テクノロジーによって人間の身体能力を極限まで引き出した場合、スポーツの分野でそれを認めてよいのかどうか。

 スポーツ界は筋肉増強剤や興奮剤といった薬物を体内に取り入れて身体能力を高める手法をドーピングとして禁じてきた。「テクノロジー・ドーピング」へはどう対処していくべきか、議論されるようになっている。

 例えば、競泳では10年ほど前に水の抵抗を低減するラバー水着の着用によって数多くの世界記録が樹立された。トップ選手がこぞって採用したものの、より高性能な素材を使える選手ばかりが有利になると論争が起きた。その結果、競技の公平性の観点からラバー水着の着用は禁じられた。

 選手の疲労回復(リカバリー)手法でも同様の動きがある。液体窒素を用いたカプセル型の冷却装置で瞬間的に身体を冷すことで疲労回復を促す「クライオセラピー」という技術はトップレベルの競技スポーツで採用が進んでいる。これも公平性の観点で五輪大会では利用が限定されている。

 薬物ドーピングが禁じられた背景には公平性に加えて選手の健康被害があった。ただし、「経頭蓋直流電気刺激(tDCS)」のように脳に何らかの刺激を与える行為が健康に影響を与えるかどうか、現時点では明らかになっていない。それ故に今後の動向を占うことは難しい。

 パラスポーツにおいては義足アスリートの五輪出場を認めるかどうかという議論がある。きっかけは陸上競技で義足アスリートが健常アスリートと同じ水準の記録を出し始めたことだ。義足を付けた方が速く走れるようになり、しかも同じ土俵で競うことが認められるとしたら、どうなっていくのだろうか。

 スポーツで起きている議論は姿を変え、そう遠くない将来に一般のビジネスでも提起されるはずだ。例えばtDCSは運動機能だけではなく、学習や記憶力の向上に有効という報告がある。企業の研修などで様々なスキルや知識を習得する際に活用できるかもしれない。

 技術の進化によって義肢を使うと10倍のスピードで仕事をこなせるようになるかもしれない。そうなったとき従業員の超人化を社会は認めるようになるのだろうか。

 SFのような話だが、それが現実味を帯びている。テクノロジーによる人間の身体や感覚の拡張が当たり前になる未来への準備が問われる。