プレシジョンメディシン(precision medicine)は、日本語訳では「精密医療」や「緻密医療」となる。文字通り、医療をより精密または緻密に行おうという考え方を示したものだ。ただし、日本においても、英語のまま「プレシジョンメディシン」と呼ばれることが多い。

遺伝情報に基づく分類

 主にがんの領域での医療を指して使われることが多いが、いったい何をもって精密や緻密であると言われているのか、そこからまず説明しよう。

 そもそもプレシジョンメディシンとは、病気の分類についての考え方を指したものと理解して差し支えない。医療において、病気を分類するとき、がんであれば、一般的に、胃がん、大腸がん、肺がん、乳がんなどと、がんのできた場所で分類される。臓器によって組織に違いがあるからだ。胃であれば、胃の分泌腺ががんになったり、乳がんであれば、乳腺ががん化したりして、臓器ごとに性質が異なっている。そうした差があるために臓器別に分類するのが適切だと見なされてきた。

 そうした考え方は、遺伝子の情報が詳しく分かってくるにつれて変化してきた。2001年、ヒトゲノム計画が13年をかけて完了し、人の遺伝情報が全て明らかになったのは大きな転機だ。また、2000年代には、リツキシマブ、イマチニブ、ゲフィチニブなどの「分子標的薬」と呼ばれる抗がん剤が登場したのも大きい。その後、分子標的薬が抗がん剤の中心を占めるほどに増える中で、特定の遺伝子変異があると、効果が高いことが分かってきて、がんを個人の遺伝情報の違いを踏まえて治療しようとする研究が進むことになった。そうして出てきた考え方が、「オーダーメード医療」「テーラーメード医療」「個別化医療」と呼ばれるものだ。一方、ゲフィチニブ発売直後、投与された患者の中に間質性肺炎による死者が出たことが社会問題になるなど、分子標的薬の副作用が注目されたのも個人にあった治療が必要とされた背景としては重要だ。

 さらに、2010年代に入り、次世代シーケンサーの開発が進み、遺伝情報は個人単位にとどまらず、がんの組織ごとに調べられるようになり、遺伝情報の詳細が分かることで、がんという病気は遺伝情報に基づいて分類する方が正確だという考え方が強まっていった。同じ肺がんでも、がん化のきっかけになった遺伝子の変異は違いがあり、そうした遺伝子変異によって分類した方がよいのではと考えられるようになったのだ。

 2011年、米国の国立研究評議会が、このように遺伝情報に基づく病気の分類の考え方について「プレシジョンメディシン」というタイトルを掲げたレポートで発表。これを機にプレシジョンメディシンという言葉が注目されるようになる。極めつけは、2015年に、当時の米国大統領オバマ氏が、一般教書演説で、「プレシジョンメディシン・イニシアティブ」として、がんとゲノムについての研究を強力に推進することを大々的に発表。世界にプレシジョンメディシンの考え方が広がるようになった。


がん治療では既に広がる

 2020年代を目前として、プレシジョンメディシンは、がん治療では当たり前になってきている。2010年代には、分子標的薬の登場の使用で一緒に遺伝子変異を調べる「コンパニオン診断」が医療現場に浸透。その後、がん治療に先だって「パネル検査」と呼ばれる数百もの遺伝子を網羅的に調べる仕組みも登場し、2019年には日本で2種類のパネル検査が保険適用となった。一つは、シスメックスが国立がん研究センターと共同開発を進めてきた「OncoGuide NCCオンコパネルシステム」。もう一つは、中外製薬が発売する「FoundationOne CDxがんゲノムプロファイル」である(関連記事)。

 このように、遺伝情報を読み取る検査が当たり前になったのは、遺伝情報を調べる次世代シーケンサーが進化したためだ。2001年にヒトゲノム計画が完了したときには、一人の遺伝情報を全て調べるのに3000億円もかかった。その後、10万円を切るまでに低下。さらに、読み取るのにかかる時間も13年もかかったのが、1日以内で済むようになっていく。こうした進化はさらに進んでいる。

 併せて治療の参考とする遺伝情報をさらに広げようという動きも進む。命の維持に必要なタンパク質をコードしたDNAのエリアである「エクソン」の全体を読み取る「エクソーム検査」や、DNA全体を読み取る「フルゲノム検査」といった詳細な検査を治療に生かそうとする動きだ。人体の持っているタンパク質と関連する遺伝子をまるごと調べる「エキソーム検査」や人体のゲノム全体を調べる「フルゲノム検査」も行われるようになっている。

 プレシジョンメディシンの考え方により、病気はより遺伝情報に基づいて、個別に治療される動きが強まるのは確実だ。がんに限らず、こうした考え方は広がると見られ、これからの医療技術を考える上では欠かせない考え方になると見てよいだろう。

(タイトル部のImage:Goss Vitalij -stock.adobe.com)