移動権(交通権)とは、人が自由に移動する権利のこと。日本国憲法の第22条の「居住・移転および職業選択の自由」、第25条の「生存権」、第13条の「幸福追求権」などと関連した人権を集合した権利として定義されることがある。公共交通の利用をめぐって関連訴訟が起こされてきた経緯もあり、交通権と呼ばれることも多い。

 超高齢社会の到来で、公共交通手段のニーズが高まる中、経済の低成長もあり、地方を中心に交通網の機能が低下する状況も顕著になっている。自由な移動がかなわない人も現れ、移動権が脅かされる懸念は生じやすい状況にある。

 さらに、直近では、新型コロナウイルス感染症の影響により、多くの人が移動を制限され、公共交通の利用も低下する状況の中で一層関心を集めやすい。

 公共交通の利用およびバリアフリーなどの課題をいかに解決するか、人や物の移動や交通の自由をどう保障するか再検討が求められている。

 移動権および交通権が注目され始めた時期をたどると1970年代まで遡る。背景は重度障害者でも外に出て移動できるよう障害者の権利保護への関心が発端だった。さらに、自動車の普及に伴い乗り合いバスや路面電車などの公共交通機関が衰退した動きもあって、移動のままならない状況を解消する観点から法的な対策に迫られるようになった。

 海外では、フランスでいち早く社会的な権利として交通権を法的に位置づける動きが進み、1982年「国内交通基本法」を成立させた。目的は、公共交通や物流などの利用の観点から移動権や交通権の格差是正を図るものだ。さらに、1990年、米国でも障害者保護の観点から交通上の差別を禁止する「障害を持つ米国人法」が成立している。

国内では国鉄分割・民営化が転機

 わが国では1980年代の国鉄の分割・民営化問題の中で公共交通の利用で地域格差が生まれかねないという懸念から交通権が注目された。1984年、鉄道運賃の格差を不当として初めて交通権が争われた「和歌山線格差運賃返還請求事件」が起こり、原告の請求は棄却されたものの、以降、交通権に関連した訴訟が継続して提起され、交通権は徐々に関心を持たれるようになった。並行して法学者らが日本交通法学会を設立。人々の移動の権利を確保する移動権や交通権の議論を進め、1998年には人々の自由な移動を保障することなどをうたった「交通権憲章」を発表するに至った。

 障害者および高齢者の移動をバリアフリーの観点から保障していく法整備の動きもあった。1994年に施行されたハートビル法(高齢者、身体障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律)では公共施設の設備、2000年に施行された交通バリアフリー法(高齢者,身体障害者等の公共交通機関を利用した移動の円滑化の促進に関する法律)では交通機関の整備においてバリアフリーを推し進めることが定められている。

 その後、2002年以降に交通に関する基本理念の検討もなされ、東日本大震災後の社会の変化も踏まえて、2013年に交通政策基本法が施行。交通権および移動権を保障する考え方が法的に認識されるようになった。

 同法の中では、「国民等の交通に関する基本的需要の充足が重要」と指摘し、人の移動だけではなく、物資の移動など幅広く交通権と移動権に関連した考え方が示された。例えば、第17条では、交通関連設備の構造や設備の改善や施策を推進し、高齢者や障害者などの円滑な移動を可能とするように求めている。


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