近来稀な世界的災禍の下で誤解を恐れずにいえば、ヘルスケアイノベーションにとって今回のようなパンデミックはビジネスチャンスであり、比較的短期に終息する可能性もあるため、そのチャンスには旬があるといえる。イノベーションとは社会に何か新しい価値を創造することであるから、既存の医療製品を新型コロナ禍に利用したとしても、ある種のイノベーションといえる。

 つまり、新型コロナ禍のヘルスケアイノベーションには全く新しいものを作り出すチャンスと、既存のものをうまく利用するというチャンスがある。そしてイノベーションとは何か新しいもの(something new)を社会実装(implementation)して初めて成しえるものなので、旬を逃さないという言葉の裏には結果を出すということが含まれる。

誰もが同じことを考える

 今回の新型コロナ禍ではトイレットペーパー、マスク、消毒用アルコールなど様々なものが不足した。もちろん、生命に直結する人工呼吸器が著しく不足するという憶測が飛び交った。とはいえ、トイレットペーパーが店頭から消えたから新たにトイレットペーパーの製造業を始めようと考える人はいないだろう。これは、一時的な買いだめと、自宅外での使用量が減ったことで流通のギャップができたことによる一時的な不足であり、絶対数の不足ではないと直感的に考えられるからだ。

 ではマスクはどうか、これまでマスクをつける習慣がなかった欧米でもほぼ全員がマスクを着用している。圧倒的な需要増だ。さらに、マスクをつける習慣が欧米にも広がり、今後は冬季のインフルエンザが流行するような時期に一定の世界的マスク需要が起こるかもしれない。となれば、マスクビジネスに参入するのは好機かもしれない。

 実際には中国製を含めて短期に大量の供給体制が生まれ、既にマスクが世界に行き渡りつつある。この過程で利益を生み出した新興企業もあるだろう。他方、大手の3M社なども相当量の増産をしていることは間違いない。この時に3Mは今後の世界需要増大を見越して製造ラインの増加に対して資本を投下しているだろうか。製造ラインを増加したとして、今回現れた新興企業が大きく製造のキャパシティを増加していたとしたら、今後、一定の需要増大があったとしても、シェアを奪い合い、共倒れのリスクがある。

 人工呼吸器はどうか。実はSARSが問題視された際にも、日本で人工呼吸器が足りなくなるという危惧が広がった。当時国産の人工呼吸器はほとんどなく、多くを輸入に頼っていたため、もし世界的有事となった場合、日本に回ってくる人工呼吸器が足りず大変なことになるとの噂から、日本政府は大慌てで国産人工呼吸器の製造を民間に促した経緯がある。

 結果的にはSARSは大事には至らなかったが、人工呼吸器の製造・承認は一朝一夕にはできず、この時に「パンデミックにかかる医療製品を輸入に頼ることは国家の安全保障上の問題となりうる」という教訓が顕在化した。今日、人工呼吸器を製造販売している国産メーカーにはSARS問題を契機に開始したところが少なくない。

 では、この教訓が生かされて、2003年のSARS問題から2020年までの間にパンデミックに十分な人工呼吸の備蓄や供給体制が国内で整ったか。今回のCOVID-19感染禍でも日本で感染爆発が起きると人工呼吸器は足りなくなるという試算があった。ただし、そもそもパンデミック時に十分な人工呼吸器数というのはいかほどか。これを正確に当てられる人はいない。ようするに、対パンデミックはマーケットがわからないビジネスなのだ。

 フェースシールド、マスク、ガウンなどのPersonal Protective Equipment(PPE)製品、人工呼吸器等の医療製品が足りなくなるという憶測は現在のインターネット社会で瞬く間に世界中に広がった。すると、FacebookにOpen Source COVID19 Medical Suppliesという名のグループができ、3Dプリンターを用いたり、簡単な工作で作ったりした自作のPPEや人工呼吸器のプロトタイプが多数投稿された。

 Open Source COVID19 Medical Suppliesのメンバー数は5月9日時点で7万人を超えている。中には電気がなくても動くというような独創的人工呼吸器もあり、災害時に役に立つかもしれず興味深いのだが、誰もが同じようなことを考え、誰もが同じように発信できるこの社会で、どれが本当に優れているモノなのか選択して判断するのは極めて難しい。このため個人やスタートアップレベルでは今回のようなパンデミック時に優れたアイデアをすぐに具現化させるのは難しい。