Beyond Healthは、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会を描くためのビジョンとして「空間×ヘルスケア 2030」を提案している(関連記事:目指すは「空間×ヘルスケア」の社会実装)。では、その2030年、識者はどんな未来を描いているのだろう?

常に斬新な滞在プランを提案する星野リゾートは、星のや軽井沢の「森林養生」をはじめ、多様なウェルネスプログラムを手掛けるなど、日本のヘルスツーリズムの雄として知られる。最近ではワーケーションにも力を注ぎ、ユニークなプランで話題を呼んでいる。コインの表裏の関係にあると言える旅行とヘルスケア。コロナ禍で需要が減っている旅行界にあって、同社は今どのように事業を進め、2030年に向けどんな戦略を温めているのか、星野佳路代表に聞いた。

星野佳路氏 星野リゾート代表
星野佳路氏 星野リゾート代表
ほしの・よしはる。1991年、星野温泉(現星野リゾート)代表に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略を採り、運営サービスを提供するビジネスモデルへと転換。2001年から2004年にかけ、山梨県のリゾナーレ、福島県のアルツ磐梯、北海道のトマムとリゾート再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年に「星のや軽井沢」を開業。現在の運営拠点は、ラグジュアリーブランド「星のや」、温泉旅館「界」、リゾートホテル「リゾナーレ」、都市観光ホテル「OMO(おも)」、ルーズに過ごすホテル「BEB(ベブ)」の 5 ブランドを中心に、国内外49カ所に及ぶ(写真:星野リゾート提供、以下同)
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星野代表はコロナ禍以前より「ワーケーション(観光地やリゾートでテレワークを行い、働きながら休暇を取ること)」を実践され、社内会議もオンラインで行っていたと伺っています。ワーケーションのメリットについて、ご自身の体験からお聞かせいただけますか。

 私はスキーをする時間を大切にしていて、年間60日はゲレンデに出ています。この職にあって仕事とスキーを両立していくためには、テレワークとワーケーションが必須です。幸い、近年はオンライン会議用のシステムやツールなどテクノロジーが急速に発展してきました。私にとっては、リフトに乗りながら仕事のメールが送受信できるということが非常に大きな意味を持つのです。

 2019年まで、毎年8月は11年間続けてニュージーランドのスキーリゾートで過ごしていました。日本との時差は3時間(サマータイム以外)なので、16時に滑り終えれば、日本で午後から始まる会議に出られます。しかし、スタッフに対する罪悪感もあり、居場所が分からないよう日本の気候に合わせて半袖のシャツに着替えて会議に出たりしていました。コロナ禍でスタッフもオンラインで会議に参加することが増え、余計な気を遣わずに済むようになりました(笑)。

 私のテレワークやワーケーションが会社に与える影響はよく分かりません。しかし、私自身のワークライフバランスの実現には大きく役立っています。

ワーケーションで変わる日本の観光

御社の施設でもワーケーション対応が加速しています。リゾナーレトマム(北海道)には「絶景オフィス」があるそうで、リゾナーレ八ヶ岳(山梨県)には、会議などで利用できる「テレワークゴンドラ」が設置されていると聞きます。ワーケーションが観光業にもたらす影響についてどのようにお考えですか?

 観光業でも様々なコロナ対策が打たれてきましたが、私は、コロナの感染が終息すれば、観光業のほとんどは元の姿に戻ると考えています。そんな中で、唯一恒久的な変化をもたらすのがワーケーションではないでしょうか。

 コロナ以前は、ワークの日とバケーションの日が明確に分かれていました。つまり、1年365日から法定休日の105日を引いた260日がワークの日だったわけです。しかし、ワーケーションが社会の認める文化となれば、例えば木曜日から日曜日までリゾートに滞在し、木曜日と金曜日はワーケーションをしようという発想が出てきます。

 これは、観光産業にとって大きなインパクトになります。そもそも、今の日本の問題は観光需要が繁忙期に集中してしまうことです。ワーケーションの普及は、需要の平準化につながります。

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上はリゾナーレトマム(北海道)の絶景オフィス、2~3枚目はリゾナーレ八ヶ岳(山梨県)の「テレワークゴンドラ」
上はリゾナーレトマム(北海道)の絶景オフィス、2~3枚目はリゾナーレ八ヶ岳(山梨県)の「テレワークゴンドラ」
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ワーケーションを進めるためのポイントは何でしょうか?

 まずは、私たちのような受け入れ側の体制です。個室がなければオンライン会議はできませんから、テレワークゴンドラのようなスペースや通信環境を整備する必要があります。

 もう1つは企業や国の課題となりますが、例えばワーケーションやテレワークなど、会社の目が行き届かないところで過重労働となり、心身を壊したり、過労死が問題になる可能性もないとは言えません。社員の健康管理はもちろん大切ですが、労働時間の申告など自律や自己責任を促す法整備も必要となるのではないでしょうか。

安心・安全を実現するマイクロツーリズム

コロナ禍の昨年、自宅から車で1~2時間の近隣エリアを旅してその魅力を再発見しようという「マイクロツーリズム」を提唱されました。御社が運営する施設でも関連プランを多数扱っています。外部からの反響や、施設の稼働率への影響はいかがでしょうか?

 当社では、以前から閑散期対策としてマイクロツーリズムを提唱していました。コロナ禍で新たに「3密を回避しながら、安心・安全な滞在を実現する手段」としてご提案しましたが、私たちの想像を超える実績を上げています。

 繁忙期である8月の稼働率を例に取ると、星のや京都(京都府)で2019年に47.3%を占めていたインバウンドがほぼゼロになった分を近畿圏のマイクロツーリズムの拡大(9.4%→39.9%)などでカバーしています。界 出雲(島根県)はマイクロツーリズム効果で2020年8月の稼働率が前年同月を上回りました。感染の第4波が懸念される現在(2021年4月6日時点)でも、感染が比較的落ち着いている九州では界 別府(大分県)や界 霧島(鹿児島県)がマイクロツーリズムのお客様から多く予約をいただいています。

 マイクロツーリズムは地域や地域文化の担い手を巻き込んで地域経済を支える面もあり、観光事業者の方から「マイクロツーリズムのおかげで助かりました」と声をかけられることも多くあります。

 米国のコロンビア大学も関心を示し、同大学のビジネススクールで講演を行いました。例えば、旅先で子どもが高熱を出し緊急帰宅しようとしても、今だと飛行機や電車の利用を拒否されることもあります。しかし、マイカーを使ったマイクロツーリズムであれば、家族が運転してすぐに家に戻ることができます。講演では、こうした話を皆さんが大変興味深く聞いてくれました。マイクロツーリズムは、国内需要の強い米国や日本では有効な観光需要対策となると見ています。

マイクロツーリズムで需要が回復した島根県・玉造温泉に位置する「星野リゾート 界 出雲」
マイクロツーリズムで需要が回復した島根県・玉造温泉に位置する「星野リゾート 界 出雲」
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今こそ求められる雇用の維持

コロナ問題は先行き不透明感がありますが、ポストコロナの観光業界、さらには10年後、2030年の観光業で成長する鍵は何だと思われますか? コロナ終息後にどういう復活の仕方をするのか、そもそも復活できるのか、経営者は難しい舵取りを迫られることになりそうです。

 観光業にとり、当面、観光人材をどう維持していくかが重要になると考えます。この未曾有の危機を、雇用を維持しながら乗り切ることは決して容易ではありません。今は業界全体で等しく需要が失われていますが、これが復活したとき、すぐに復活できるところと出遅れるところと差が出てくるでしょう。経営が苦しくても人材を維持した会社は、スタートダッシュが切れるはずです。

 長期的な観点からはインバウンドの動向を気にする方もいますが、私はむしろ国内需要が鍵を握ると考えます。2019年の日本の観光市場は27.9兆円ですが、インバウンドはそのうち4.8兆円に過ぎません。仮に10年後に2倍になっても10兆円、3倍になっても15兆円に止まり、国内需要を上回ることはないでしょう。

 つまり、インバウンドも重要ではありますが、やはり観光業にとって優先すべきは日本人のお客様であり、日本人のお客様を取り込んでいくには、質の高い本物のサービスが求められます。私も長く旅館経営をやってきて、とりわけ目や舌の肥えた50~60代の女性のお客様には鍛えられました(笑)。そうやって培ったきめ細やかな配慮やおもてなしの精神は、海外のお客様からの評価にもつながっているのです。

温泉旅館で新たなムーブメントを

御社は以前から、星のや軽井沢(長野県)の「森林養生」や星のや東京(東京都)の「深呼吸養生」、星のや竹富島(沖縄県)の「島時間養生」など、独自の滞在プログラムでヘルスツーリズムに取り組んでいらっしゃいます。

 1980年代から1990年代にかけ、海外の主だったリゾートにはスパがあり、トリートメントマッサージが行われていました。当社の「養生プログラム」はそうした流れを汲みつつ、スパの中だけでなく、食事やアクティビティなど滞在を通してトータルなトリートメントを受けていただくものです。

 疲れを癒やす。ストレスを解消する。健康上のリセットがリゾートを訪れる目的の1ですが、2030年に向け、温泉旅館によるリセットの可能性をさらに広めていくことが今後の目標の1つです。

 そもそも、私の出発点は長野県の温泉旅館です。私は、温泉旅館こそが日本のヘルスツーリズムの原点であると考えています。西洋医学が普及する前、温泉旅館は湯治や療養の場であり、今もそうした文化を継承しつつ、ストレスの多い現代人のマインドをリセットする場として活用されています。

 日常を離れて温泉でリフレッシュし、和食で体の内側からも健康を促進する。こうした日本のヘルスツーリズムが今、世界で見直されてきています。

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上は星のや軽井沢(長野県)の「森林養生プログラム」、下は星のや竹富島(沖縄県)の「島時間養生」のイメージ
上は星のや軽井沢(長野県)の「森林養生プログラム」、下は星のや竹富島(沖縄県)の「島時間養生」のイメージ
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星野代表は、「5年以内に北米」と発言されています。北米への進出は温泉旅館なのですか。

 日本の運営会社が手掛けるわけですから、やはり温泉旅館でという思いがあります。

 私が米国のコーネル大学に留学していた1980年代、日本の大手ホテルチェーンがこぞって海外展開していました。しかし、現地の人から見れば、「なぜ日本の会社がホテルをやるのか?」という違和感があります。日本の寿司職人が、パリやニューヨークでフレンチレストランを出店するようなものだからです。結果的に海外進出は失敗に終わっています。

 しかし、あれから30数年経った今、多くのインバウンドのお客様が日本の文化やおもてなしに触れ、海外でも日本食や日本酒の評価がうなぎ上りになっています。温泉旅館の進出には、またとない好機ではないでしょうか。

 そうはいっても今のところ、「週末、温泉旅館に行きたい」と考える米国人はほとんどいないと思います。ゼロに近いところからニーズを創出していく必要があるわけです。しかし、これも私の留学時代を考えると、当時は寿司を食べる米国人など皆無に近く、それが今では、米国の地方都市まで寿司店があるほどのSUSHIブームです。私は、温泉旅館もそうしたムーブメントに変えていけると思っています。

(タイトル部のImage:出所は星野リゾート)