日本では従来、高齢者が大量の薬を複数の医療機関から処方され、複数の種類を食前食後に飲み分けることが当たり前の光景として受け入れられてきた。しかし、高齢者が多くの病気に重ねてかかっていたとしても、薬を飲み過ぎるのは、効果のメリットよりも副作用のデメリットが上回る場合が少なくない。

 良かれと思って施された医療が、実は患者のためになっていない。そんなケースは、高齢者の多剤服用の問題に限らず医療の現場ではよくあること。そうした無駄で不利益をもたらす可能性が高い医療行為をなくしていこうという運動が、米国を発信地として世界に広がろうとしている。それが「チュージング・ワイズリー(Choosing Wisely)」と呼ばれるキャンペーンだ。

ABIM財団が配布している、チュージング・ワイズリーの考え方を示したカード

 今や医療費の増加は世界各国が抱える共通課題だが、2000年代に入り医療大国、米国では医療費の増大がいち早く社会問題化し、米政府も対策を打ち出し続けていた。そんな中で2010年、テキサス大学教授のハワード・ブロディ氏が「手控える医療行為を選ぶのは、政府ではなく、医師自身ではないか」と論文で呼びかけ、大きな注目を集めた。これに応えたのが米国の医師を束ねる米国内科専門医認定機構(ABIM)の関連組織、ABIM財団。2012年、この団体が音頭を取り、医学会に必要性を問うべき医療行為を「5つのリスト」として発表するように促したのがチュージング・ワイズリーの始まりだ。

表1●チュージング・ワイズリーで掲げられた推奨例

・入院中の寝たきりや座りっぱなしは禁物(米国看護学会)
・妊婦に安易に安静を勧めない(米国産科婦人科学会)
・古くなったというだけで、歯の詰め物を替えない(米国歯科医師会)
・膝の痛みには手術以外の方法でまず対処する(米国スポーツ医学会)
・平均寿命から5年未満はマンモグラフィー不要(米国乳腺外科学会)
・甲状腺にはしこりが見つかるががんでないことが多い(米国放射線学会)
・大腸がんの内視鏡検査は10年に1回で十分(米国消化器病学会など)
・高齢者を認知症と決めつけない(米国看護学会)
・子どもにCTやMRIを安易に行わない(米国脳神経学会など)
・子どもへの安易な薬は禁物(米国耳鼻咽喉科学会など)
・5つ以上薬を使っている人にさらに薬を使わない(米国予防医学会)
・外反母趾や足底筋膜炎で安易に手術しない(米国足の外科学会など)

世界の80学会がキャンペーンに参加

 参加する医学会は当初の想定を超えるほど広がり、2019年までにおよそ80の学会が参加するまでになり、必要性を問うべきだと掲げられた医療行為は約550項目にまで拡大した。がん、循環器、消化器、精神医学、小児科、産科婦人科、救急、プライマリケアといった主要分野において世界を代表する医学会が5つのリストを発表したことから、米国内に大きなインパクトを与えた。歯科医師、薬剤師、看護師、理学療法士、作業療法士、カイロプラクティックという関連の専門団体も加わり、領域の幅にも広がりが出ている。

 このキャンペーンは、米国の枠を超えて、さらに海外にも広がっている。日本でも2016年にチュージング・ワイズリー・ジャパンが発足。このほかカナダ、オーストラリア、ニュージーランド、英国やドイツなど欧州各国にも活動は広がりを見せている。

 このキャンペーンの底流にあるのは、冒頭に触れたように、医療の価値への目線。医療を施して終わりではなく、そこから出てきたアウトカムを評価しようという動きが出ているのだ。研究によってその評価をするのも一つだが、最近では、医療のビッグデータの分析によっても医療から出てきた成果は見えるようになってきている。そうした情報技術も医療の生み出す価値を重要視しようという動きと足並みをそろえているのである。

 日本では入院の長期化や、病床の過剰が問題となっている。チュージング・ワイズリーに掲げられたリストの中にも安易な患者の安静を戒める項目がある。いかに医療の効率を上げていくか、日本でもビッグデータに基づくアプローチから変えようとする動きが企業などからも出ている。チュージング・ワイズリーは現実の医療とも密接なつながりを持ってきている。

(タイトル部のImage:Goss Vitalij -stock.adobe.com)