何らかのタスクをやり遂げるために、もう一本手がほしいと思ったことはないだろうか。実は、その実現に向けた科学者による取り組みは既に始まっている。英ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン(UCL)認知神経科学分野のDanielle Clode氏らによる新たな研究で、そのような技術は脳に影響を与える可能性のあることが明らかになった。詳細は、「Science Robotics」5月19日号に発表された。

 この知見は、現在進行中の“第3の親指(Third Thumb)”と呼ばれる、ロボット工学と3Dプリンターで作製された指に関する研究から得られた。利き手にこの第3の親指を装着することで、本来であれば両手が必要な動作を片手だけでできるようになるという。

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 今回の研究では、健康な36人のボランティアに、実験室で5日間にわたって第3の親指の使い方についてトレーニングを行い、トレーニング後にはこの指を家に持ち帰って日常生活の中でも使ってもらった。参加者の第3の親指の装着時間は1日当たり2〜6時間だった。第3の親指は、手の小指の近くに、手首と手のひらにストラップを巻いて固定。両足の親指の裏にストラップで固定されたセンサーを操作することで、動かすことができる。5日間のトレーニングにより、参加者は第3の親指を装着した手のみで、何かを持ち上げる、つかんで運ぶ、複数の物体を仕分ける、積み上げるといった作業を行うことができるようになった。

 Clode氏らは、トレーニングの前と後に、第3の親指を装着していない状態で指を動かしている間の参加者の脳を、機能的MRI(fMRI)でスキャンした。その結果、感覚運動皮質と呼ばれる運動に関連する脳領域で、元からある手の動きの“表現”が変わっていたことが明らかになった。通常、脳内での指の1本1本の位置関係は、明確に区別される。ところが、第3の親指を装着していた参加者の脳では、その区別が不明瞭になっていたのだ。ただし、7~10日後に一部の参加者で再検査を行ったところ、この変化はもはや認められなかったという。Clode氏らは、「このことは、第3の親指の装着により生じた脳の変化が長期間は維持されない可能性を示唆している。さらなる研究でこのことを確かめる必要がある」としている。

 Clode氏らは、「このような脳の変化が良いことなのか、悪いことなのか、あるいは一時的なものなのか否か。それについては今のところ明確には分からない」と説明している。しかし、急速に発展しつつある“運動拡張”に関する領域で研究を進める上で、今後考慮すべき問題が明らかになったと指摘している。

 運動拡張とは、指や腕として機能するロボットデバイスを装着し、人間に本来備わっている運動機能を拡張する技術のことだ。SFの世界のように感じるかもしれないが、Clode氏は、「さまざまな職業で活用できる可能性がある」と期待を示す。その具体例として同氏は、同じ作業の繰り返しで身体的に負荷のかかる職業である工場の労働者やエンジニアを挙げ、「両手や指が増えれば難しい組み立て作業の助けとなり、より安全かつ効率的に作業できるようになる可能性がある。場合によっては他人の補助も不要になるかもしれない」と話す。

 一方、この研究論文の上席著者である、UCL認知神経科学教授のTamar Makin氏も、指型ロボットは手術のような高い精度が求められる場面から日常的な家事まで、さまざまな場面で活用できると説明。「手が増えれば可能になることは数えきれないほどある。しかし、これは今までにないコンセプトであり、われわれの世界は5本指の手を2本使うことを前提に作られているため、こうしたデバイスをどのように使うべきか想像するのは難しいかもしれない」と話している。

[HealthDay News 2021年5月20日]

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