展望記憶(Prospective Memory)とは、これから先の未来に予定されていることについて、“いつ何をするのか”を覚えておくこと。例えば、「食事のあとに薬を飲む」「明日の朝ゴミ出しをする」といった予定についての記憶である。

 内容を自発的に思い出す「存在想起」と、やるべき行動内容を覚えておく「内容想起」から成る。展望的記憶や未来記憶ともいう。展望記憶が未来のことについての記憶であるのに対し、過去に起きたことや学んだことについての記憶を回想記憶(回想的記憶)という。

 展望記憶は、意図したことを遂行するために不可欠で、日常生活を円滑に営む上でなくてはならないものである。うまく機能させることができないと、約束を忘れてしまうことにより他者からの信頼を失ってしまったり、個人として社会的な生活を送ることが困難になってしまったりする。

認知症と展望記憶の関係

 展望記憶は、加齢に伴って低下せず、むしろ高齢者の方が若年層よりも優れているという報告がある。これは、健常な高齢者が、「自分は忘れっぽいから気を付けよう」と心がけていることなどが原因とされる。

 別の研究では、認知症の有無と展望記憶の障害の有無に関係があるのかという検討が行われた。具体的には、もの忘れ外来を受診した61~91歳の、アルツハイマー病や血管性認知症と診断された患者、軽度認知障害の人、健常者を対象に、「検査開始前に所持品を預かり、検査終了時に返却するよう自ら申し出ることができるか」を評価した。

 所持品の返却を申し出なかった場合は「存在想起に障害がある」と判定し、「何かお預かりしたものはありませんか?」とヒントを与えた上で所持品を想起できない場合は「内容想起に障害がある」と判定したという。

 その結果、アルツハイマー病患者では、96.0%が存在想起に異常を認め、76.0%が内容想起に異常を認めた。血管性認知症患者では、78.6%が存在想起に、71.4%が内容想起に異常を認めた。軽度認知障害と健常群は、それぞれ85.7%と25.0%、存在想起に異常を認めたが、内容想起には異常を認めなかった。このことから、もの忘れ外来の受診者は、健常な高齢者とは異なり、自らの心がけだけでは、行動のし忘れを軽減できないことが示唆された。

 この研究で、認知症では存在想起と内容想起のどちらも障害が認められたのに対し、軽度認知障害では存在想起に異常が認められたものの、内容想起は保たれていた。軽度認知障害は、日常生活は自立して送れている状態のため、見過ごされやすいが、数年以内にアルツハイマー病に移行する可能性が高い。今回の結果から、従来の認知機能の検査に加えて、展望記憶の検査を実施し、存在想起の異常を調べることで、軽度認知障害を早期発見できる可能性があることが示された。

軽度認知症の展望記憶、スマホで改善という研究成果も

 展望記憶の改善について、有効な治療薬はまだ開発されていない。そんな中、認知症の初期段階にある高齢者が、スマートフォンアプリを使うことで、展望記憶を要する日常生活動作を改善したという研究成果が2021年11月に「Journal of the American Geriatrics Society」に掲載された(関連記事:スマホアプリが認知症患者の「展望記憶」を改善)。

 この研究では、軽度認知障害もしくは軽度の認知症の診断基準を満たす55〜92歳の高齢者を対象に、スマートフォンアプリを用いた介入が、日常生活動作の改善に有効かどうかを検討した。具体的には、被験者にスマートフォンおよびボイスレコーダーアプリまたはリマインダーアプリの使い方を教え、4週間の間、どちらかのアプリを使ってもらった。

 その結果、被験者自身がこうしたアプリを活用できていると感じたことや、展望記憶を要する日常生活動作が改善したと感じたことが確認できたという。このほか、研究グループが用意した「決められた日に研究室に電話をかける」「決められた日に特定の場所の写真を撮る」といったタスクを、約半数が遂行できた。

 この結果を受け、研究グループは、高齢者がスマートフォンを操作して、アプリを物忘れ防止のためのツールとして活用できる可能性を示唆した。今後は、こうしたスマートフォンアプリが軽度の認知障害を持つ人与える影響を長期的に追っていくという。

(タイトル部のImage:Goss Vitalij -stock.adobe.com)