全く体を動かすことのできない筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者が、脳とコンピューターをつなぐブレイン・コンピューター・インターフェース(BCI)により、家族や医師と再びコミュニケーションを取れたとする研究結果が報告された。テュービンゲン大学(ドイツ)精神医学・行動神経学研究所のNiels Birbaumer氏らによるこの研究の詳細は、「Nature Communications」に3月22日掲載された。

 ルー・ゲーリック病とも呼ばれるALSでは、病勢が進行すると運動機能だけでなく、運動機能に依存するコミュニケーション能力も失われ、自分のニーズや希望を伝えることができなくなる。このような、全く動くことができず、言葉や眼球運動によるコミュニケーションも取れないが意識はある状態を、「完全閉じ込め状態」という。

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 今回の研究で対象とされたのは、完全閉じ込め状態にある30代のALS患者だ。この患者は、2015年8月に進行性のALSと診断され、同年末には発話能力と歩行能力を失い、翌年には自分で呼吸することができなくなったため人工呼吸器を装着するに至っていた。

 この研究には関与していない、米ALS協会のNeil Thakur氏は、「われわれがALS患者というときは、通常、体は全く動かせないが、眼球運動は可能な患者を思い浮かべる。ALSであっても、視線を利用した意思伝達装置を使って非常に高いレベルでコミュニケーションを取ることができる患者もいる」と話す。しかし、今回の患者は、2017年8月までに何かを見つめることもできなくなっていた。

 Birbaumer氏らはこの患者の脳の補足運動野と一次運動野に、針のような64極の電極が付いた微小電極アレイを1つずつ埋め込んだ。その後、患者はさまざまな動きを試みることで脳活動を生み出すことを学んだ。脳活動により発せられた信号は、埋め込まれた電極により拾い上げられ、機械学習モデルによりリアルタイムでデコードされて「はい」か「いいえ」に置き換えられる。患者は、脳の信号を音の高低に置き換えるプログラムによる聴覚ニューロフィードバックを用いて、スペリングプログラムが読み上げたアルファベットのグループに対して、次にグループ内の個々の文字に対して「はい」または「いいえ」を選択し、文字を確定または却下する。こうして患者が意図する単語や文章が完成する。

 1文字が確定するまでにかかる時間は1分程度とゆっくりではあるが、この方法により、患者は再び周囲の人とコミュニケーションを取れるようになった。Birbaumer氏は、「この研究により、たとえ眼球運動やその他の筋肉を使って人とコミュニケーションが取れないような完全麻痺患者であっても、脳を使って文章を書けることが示された」と話す。そして、「このBCIにより完全閉じ込め状態の患者でも、伝えたいことを何でも伝えられる日が来るかもしれない」と付け加えている。

 論文の共著者である、Wyss Center for Bio and Neuroengineering(スイス)のJonas Zimmermann氏は、「残念ながら、このBCIに関わる技術は、現段階では非常に高価な上に、多くの時間と、関わる人の献身を要する」と話す。例えば、介護者がこのシステムを設定し、また患者の反応を確認できるようになるためには訓練が必要だ。なお、同氏の所属するセンターでは、ABILITYという完全埋め込み型のワイヤレスデバイスに関する前臨床試験を実施中であるという。このデバイスを用いれば、患者が話すことを想像すると、脳から直接その信号がデコードされて文字化することができるということだ。

[HealthDay News 2022年3月22日]

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写真: 患者の脳から発せられた信号を確認する研究者。Photo Credit: Wyss Center

(タイトル部のImage:Romolo Tavani -stock.adobe.com)