ソーシャル・マーケティングとは、社会課題を解決したり社会をより良くしたりするために、マーケティングの考え方を活用して人々の行動変容を促すこと。従来は営利目的で活用されてきたマーケティングの考え方を、行政機関や病院、学校の問題解決や、企業による社会貢献といった活動に役立てるというもの。

 1960年代に消費者の権利を守るための消費者運動が米国で行われたことをきっかけに、経営学者であるフィリップ・コトラー氏が提唱した概念である。日本では、例えば、たばこを販売する日本たばこ産業(JT)が、喫煙マナーについてテレビCMやポスターで広告するなどの活動がソーシャル・マーケティングを活用した例だといえる。

 ソーシャル・マーケティングの対象となるのは、疾病予防を始めとして、ヘルスケア領域と深く関わるものが多い。

 予防医療ビジネスを行うキャンサースキャンは、国内の先駆者として、ソーシャル・マーケティングを活用して人の行動変容を促すための事業を展開してきた。同社 社長の福吉潤氏は、P&Gでブランドマネージャーを務めた経歴を持ち、マーケティングのノウハウを生かして医療の課題を解決しようと起業を決意したという。同社では、自治体が行う「特定健診・特定保健指導」の受診率・実施率を向上させる事業や、生活習慣病重症化予防のための事業、後期高齢者向けの予防医療事業など、事業領域は多岐に渡る。

 がん検診の受診率向上の事業では、受診勧奨のハガキやチラシに着目した。例えば、東京都内のある自治体では、過去5年間に乳がん検診を受けていなかった人を対象にお知らせのチラシを送っていたが、受診率はなかなか上がらなかった。従来送っていたチラシは、「乳房を圧迫する」などネガティブなイメージを想起させる言葉が並んでいたり、申し込み方法や受診時期が分かりにくかったりしたという。

 そこで、マーケティングの視点を活用した新しいチラシを作成した。具体的には、マンモグラフィーは1万1000円と高価な検査であることを明記した上で、1万円の補助が使えることを強調して記載したり、申し込み方法や受診時期を分かりやすく記載したりした。その結果、従来のお知らせでは1500人中1人しか受診しなかったのに対し、同社が改訂したお知らせでは1489人中131人が受診し、受診率向上を図ることができた。

 別の自治体では、大腸がん検診を受診していない人を対象に2通りのお知らせを送付した。一方には、「今年大腸がん検診を受診した方には、来年度『大腸がん検診キット』を自宅に送ります」というメッセージ、もう一方には、「今年大腸がん検診を受診しなかった方には、来年度『大腸がん検診キット』を自宅に送ることができません」というメッセージを送った。その結果、前者の受診率が22.7%だったのに対し、後者は29.9%と高い受診率が得られ、行動変容につなげることができた(関連記事:行動変容を促せ!これが健診・検診の受診率アップ事例)。

 こうしたソーシャル・マーケティングを活用したノウハウは、同社が制作を行い、厚生労働省が発行している「受診率向上施策ハンドブック」に掲載されている。

 このほか、国内では、東京大学大学院 医学系研究科 医療コミュニケーション学 教授の木内貴弘氏が学会長・運営委員長を務める日本ヘルスマーケティング学会が発足。健康医療分野において、マーケティングの教育や研究などの普及を目指していくという。2022年秋にも、学術集会を開催する予定だ。

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