らした(下写真)。

病院の待ち時間を少しでも快適に過ごしてもらおうと始めた「こころまちプロジェクト」。ソファの背に写真やクイズなどを展示したり、クリスマスツリーを作製したりした(写真提供:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター)

 これらの活動は好評を博したが、なにしろ病院にとっては初めての試み。公立の、それも巨大な組織の中での実践には困難も多かったという。

 「いやぁ、大変でした。病院の上層部からは『どんどんやってくれ』と言われたが、現場で実際にやるとなるといろいろな障壁が出てくる。たとえば壁紙を張り替えようとすると、火災リスクを議論しなければならない。床に厚さ5ミリほどのカッティングシートを張ろうとすると、掃除やメンテナンスにかかる相談が必要だ。そういったことを一つひとつクリアしないと、変化は起こせない。分厚い資料を作って、倫理委員会に半年かけて……ということもやった。今後は、そういう各プレイヤーとの連携の仕組み作りも必要だと考えている」と武部教授。

 ただ実際に企画を行ってみると、一番喜んでくれたのは病院の中の人達だったという。「病院でもこんなことができるのか」と驚きをもって受け止められたらしい。変化が可視化されことで、新たな病院の価値が見えてきた。最初の扉を開けた功績は大きい。