「がんは特別ではない」という意識が浸透する社会を

 がんが“普通の病気”になったのであれば、がんの治療に臨む患者だけでなく、その患者が暮らす社会の変化についても、一緒に考えていく必要があると考えます。例えば、「東京2020パラリンピック競技大会」に参加した選手たちの活躍はとても感動的でしたが、あの場に立つまでには、いくつもの大きな社会的ハードルを乗り越えてきたはずです。そして、選手(や家族など)を社会の中でどう捉えるか、どう支えていくかは、パラリンピックを開催するうえでも重要なポイントだったことでしょう。同様のことが病気にも言えるのではないかと、私は思うわけです。

 振り返れば、私は1982年に大学の医学部を卒業して医師になりました。当時はまだ「がんを治せる保証がなかった」ことから、患者には病状を伝えず、家族のみに病状を伝えるような厳しい状況でした。しかし、この30~40年の間でがんの治療法は目覚ましく進化し、2/3程度の患者を救えるまでになりました。ですから、がんに罹患した人の約3割が職を辞するという現状は、社会にとっては大きな損失であり、社会全体の取り組みとして是正していくべきと感じています。

 近年はある程度ステージが進んでも通常とほぼ変わらない生活ができるようになっていますし、従来の抗がん剤よりも副作用が少ない分子標的薬を使えば、外来通院でも治療が可能です。進行がんであっても新薬の開発や治験に協力することで、次の治療法に期待できるような状況にもなっています。そういった現状を踏まえれば、今後は社会としてがん患者をどのように受け入れていくのか、どうすればがん患者が普通に生活できるのかといったことを考えていくことが必要です。

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 がんに罹患すると、職場などでその事実をなかなか公言できないという人は少なくないでしょう。仮に公言しても、今度は周りが気をつかってしまう状況に陥ることもあります。こういった問題は見過ごすことはできません。

 状況を変えるためには、患者の行動変容を促す取り組みだけではなく、周囲の人たちに対して「がんは特別ではない」ということをしっかりと伝え、意識を変えていく取り組みが必要です。そのような意識が浸透する社会を目指すためには何が必要なのか、そんな議論も求められています。