24歳でiPS細胞を使った“ミニ肝臓”の作製に世界で初めて成功し、31歳で横浜市立大学医学部と東京医科歯科大学の史上最年少教授に就任した武部貴則氏。現在34歳の若きホープが再生医療研究と並んで熱心に取り組んでいる領域が、もうひとつある。それが、デザインやコミュニケーションの力を駆使して、人々を自然に健康的な行動へと促す「ストリート・メディカル」の実践だ。従来の医学にはなかったユニークな発想と異分野との協働から、新しい医療の形が生まれつつある。同氏へのインタビューを通して、その実例を紹介していこう。

 武部教授らが世に送り出したストリート・メディカルの実践例は数多くあるが、なかでも「なるほど、その手があったか!」と、医療関係者を含む多くの人を唸らせたのが、2014年に発表された「アラートパンツ」だろう(下写真)。

太ると色が変わって、メタボの危険信号を発し続ける「アラートパンツ」。“病気”や“予防”といった医学的な理屈からではなく、“体型”や“下着”という、より生活に密着した切り口から健康行動へと誘う。アラートパンツは、体に最も近い、究極のウェアラブル・ヘルスケア・デバイスともいえる(写真提供:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター)
武部教授(写真:稲垣 純也、以下同)

 これはメタボリックシンドロームの基準値である腹囲85cmを超えると、色が変わるパンツ。もともとは濃い緑色をしているが、太ってくると繊維が伸びて黄色に変わる仕組みだ。体型の変化が一目瞭然なので、いやでもメタボ化の事実を意識し、「痩せよう!」という気持ちにさせられる。

 「数十人のメタボの人にインタビュー調査をしたところ、みなさん、体調よりも体型に関わることへの関心が高く、それがダイエットに取り組もうと思うきっかけにもなっていることがわかった。そこで『体型を可視化する下着はメタボ予防につながるか』という仮説を立て、広告やデザインを専門とするクリエイターたちとコラボして、このアラートパンツを作った。発表後、試作したパンツはすぐに売れ、学会などでも注目された。現在は企業と連携し、商業化に向けた準備を進めている」と武部教授。

 健康診断などで医師からメタボの危険性と生活改善の必要性を説明されても、人はなかなか動かない。「まだ大丈夫だろう」「もう少し悪くなったら真剣に考えよう」などと、どこかまだ他人事だ。それを最も身近な下着を通して外見悪化の気づきにつなげ、“自分事”として受け止めてもらって健康的な行動へと促していく。「自然とダイエットしたくなる」「知らぬ間に健康への意識が芽生える」。そんな「自然と~」「知らぬ間に~」といった行動変容に導くことが、アラートパンツの真の狙いなのだ。

父に届いていなかった医療側のメッセージ

 武部教授は医学部在学中に「広告医学」という新しい概念を提唱した。デザインやコピーライティングといった広告的視点を医療現場に取り入れることで、人々の自然な健康行動を誘発しようというものだ。一般の人にもわかりやすく、楽しく、さり気なく、健康について興味を持ってもらう。生活の中から医療を身近なものとして感じてもらう。そして行動に移してもらう。そのための効果的な手法が、広告医学というわけだ。

 2011年には、電通と博報堂が共同主催した“2030年の社会”を想定したアイデア募集「第1回 ミライデザインアワード」に「広告医学が拓く、新たな医療のカタチ」と題したコンセプトを仲間と一緒に応募して、入賞。これが広告のプロ達と協働しながらプロジェクトを打ち出す活動の起点となった。

 そもそも、武部教授がこのような広告的手法に関心を持つようになったのは、患者家族としての体験が原点になっているという。小学3年生のとき、父親が脳出血で突然倒れた。幸い、奇跡的な回復を遂げ、社会復帰も果たしたが、父はなぜ倒れたのかと後に振り返ったとき、医療とのかかわりについて考えさせられたという。医者嫌いで病院に行きたがらなかったこと、健康診断でいろいろ指摘されていたのにそれをきちんと考えることなく過ごしていたこと、最高血圧が200近くもあったのに薬をちゃんとのんでいなかったこと、午前2時頃に帰宅して朝の6時には家を出るような生活をしていたこと……。

 「医療側が発したメッセージはいくつもあったのに、当時の父には届いていなかった。医療が介入できる機会もあったはずなのに、それもうまく機能しなかった。そういう例は父に限らず、多くの人にも当てはまるのではないか。健康に関心のある人は自ら情報を取りに行って、病気にならないための行動を起こすが、そういう人は社会の中ではむしろ少数派。大多数の人はいわゆる健康無関心層で、予防医学の専門家が頑張って働きかけてもなかなかリーチしないところにいる。しかし、重い病気を発症してからでは遅すぎる。この最もポピュレーションの多い層をどうやって動かすかが大きな課題だと思っている」と武部教授は話す。

 無関心層の中には“潜在的関心層”と呼べる人たちも少なくないという。何かのきっかけで健康関心層へと変わる可能性を持った人たちだ。武部教授は次のように続ける。

 「たとえば日経新聞を読んでいるようなリテラシーのある人達は、今は健康に関心がなくても、『面白そう』とか、『かっこいい』などと思えるような何かに出合うと、それを契機に健康への関心が一気に高まる可能性がある。では、どうやったら面白そう、かっこいいと思ってもらえるのか。そこで重要になるのがデザインの力だと考えている。デザインとは、メッセージを目に見える形にすること。医療側からの発信をデザインの力でわかりやすく可視化することで、人々の共感や感動や驚きといったポジティブな感情を呼び起こせるのではないか。デザイン性が低いものを世に送り出しても、人の心はあまり動かない。デザインの良し悪しはとても重要だ。ただ医師や研究者といった論理の領域の人達は、そういった可視化が苦手なことが多い。だからこそ、医療と広告が手を組むメリットは大きい」

新しい医療の形 「ストリート・メディカル」とは?

 武部教授は今、広告医学の考え方をさらに発展させ、新しい医療の形として「ストリート・メディカル」という言葉を提唱している。病院だけでなく、人々が暮らす街(ストリート)の中にまで医療を拡張させ、生活の場で医療との接点を築いていこうというものだ。「“病を診る医療”から、“人を観る医療”へのシフトを目指し、その社会実装を進めていきたい」と武部教授は熱く語る。

 このストリート・メディカルの研究拠点として、2018年には横浜市立大学先端医科学研究センターに「コミュニケーション・デザイン・センター(YCU-CDC)」が開設された。「世界初の医科学研究機関におけるクリエイティブ研究拠点」(同大学リリース)との位置づけだ。武部教授がセンター長を務め、自治体や企業などともタッグを組みながら、ストリート・メディカルを具現化させるプロジェクトを進めている。ちなみに、「Street Medical」は横浜市立大学の登録商標になっている。

再生医療研究とストリート・メディカルの実践など、まったく異なる領域の研究が同時進行。医学から異業種まで多種多様な人達とのコラボが続く。「カオスですね(笑)。でも、それが気分転換になったりするし、たまに関係のない領域が突然つながったりするような発見もある。だから、意図的にぐちゃぐちゃさせている感じです」(武部氏)

 ストリート・メディカルの実践例は多岐にわたる。いくつか紹介しよう。

 自然な健康行動の誘発を目的にした「上りたくなる階段」は、上っていくと海の生き物が見えてくるというトリックアートを活用(下写真)。横浜市と連携して、横浜シーサイドラインの金沢八景駅と横浜市立大学附属病院の最寄り駅である市大医学部駅に設置された。金沢八景駅では、これによりエスカレーターではなく階段を上る人の割合が20%増えたという。

絵の続きを見たいから、階段を上る。そんな仕掛けを凝らした「上りたくなる階段」。他にも、情報が気になるから上る「IoTデジタル階段」、読みたいから上る「4コマ漫画階段」なども設置された(写真提供:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター)

 横浜市立大学附属病院内では、プロジェクター5台を設置して受付ロビーの壁や天井に色彩の森を投影する「ナイト・アート・ミュージアム」も実施した(下写真)。入院中の子どもたちやその家族が病棟から足を運び、「きれいだなぁ」と目を輝かせる姿に、武部教授自身が感動させられたという。

2018年、現代美術アーティストの曽谷朝絵さんのアートアニメーション「宙(そら)」が病院ロビーの壁や天井に投影された。病院がミュージアムに大変身(写真提供:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター)

 また、病院の待ち時間を「待たされる」から「待ちたくなる」に変えようという「こころまちプロジェクト」も。待合室の椅子の背をギャラリースペースに見立ててアート写真やクイズなどの情報を展示したり、院内の休憩スペースを森をイメージした空間に改装したりして、院内で過ごす時間を少しでも心待ちにできるような工夫を凝らした(下写真)。

病院の待ち時間を少しでも快適に過ごしてもらおうと始めた「こころまちプロジェクト」。ソファの背に写真やクイズなどを展示したり、クリスマスツリーを作製したりした(写真提供:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター)

 これらの活動は好評を博したが、なにしろ病院にとっては初めての試み。公立の、それも巨大な組織の中での実践には困難も多かったという。

 「いやぁ、大変でした。病院の上層部からは『どんどんやってくれ』と言われたが、現場で実際にやるとなるといろいろな障壁が出てくる。たとえば壁紙を張り替えようとすると、火災リスクを議論しなければならない。床に厚さ5ミリほどのカッティングシートを張ろうとすると、掃除やメンテナンスにかかる相談が必要だ。そういったことを一つひとつクリアしないと、変化は起こせない。分厚い資料を作って、倫理委員会に半年かけて……ということもやった。今後は、そういう各プレイヤーとの連携の仕組み作りも必要だと考えている」と武部教授。

 ただ実際に企画を行ってみると、一番喜んでくれたのは病院の中の人達だったという。「病院でもこんなことができるのか」と驚きをもって受け止められたらしい。変化が可視化されことで、新たな病院の価値が見えてきた。最初の扉を開けた功績は大きい。

人材育成に注力、街づくりにも乗り出す

 コミュニケーション・デザイン・センターでは、2019年から東京デザインプレックス研究所と共同で、医療や広告、デザインなど各界のトップランナーを講師に迎えた「ストリート・メディカル・スクール」も開設している。医療従事者やデザイナーなどが共に学ぶ場で、講義とフィールドワークを半年行った後、実装を目指したコンペを開く。目から鱗のユニークなアイデアも多い。

 たとえば、香りを感知する能力を測るチョコレート。パッケージには何の香りかは記載せず、香りの程度も何段階か用意されている(下図)。ユーザーが食べながら風味を推測し、自分の嗅覚の状態を知るというコンセプトだ。いわば、チョコが嗅覚のものさしになる。嗅覚の低下は新型コロナウイルス感染症だけでなく、パーキンソン病や認知症、副鼻腔炎、花粉症などでも起こる。チョコレートを食べることで嗅覚の異常にいち早く気づき、病気の早期発見に結びつく可能性があるわけだ。

風味にグラデーションをつけたチョコレートで嗅覚の状態がチェックできるという新しい発想を示したプレゼンテーションシート(資料提供:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター)

 また、「“初めての婦人科”を後押しする、マンガで学べる生理用ナプキン」の発案もあった。個包装のナプキンの剥離紙を利用して、体に関する情報をマンガでわかりやすく発信するというアイデアだ(下図)。生理の異常に早く気づき、婦人科受診のハードルを下げようとする。ある企業が関心を持ち、商業化に向けて動いているという。

ナプキンの余白を活用して、体を守るための情報を発信する(資料提供:横浜市立大学 先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター)

 ストリート・メディカル・スクール発のプロダクトが、これからいくつか世に出てくることになるかもしれない。

 ストリート・メディカルのコンセプトは、生活者目線のいろいろなプロダクト開発へとつながっているが、今後はいよいよ街づくりにも拡張されていくという。2021年1月には、科学技術振興機構(JST)の「ムーンショット型研究開発事業」のミレニア・プログラムに武部教授らが応募した「ストリート・メディカル・シティ」と呼ぶプロジェクトが採択され、本格的に構想実現へと乗り出した。また、その第一ステップとして横浜市の関内駅周辺でこれから次々と着手される再開発との連携も模索しているという。

 「完成までに10年ほどかかる大きなプロジェクト。複数の企業からなるコンソーシアムに参加させてもらうことになった。私たちは『ストリート・メディカル・シティ構想』と呼んで、今、構想を練っている。そこに暮らす人が人間らしく生きられる、自分のやりたいこと、ありたい姿を自然に体現できる、そんな自己実現が自然に叶う仕掛けを街の中にいろいろと作っていきたい。この記事を読んでくれた方で、もしもよいアイデアがあれば、大歓迎です!」と武部教授は言う。

 ストリート・メディカルが、実際のストリート(街)の形で可視化される。どんな街ができるのか、10年後が楽しみだ。

武部貴則(たけべ・たかのり)
1986年生まれ。横浜市立大学医学部卒業。横浜市立大学先端医科学研究センター コミュニケーション・デザイン・センター長/特別教授。東京医科歯科大学総合研究機構先端医歯工学創成研究部門教授。創生医学コンソーシアム臓器発生・創生ユニット長。シンシナティ小児病院オルガノイドセンター副センター長。2013年、iPS細胞から血管構造を持つヒト肝臓原基(ミニ肝臓)を作り出すことに世界で初めて成功。デザインや広告の手法で医療情報を伝え、新しい医療へのアップデートを目指す「ストリート・メディカル」の普及にも力を入れている。著書に『治療では遅すぎる。ひとびとの生活をデザインする「新しい医療」の再定義』(日本経済新聞出版)がある

(タイトル部のImage:稲垣 純也)