人生100年時代を迎え、疾病予防・健康づくりの役割が増している。健康寿命の延伸がいまや国策となる中、企業や団体、地域では様々な取り組みが生まれ、異業種間での連携も進む。
日経BPが10月にオンライン開催する「日経クロスヘルスEXPO 2021」では、21日に「産官学で進める予防・健康づくり」と題したパネルディスカッションを実施。関係省庁・自治体・企業・大学等のキーパーソンが集い、予防・健康づくりに関する最新施策の動向解説や事例報告を行った上で、事業成功の秘訣や残る課題について掘り下げる予定だ(詳細はこちら)。
モデレーターを務めるのは、東京大学 高齢社会総合研究機構長 未来ビジョン研究センター教授の飯島勝矢氏。健康長寿の実現には、日常生活に大きな支障をきたしていない段階からの介入が重要とされる中、高齢者の心身が衰える「フレイル(虚弱)」を予防する活動を積極的に行っている。
「超高齢化が進む日本で、フレイル予防を専門職だけの手に委ねることは現実的ではなく、地域資源を活かした、地域住民による、地域住民のためのフレイル予防を実現することが求められている」と語る飯島氏。「フレイル予防は基本的にまちづくり全般として捉えるべき」との思いから、フレイル予防産業の活性化にも力を注ぐ。
実際にどんな活動をしているのか。飯島氏へのインタビューを通してその中身に迫った。
(聞き手は庄子 育子=Beyond Health)
自らの衰えを点検できる「フレイルチェック」
人生100年時代が叫ばれる中、健康寿命の延伸が急務とされている。健康寿命は自立して健康に過ごせる期間を指すが、2016年の厚生労働省調査によれば平均寿命との差が男性で8.84歳、女性で12.35歳となっている。すなわち、この差を“自立が難しい期間”として過ごさねばらない。
そうした中、注目されるのがフレイル予防だ。フレイルとは英語の「Frailty」に起因するもので、2014年5月に日本老年医学会が提唱した「健常な状態から要介護状態に陥る中間的な段階」のことを言う。言い換えれば加齢とともに身体機能や活力が減衰し、現役時代には何ともなかったことが徐々に困難になる状態である。
これらは長らく当然の老化現象とされてきたが、健康寿命の延伸を実現する上でもテコ入れによって改善を図ることが喫緊の課題となった。フレイル予防では、フレイルの兆候が見られる高齢者を早期に発見し、適切な指導を行うことで、可能な限り長く生活機能の維持・向上を図る。
日本におけるフレイル研究の第一人者である東京大学 高齢社会総合研究機構長 未来ビジョン研究センター教授の飯島勝矢氏は、自ら現場に介入してフレイル予防を実践している。具体的には「栄養、運動、社会参加」を3つの柱とし、住民が主体となって予防に取り組むためにフレイルチェックを考案。その内容は、簡易チェックと深堀りチェックの2つに分けられる。
簡易チェックは、身体的、精神的、社会的側面から11の質問でアンケートを実施する「イレブン・チェック」、指で輪っかを作り、ふくらはぎを囲んでチェックする「指輪っかテスト」から成る。イレブン・チェックでは食事内容、運動時間、外出の回数、物忘れの懸念などを聞く(下表)。指輪っかテストは両手の親指と人さし指でつくった輪をふくらはぎの一番太いところに当てて、すき間の有無を確認する。すき間があれば、筋肉減少の可能性があるという。
深堀りチェックは簡易チェックをブレイクダウンした内容で、口腔機能、運動テスト、社会性と3つの観点から掘り下げる(詳しくはこちら)。簡易チェック、深堀りチェックともに兆候なしの場合は青シール、兆候ありの場合は赤シールを貼って参加者のフレイル状態を可視化する。
高齢者を突き動かす“良質な脅し”で行動変容
フレイルチェックは市民センターや公民館を舞台に半年単位で実施している。この調査を通じて兆候に気づき、参加者に自分事としてもらうことが目的だ。チェック項目は大規模な高齢者コホート研究の柏スタディ(千葉県柏市)から得た知見をもとにした。飯島氏いわく「ワイワイ楽しいだけのイベントではなく、オールジャパンの学術研究」だという。
「フレイルチェックを指導するのが、私が主導して全国で養成したボランティアのフレイルサポーター。引退したシニアが中心となり、高齢者が高齢者をサポートする仕組みだ。いま、全国で73自治体が導入していて、その数はどんどん増えている。フレイルサポーターは統一のTシャツを着て、熱心にフレイルチェックに指導にあたる。世代が近いだけに、参加者の結果が悪くても共感したり、励まし合ったりしながら進めている。
少なくとも3割は男性を募集するのも特徴だ。一般的な市民ボランティアがほぼ女性であることを考えると、これは非常に珍しい。役割を与えられた男性サポーターは企業戦士に戻った気持ちで生き生きと取り組んでいる」(飯島氏)
地域で催される介護予防の栄養指導教室や運動教室は、そもそも健康志向の高い住民が集まる傾向がある。しかしフレイルは誰にでも訪れる現象であり、より参加の裾野を広げなくてはならない。そこで飯島氏は、“良質な脅し”と呼ぶ手法でフレイルの危機感を伝えることにした。
「良質な脅しとは、エビデンスに基づいた注意喚起のこと。『おばあちゃん、歩かなくなると歩けなくなりますよ』『おじいちゃん、肉や魚を食べないと筋肉がつかないから食べましょうね』と指導したところで、そんなことは本人たちも重々承知している。ひたすら頑張れと声がけするのは、実はもう限界だと思う。
だから私は『2週間寝たきりのような生活をすると、活発に生活している人が7年間で失う筋肉と同じ量を失うんですよ』『体重が50キロだったら、200グラムのステーキを食べても必要なたんぱく質の摂取量に届きませんよ。バランス良く食品を摂りましょうね』と、理論立てて説明する。そこまで噛み砕いてエビデンスベースで伝えると、自分も気をつけなくてはと思うようになる」(飯島氏)
公民館の運動よりも、ショッピングモールを歩いたほうが楽しい
フレイルチェックと並行して、飯島氏はフレイル予防産業の活性化に力を注ぐ。なぜなら「地域を彩るのは産業界。フレイル予防は基本的にまちづくり全般として捉えるべき」との思いがあるからだ。
中でも、スーパーマーケットやショッピングモールといった住民にとって身近なタッチポイントに重点を置く。2019年には柏市とイオンモール柏が共催した「フレイル予防啓蒙イベント」が開かれ、モールウォーキングや簡易フレイルチェックを実施。柏市、キユーピー、ハウス食品グループ、サンスターグループがフレイル予防のブースを出展するなど、自治体や企業を巻き込んだ動きが現実のものとなっている。
「地味な公民館の運動よりも、モールウォーキングのほうが確実に出会いが広がる。ショッピングモールは3階建てぐらいの広大な敷地に、さまざまな業種が凝縮して入居している。私がフレイル予防産業で最も重視しているのが異業種同士のコラボレーションであり、ショッピングモールはうってつけのステージとなる。
店内をくまなく見物しながらウォーキングする効果は大きい。産地の食材を試食して旅行に思いを馳せたり、フードコートで共食(一緒に食事すること)したり、ドラッグストアでバイタルデータを計測したりして、楽しむ空間としてショッピングモールを活用する。最後に食品コーナーで買い物するルーティンにすれば、社会と触れ合いながら半日は過ごせるだろう」(飯島氏)
エンターテインメントのような、これまでは結びつかなかった業種とも連携したいと飯島氏は語る。柏のイベントでお笑い芸人のステージを組み込んだのは、1つのトライと言える。「ショッピングモール業界がエンターテインメントをどのように取り込んで化学反応を起こしていくか。それらも探ってほしいとお願いしている」と飯島氏。そのほか、藤田医科大学の松尾浩一郎教授らと共同で口腔機能を鍛える「カムカム健康プログラム」を推進し、公開したレシピに従って地域でカムカム弁当が販売されるなどしている。
「つまり、フレイル予防には掛け合わせの可能性がたくさんあるということ。早期発見を可能にする意味ではIT業界への期待も大きいが、Bluetoothで連携したウエアラブル端末のデータがスマホで見れますと言ったところで、5000人ほどでぴたりと登録者が止まることがほとんど。デバイスを作ったから使ってくれると思うのは間違いだ。企業の論理だけでは、行動変容を促すのは難しい。
だからこそ、我々のように高齢者の生々しい世界を知る人たちの意見も採り入れながら、高度なセンシング機器をどうやって住民の生活に溶け込ませるかの一工夫、二工夫を演出し、ほかの業種とコラボすることを意識してほしい」(飯島氏)
10月21日の日経クロスヘルスEXPO 2021内で行われるパネルディスカッション「産官学で進める予防・健康づくり」では、モデレーターの立場から飯島氏は自らの問題意識も掲げながら議論を深めたいという。当日は飯島氏からさらなる踏み込んだ発言が聞けるチャンスだ。ふるって参加いただきたい。
(タイトル部のImage:花井 智子)