臓器や組織の機能を回復させる再生医療の分野で、「Muse(ミューズ)」と呼ばれる新たな多能性幹細胞が注目されている。脳梗塞で重度の身体機能障害の後遺症がある患者に、ドナー由来のMuse細胞製品を投与した臨床試験では、約7割が介護の必要のない状態になるという劇的な結果をもたらした。この細胞を世界に先駆けて発見したのが、東北大学大学院医学系研究科細胞組織学分野の出澤真理(でざわ・まり)教授だ。2021年10月にNPO法人ミューズの樹を立ち上げ、Muse細胞による社会貢献を目指す出澤教授に、再生医療の常識を変える可能性をもつMuse細胞について聞いた。

重度の脳梗塞患者の3割がMuse細胞治療で職場復帰できる状態に

 Muse細胞は、様々な細胞に分化して臓器や皮膚の機能を修復する多能性幹細胞だ。脳梗塞の発症後2~4週後に中等度から重度の後遺症が残った患者に、ドナー由来のMuse細胞製品CL2020あるいは偽薬を点滴で投与する二重盲検の臨床試験が実施された。CL2020投与群では、公共交通機関を利用できるなど介助なしに身の回りのことができる状態まで回復した人が1年後に68.2%(22人中15人)に達したが、偽薬群では37.5%(8例中3例)だった。しかも、CL2020投与群では31.8%(22人中7人)が日常生活には問題がなく、職場復帰を果たせる状態になったが、偽薬投与群ではそこまでの回復は認められなかった。

 「脳梗塞の後遺症を根本的に治す方法はなく、リハビリだけで回復を目指すのは限界があるのが実情です。ドナー由来のMuse細胞製品を1回点滴投与するだけで、寝たきり、あるいは食事やトイレの介助が必要だった人の7割が、1年後には介護が必要のない状態になったばかりか、3割もの人が職場復帰を果たしたというのは驚きでした。マウスには効果があったのにヒトには効かないというのは医学研究ではよくあることですし、最初のうちは効いたけれども1年後には悪化するということもあり得たので、臨床試験の結果を知ったときは嬉しかったですし、ほっとしたというのが本音です。Muse細胞製品による治療によって、脳梗塞の後遺症に苦しむ人が減り、介護費やリハビリにかかる医療費も軽減できる可能性があります」と出澤教授は話す。

東北大学大学院医学系研究科の出澤真理教授(写真:阿部 勝弥、以下同)
東北大学大学院医学系研究科の出澤真理教授(写真:阿部 勝弥、以下同)
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 Muse細胞は、私たちの骨髄の中にもともと備わっており、血液中に少しずつ流れ出て日々傷ついている臓器や組織を修復し、体の恒常性を維持しているという。その仕組みは意外に単純で、臓器が傷害を受けるとまずは、壊れた細胞が「スフィンゴシン-1-リン酸(S1P)」という警報物質を放出する。Muse細胞は、それに対する受容体(S1Pレセプター2)を発現するため、S1Pを察知し傷害を受けたところに集まり、臓器や組織の機能を修復する。脳梗塞や急性心筋梗塞など急激に細胞が壊れてしまう病気では、S1Pが大量に放出されるため、Muse細胞がそこに集まるようになっている。

 「ドナーのMuse細胞製品を点滴投与したときも同じ原理で、傷ついた部分にMuse細胞が集まり、脳だったら神経、グリア(神経膠)、血管などの細胞に分化して傷ついた細胞に置き換わり、機能を修復・維持します。ビルのメンテナンスに例えると、Muse細胞は、電気、ガス、水道、壁や建具まであらゆる修理と管理を一手に引き受ける総合メンテナス会社のようなもの。脳梗塞や急性心筋梗塞のように重大な障害が起こったときには自分の体が保有するMuse細胞だけでは修復が難しく、そういった病気になる人は糖尿病などの基礎疾患がベースにあるため、体内のMuse細胞の活性が低下していることも示唆されています。ですので、脳梗塞や急性心筋梗塞のように、脳や心臓の細胞が広範囲に壊死してしまうような病気では、ドナー由来の活性の高いMuse細胞を投与することにより、組織の修復を高めることが期待できます」と出澤教授は解説する。