Beyond Healthは2021年11月、円卓会議「健康で幸福な人生100年時代の実現へ『がんと行動変容』を考える」を東京都内で実施した。「がんにならない」あるいは「がん罹患後に社会と共生する」ための行動変容について、一人ひとりの「個人」としての行動変容に閉じた話ではなく、企業や社会としての行動変容などを含む多様な視点からの議論を展開した。

このテーマに対して、日本のがん医療と研究をリードし、「がんにならない、がんに負けない、がんと生きる社会をめざす」を掲げる国立がん研究センターはどう考えるのか。同センター理事長の中釜斉氏に聞いた。

(聞き手は小谷 卓也=Beyond Health)

国立がん研究センターの中釜斉氏(写真:加藤 康、以下同)
国立がん研究センターの中釜斉氏(写真:加藤 康、以下同)
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 近年、がんは2人に1人が罹患する、ある意味で“普通の病気”と言える状況になってきました。がんに対する理解も、この20~30年の間でずいぶん進んだと私は感じています。

 しかし、がんに対する理解が「十分に浸透しているか?」と問われると、必ずしも「そうだ」とは言い切れません。なぜなら、がんに対して「死に直結する病気」というイメージを持つ人が依然として少なくないからです。

 そのため、医療者と患者の間にある情報や理解のギャップを埋めていくことが必要です。患者の行動変容などを促していくために、情報共有の継続・拡充を図っていかなければなりません。私たち医療者側や研究者側が、情報発信の仕方を工夫したり、情報によりアクセスしやすい環境を作ったりすることも重要です。

 実際、情報が必要になるタイミングは人それぞれです。がんになる前の人、早期にがんを発見できた人、今まさにがんと戦っている人、場合によっては治療の選択肢が既になくなってしまった人、あるいは終活と捉えている人など、さまざまな状況が想定されます。それだけに、あらゆる入口から、がんの情報にアクセスできる仕組みを用意することが重要だと考えます。

 例えば、国立がん研究センターの「がん情報サービス」はコンテンツ自体はかなり充実していると思っています。ただ、情報ニーズがますます多様化していることを考慮すると、提供の仕方がややフラット過ぎるのではないか、情報発信の方法が一律のため患者にとって病状や経過に沿った必要な情報を見つけやすくするような工夫が必要なのではないか、と考えています。そのため、情報をもっと階層的に提供し、症状の段階に応じて理解できるような仕組みに改善していきたいと考えているところです。

がんの現状やリスクをデータで提示できる時代へ

 がんの場合、検査で異常が見つかる前の段階でも、全身を調べれば何らかの変化や遺伝子的な異常の蓄積などが見えてきます。将来的には、血液検査やゲノム解析などによって、こうした個人ごとのがんの現状やリスクをデータで提示できる時代が訪れるでしょう。

 そのデータを患者にうまく共有できれば、がんをより自分の問題として意識しやすくなると思います。リスクに応じた行動変容も取りやすくなるはずです。

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 がんは多くの人が60歳や70歳といった高齢で発症しますが、リスクの高い人は50代や40代、場合によっては30代で発症する人もいます。もし発症リスクを評価できるようになれば、医療者側としても早期の治療介入や予防介入が可能になるでしょう。もしかしたら、「30代でのリスクを維持したまま80歳まで生きていく」など、がんが実際に発症するタイミングを遅らせるような対処も可能になるかもしれません。

 そのためには、がんを発症する前の個々人の発症リスクの高低を客観的に指標化し、個人のリスクマネジメントに反映させていくことが必要になります。それが実現できれば、社会活動や経済活動など、より具体的な取り組みにまで落とし込んでいけるでしょう。もちろん、もう少し未来の話ではありますが、とても重要な視点だと思っています。

「がんは特別ではない」という意識が浸透する社会を

 がんが“普通の病気”になったのであれば、がんの治療に臨む患者だけでなく、その患者が暮らす社会の変化についても、一緒に考えていく必要があると考えます。例えば、「東京2020パラリンピック競技大会」に参加した選手たちの活躍はとても感動的でしたが、あの場に立つまでには、いくつもの大きな社会的ハードルを乗り越えてきたはずです。そして、選手(や家族など)を社会の中でどう捉えるか、どう支えていくかは、パラリンピックを開催するうえでも重要なポイントだったことでしょう。同様のことが病気にも言えるのではないかと、私は思うわけです。

 振り返れば、私は1982年に大学の医学部を卒業して医師になりました。当時はまだ「がんを治せる保証がなかった」ことから、患者には病状を伝えず、家族のみに病状を伝えるような厳しい状況でした。しかし、この30~40年の間でがんの治療法は目覚ましく進化し、2/3程度の患者を救えるまでになりました。ですから、がんに罹患した人の約3割が職を辞するという現状は、社会にとっては大きな損失であり、社会全体の取り組みとして是正していくべきと感じています。

 近年はある程度ステージが進んでも通常とほぼ変わらない生活ができるようになっていますし、従来の抗がん剤よりも副作用が少ない分子標的薬を使えば、外来通院でも治療が可能です。進行がんであっても新薬の開発や治験に協力することで、次の治療法に期待できるような状況にもなっています。そういった現状を踏まえれば、今後は社会としてがん患者をどのように受け入れていくのか、どうすればがん患者が普通に生活できるのかといったことを考えていくことが必要です。

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 がんに罹患すると、職場などでその事実をなかなか公言できないという人は少なくないでしょう。仮に公言しても、今度は周りが気をつかってしまう状況に陥ることもあります。こういった問題は見過ごすことはできません。

 状況を変えるためには、患者の行動変容を促す取り組みだけではなく、周囲の人たちに対して「がんは特別ではない」ということをしっかりと伝え、意識を変えていく取り組みが必要です。そのような意識が浸透する社会を目指すためには何が必要なのか、そんな議論も求められています。

病院も“行動変容”する必要がある

 病院も変化していく必要があるでしょう。日本の病院はいまだに特殊な空間というイメージが強く残っていると感じていますが、米国では10年ほど前には既にホテルのような雰囲気を持った病院が登場してきています。日常との境目を極力排除し、堅苦しさがないような雰囲気づくりはあって良いのかもしれません。

 昨今はコロナ禍の影響で、病院へ行くことの感染リスクに注目が集まりました。ただ、がんの場合は受診しないと病状が悪化してしまう可能性があるため、適切な時期に来院してもらうための対策や変化も必要だと痛感しています。

 私たちとしても、新たな情報発信の在り方として、2021年9月に国立がん研究センター内に「がん対策研究所」を開設しました。近年の急速な超高齢社会の進展と医療技術の革新的な進歩などを鑑みて、これまで別々に存在していた「社会と健康研究センター」と「がん対策情報センター」を統合・再構成した組織です(関連記事:がんにまつわる高精度な情報を発信、国がん「がん対策研究所」を開設)。

2021年9月に国立がん研究センター内に「がん対策研究所」を開設。中釜氏は同所長も務める(出所:国立がん研究センター)
2021年9月に国立がん研究センター内に「がん対策研究所」を開設。中釜氏は同所長も務める(出所:国立がん研究センター)
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 がん対策研究所では、これまでに両センターが培ってきた技術や知識、経験を集約し、さまざまな社会医学的な課題に対して効率的かつ戦略的に取り組んでいく考えです。がんに関する情報共有や理解不足の改善につなげていくための情報を発信するだけでなく、具体的な取り組みも進めていく必要があると感じています。

 現状では、明確に示せるような大きな成果は出せていませんが、さまざまなアプローチによって、しっかりとしたエビデンスを示していきたいと考えています。それが我々に課せられた“行動変容”なのかもしれません。(談)

(タイトル部のImage:加藤 康)