2021年8月14~20日に海外の企業・大学・研究機関・米食品医薬品局(FDA)などが配信したプレスリリースの中から、注目のニュースをピックアップしました。

■潜伏中のHIVをゲノム技術で永久にサイレント化する「block-lock-excise」とは

  • (出所:HOPEプレスリリース)
    (出所:HOPEプレスリリース)

     ここ40年の間に、HIVは死をもたらす謎のウイルスから、毎日の薬でコントロールできるウイルスに変わった。しかし、HIV感染者の体内からウイルスを完全に除去し、永久に治すという試みはまだ成功していない。このたび、非営利のライフサイエンス研究機関である米Gladstone研究所、フロリダ州の生物医学研究所であるScripps研究所、ニューヨークを拠点に活動するWeil Cornell Medicineをはじめとする世界的研究者グループが、HIVを治療するまったく新しい戦略を追求するために、米国国立衛生研究所(NIH)から2650万ドル(約29億円)の助成金を受けた。

     「HOPE (HIV Obstruction by Programmed Epigenetics)」と名付けられたこの共同研究グループは、他のウイルスが時間の経過とともに自然に不活性化されていく仕組みを利用し、HIVを体内に封じ込め、永久的に除去することを目指す。米国国立衛生研究所はHIV治療研究プログラム「Martin Delaney Collaboratories」の中で、10の組織に対し5年間分の助成金を与えている。HOPEもその1つだ。

     HOPEの主任研究者たちは、それぞれHIVの潜伏期、レトロウイルス、TAT阻害剤などの研究を長年行ってきており、チームとしての準備は万端だ。5年間の助成金のうち、最初の2年間はフィージビリティスタディ(実行可能性調査)を完了させ、いくつかの潜在的な薬剤をさらに調査する予定だ。共同研究という性質上、最初の研究が完了すれば再評価を行い、必要に応じてアプローチを変更することができる。

     Gladstoneウイルス研究所の所長であり、HOPE共同研究のプログラムディレクターおよび主任研究員であるメラニー・オット医学博士は、「これまでのHIV治療とは根本的に異なるアプローチをとる。HIVとともに生きる人々にとって最良の治療法をできるだけ早く見つけるには、幅広い科学的アプローチを模索することが重要」と述べる。

     HIVは免疫細胞内に潜伏することで、有名だ。潜伏ウイルスは、明らかな症状や本格的なエイズを引き起こすことはないものの、HIVとともに生きる人々に長期的な健康障害をもたらす可能性があり、標準的な抗レトロウイルス療法ではターゲットとすることが難しい。また、毎日の治療を中断すると、感染が急速に再活性化してしまうリスクもある。これまでのHIV治療では、抗レトロウイルス療法によって潜伏しているウイルスを洗い流すために、意図的にウイルスを再活性化させる「ショック・アンド・キル」と呼ばれる方法が主流であった。しかし、体内のウイルスを重篤な副作用を伴わずに再活性化することは難しい上、潜伏ウイルスがわずかでも残っていると、HIV感染者は毎日治療を続けなければならないという課題が残る。

     HOPE の研究者たちは、自分たちの新しい戦術を「block-lock-excise」と呼ぶ。潜在的なHIVを再活性化させるのではなく、新しい方法でターゲットとするものだ。戦略の中の「block-lock」の部分は、何百万年もの進化の過程でヒトのゲノムに組み込まれた古代のウイルスからヒントを得ている。HIVもまた、HIV感染者のゲノムに組み込まれているが、HIVとは異なり、古代のウイルスはサイレンシングされた状態のままであったり、不活性であったりする。研究者たちは、これらの古代の不活性ウイルスには、HIVが持ついくつかの遺伝的要素が欠けていることを発見した。潜伏しているHIVが再活性化して複製を開始するためには、HIVの遺伝コードの最初にあるDNAの配列とTatというタンパク質の2つの要素が必要となる。

     HOPEの研究責任者の一人、Scripps研究所の免疫学・微生物学准教授であるスサナ・ヴァレンテ博士は、「私たちは、ある種の薬剤のような小分子でTatをブロックすることで、HIVをサイレント状態にすることができることを突き止めた。『block-lock』というアプローチで、HIVを無害な古代のウイルスのような状態にできる」と説明する。HOPEチームは2つの戦略により、継続的な治療を行わなくても、HIVを永久にサイレントの状態に「閉じ込める」ことができると考えている。1つはウイルスの再活性に必要な要素を薬でブロックする方法。2つ目は、薬剤でHIVの遺伝物質の三次元構造を変化させて、他のタンパク質がHIVにアクセスしてスイッチを入れることを難しくする方法だ。

     ヴァレンテ博士は「このアイデアは、HIVを複製できないように閉じ込めるだけでなく、基本の鍵を捨てることで、宿主や他の人にこれ以上害を及ぼすことができないように永遠に閉じ込めておくというもの」と解説する。オット医学博士は「潜伏しているHIVに感染した細胞を確実にサイレント状態にすることができれば、患者の抗レトロウイルス療法の一連の治療をすべて外しても、ウイルスが再発することはない」と述べる。

     HOPEがとる3番目の手法、「excise(切除)」の部分は、近年のゲノム編集の進歩を利用する。ゲノム編集技術CRISPR/Cas9の開発により、研究者は人間の細胞のDNAを変更できるようになった。つまり、免疫細胞のDNAに挿入されている潜在的なHIVを編集することができるのだ。共同研究チームは、潜在的なHIVのDNAをウイルスが破壊される程度まで変化させるために、いくつかの遺伝子編集アプローチの有用性を検証する予定だ。

     HOPEの主任研究員であり、Weill Cornell大学医学部感染症学科の免疫学教授であるリショムワ・ドロブ医学博士は、「HIVウイルスは体内の細胞の貯蔵庫に隠れることができる。このため、治療がなかなか実現しない」と述べる。今回のHOPE共同研究では、"block-lock-excise "という方法で、HIVが細胞から放出されないよう、関連するすべての組織でHIVを長期的に封じ込められるかどうかを検証する。サイレント状態のウイルスの残骸を永久的に除去することと共に、抗ウイルス剤を中止した際のHIVの再発を防ぎ、治療につながることを期待している」と語る。

     HOPE共同研究室には、世界の12の研究機関からメンバーが集い、治療薬開発の知見を持つ3つの製薬会社と協力する。また、複数の臨床グループが、アフリカとブラジルのHIV感染者のデータとサンプルを提供する計画だ。コミュニティパートナーのサンフランシスコAIDS Foundationとともに、HIVとともに生きる人々を募集し、研究者とコミュニティの橋渡しをするディスカッションパネルも設置する。オット医学博士は、「私たちは、HIV感染者の生涯にわたる治療という点において、現状に満足していない。治療法の確立に向けて邁進する必要があり、それこそがHOPEの目標だ」と語る。
    A New Approach to Curing HIV