Muse(ミューズ)細胞とは、様々な細胞に置き換わって機能を修復する多能性幹細胞のこと。臓器や組織の失われた機能の回復を図る「再生医療」の分野で、ES細胞(胚性幹細胞)、iPS細胞(人工多能性幹細胞)に続く、「第3の万能細胞(多能性幹細胞)」として注目されている。

 東北大学大学院医学系研究科の出澤真理教授が2010年に世界で初めて発見した細胞で、「いろいろなものに分化できてストレス耐性がある」という意味の英語“Multilineage-differentiating Stress Enduring”の頭文字を取って命名された。この多能性細胞はもともとヒトの骨髄でつくられ、血液中や臓器の結合組織などに広く存在している。ある組織が損傷すると、そこから放出される警報物質をキャッチし、まるで消防車や救急車のように「現場」に駆けつけ、ダメージを受けた細胞になり代わって、傷ついた組織を修復する。

 ただし、脳梗塞や心筋梗塞などで組織が大きなダメージを受けたときには、自分のMuse 細胞だけでは損傷部分を修復しきれない。そのため、ドナーから採取したものを使ったMuse細胞製品を点滴で投与し、脳梗塞の重い後遺症など完全な回復が難しいとされてきた患者への治療に生かそうというのが、出澤教授ら研究チームの狙いだ。

 脳梗塞で重度の身体障害が残った患者を対象とした治験では、Muse細胞製品(ドナーから採取したもの)を1回点滴投与したところ、1年後には約7割の人が、介助なしに公共交通機関を利用するなど、身の回りのことができる状態にまで回復した。脳梗塞の治療は進化を続けているが、重度の後遺症が残ってしまうとリハビリ以外に治療がない。この治験結果は、脳梗塞の治療を大きく変える可能性を示したと言える。

 ES細胞、iPS細胞による再生医療では腫瘍化の恐れが指摘されているが、ヒトの体内に自然に存在するMuse細胞の場合、そのリスクは極めて低いとされる。また、扱いやすいのも大きなメリットだ。ES細胞やiPS細胞のように投与前の分化誘導操作や移植手術の必要がなく、点滴で投与するだけなので患者の負担が少なく、将来はクリニックなどで受けられるようになる可能性が高い。ドナー由来のMuse細胞製品を投与しても、拒絶反応が起こりにくいという特徴もあり、骨髄移植のときに必要なHLA(ヒト白血球抗原)適合検査や免疫用製剤の投与も必要ない。

 脳梗塞以外にも、急性心筋梗塞、脊髄損傷、表皮水疱症、筋萎縮性側索硬化症(ALS)、さらに新型コロナウイルス感染症に伴う急性呼吸窮迫症候群(重度の呼吸不全)、新生児低酸素性虚血性脳症に対する治験が実施されている。

 ただし、全く新しい治療法だけに、ドナーの安定確保や長期の安全性など検討すべき課題は残っている。患者に優しい「点滴による再生医療」の実現が待たれる。

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