新薬開発において、従来の動物実験に代わる手法として注目を集めている研究ツールがある。小さなチップ上に臓器細胞などを配して、生体内で起こる現象を再現する「ボディ・オン・チップ(Body on a Chip)」だ。開発を行う亀井謙一郎氏は世界で初めて、これまで不可能だった抗がん剤の心臓における副作用の再現に成功した。角膜、細胞のバリア機能の測定など、チップはなおも進化中だ。ボディ・オン・チップによる創薬や医療のイノベーションへの期待が高まる。

手のひらサイズのデバイス上に「人体」を再現

 1つの薬が世の中に上市されるまでには、一般に数100億円以上という巨額の開発費と10年以上の年月がかかる。しかもその開発は「成功率が非常に低い」ことでも知られる。

 原因の1つとなっているのが、ヒト試験の前に行われる「前臨床試験」。マウスやラット、サルなどの実験動物はヒトとは種が異なる。当然ながらヒトとは異なる生理反応を示すことが多く、動物実験でよい結果が得られ、ヒトに投与する「臨床試験」に至っても、期待する薬効が得られなかったり、予期せぬ副作用が起こったりして試験が中止に追い込まれることが頻繁に起こる。また、実験動物を使うことは動物愛護や倫理的観点から今後ますます困難になることが見込まれる。既にEUでは、化粧品開発時における実験動物の使用は禁止されている。

 「創薬研究において、よりヒトに近い反応を再現でき、動物実験を行わなくてよいような試験法を開発することが急務となっていました」と話す京都大学高等研究院 物質-細胞統合システム拠点(iCeMS)准教授の亀井謙一郎氏は、課題解決のために工学的アプローチを採り入れた。その成果として生まれたのが、「ボディ・オン・チップ(Body on a Chip)」という新たな研究手法だ。

 ボディ・オン・チップは文字通り、手のひらに載るほどのサイズのチップの上に人体を再現したもの。亀井氏が開発した「2臓器連結チップ」は、ヒト由来の臓器の細胞を回路のように並べ、それぞれを「マイクロ流体デバイス」という流路でつなぐ仕様になっている(図1)。チップを使った実験では、薬の成分が体内でどのように変化するかなど、体内の反応を自在に観察できる。亀井氏はヒト由来のがん細胞と心臓の細胞を搭載したチップを用いて、これまでの細胞培養プレートでは不可能だった抗がん剤の心臓における副作用を2017年に世界で初めて再現することに成功した[1]。

図1●「ボディ・オン・チップ(Body on a Chip)」の概要
図1●「ボディ・オン・チップ(Body on a Chip)」の概要
「ボディ・オン・チップ」とは、ヒトの組織や循環器などをデバイス上に搭載(人体を再現)し、ヒトに起きる様々な生理反応を観察するデバイス。写真はその第1号の「2臓器連結チップ」(縦2.5cm×横7.5cm)。素材には生体適合性が高いシリコンゴムの一種であるPDMSが用いられている(出所:亀井氏)
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「ボディ・オン・チップ」には「細胞それぞれの部屋」と、循環を行う「マイクロ流路」を搭載。つなげたチューブから培養液や薬液を与える(出所:亀井氏)
「ボディ・オン・チップ」には「細胞それぞれの部屋」と、循環を行う「マイクロ流路」を搭載。つなげたチューブから培養液や薬液を与える(出所:亀井氏)
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