日経BP総合研究所(以下、日経BP総研)が運営するウェブメディア「Beyond Health」は、「健康で幸福な人生100年時代を可能にする」社会を描くためのビジョンとして「空間×ヘルスケア 2030」を提案していく。それを実現するための新プロジェクト「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト」を、2020年6月にスタートした。人々を健康にするハードやソフトの考え方を採り入れた様々な「空間」の2030年のイメージを、イラストで分かりやすく表現。これを未来の旗印(Visionary Flag)として示しながら、未来の空間のあり方について議論を呼び起こすプロジェクトだ。2020年12月には、ワークプレイスの未来についてディスカッションを実施した。

 「ビジョナリー・フラッグ・プロジェクト(以下、VFP)」では、これまでに、住宅・オフィス・薬局の未来像として、それぞれ「Beyond Home(未来の住宅)」「Beyond Workplace(未来のワークプレイス」「Beyond Pharmacy(未来の薬局)」の3つの旗を掲げた。このうち「Beyond Workplace」では、2030年に必要と考えられるオフィスの機能を、以下のようなイラストに表現している。

Beyond Workplaceを表現したイラスト (資料:日経BP総研)
Beyond Workplaceを表現したイラスト (資料:日経BP総研)
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 今後、これを基にして、企業や有識者とディスカッションを重ねて、2030年に向けた「未来のワークプレイスの姿」を描き出し、新たなイノベーションの誘発や社会課題の解決につなげていく。

 第1弾として日経BP総研は2020年12月、NECネッツエスアイ(以下、NESIC)と「未来のワークプレイス」についてのディスカッションを実施した。同社は、NECグループのシステムインテグレーターで、現在、「次世代働き方ビジョン」の構築を進めている。当日は、明治大学大学院の野田稔教授にもリモートで参加いただき、現在のオフィスが抱える課題やこれからのあるべき姿について議論を交わした。ディスカッション当日は、未来のワークプレイスを考えるうえで浮かび上がった以下のテーマについて意見交換が進んだ。

・デジタル化の弊害
・コミュニケーションを支える「ID化」
・オフィスはだれのものか(オープンイノベーション)
・地域とオフィスの関係

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■デジタル化の弊害
問い直されるリアルの価値

 コロナウイルス感染拡大の収束が見通せないなか、各企業ではオフィスのデジタル化が急速に進んでいる。一方でその弊害も顕在化してきた。ディスカッションではまず、デジタルによる弊害について、意見が交わされた。そこでは、デジタルツールによる一方的なコミュニケーションに対する戸惑いとして、いくつかのケースが報告された。

「メール、Teams、Slackなどにより大量のメッセージが一方的に送られてくる。しかもその重要度はバラバラで、とても一人ではチェックしきれない。部下にチェックしてもらうケースもみられる」 「デジタル化に伴うコミュニケーションへの影響は、リモートによる会議でもみられる。リアルに顔を合わせる会議では、終了後もその内容について雑談交じりに話し合うことが多く、そこから相互理解やアイデアが生まれていた。しかしリモートでは、終了と同時に各自が退出してしまい、その後のコミュニケーションがなくなっている」

 このほか、「ちょっとした相談まで、何でもリモートでやるようになった」「以前はフロアをうろうろしながら、いろいろな人に話しかけて、じっくりアイデアを固めていた。デジタルオフィスでは、それができなくなってしまった」といった現状も報告された。

 リアルな会話であれば、相手の口ぶりや態度から重要度が判断できる。その場でお互いの意思疎通も図れるだろう。しかし、メールによるコミュニケーションは、とかく一方的で、細かいニュアンスや重要度が判別しにくい。NESICマーケティング本部の吉田和友本部長は「デジタルツールによって、一方的な流れとなりつつある社内コミュニケーションを検証することで、改めてリアルの価値を問い直す必要があるのではないか」と話す。日経BP総研フェローの桔梗原富夫も「今後は、デジタルでつながることが前提となり、その中にリアルが包含される世界が当たり前になっていく。リアルで会うことは贅沢なものになっていくのではないか」と指摘した。


NESICマーケティング本部の吉田和友本部長
NESICマーケティング本部の吉田和友本部長
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日経BP総研フェローの桔梗原富夫
日経BP総研フェローの桔梗原富夫
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 日経BP総研イノベーションICTラボが実施した「新たな働き方に関する調査」の内容も紹介された。同調査では、テレワークに不便・不安と感じる点として、「同僚とのコミュニケーションに支障がある」という回答が最も多かった。しかもこの回答は、緊急事態宣言から時間が経つにつれて、増加している傾向がうかがえる。

日経BP総研が日経BPのデジタルメディアの読者・会員を対象に実施した調査によると、テレワークを利用する際に不便・不安と感じる点として、「同僚(上司や部下を含む)とのコミュニケーションに支障がある」を挙げた回答が多かった。Web会議ツールよりもリアルで話をしたほうが意思疎通しやすいという傾向が読み取れる(資料:「新たな働き方に関する調査」日経BP総研 イノベーションICTラボ。調査時期2020年10月14~30日)
日経BP総研が日経BPのデジタルメディアの読者・会員を対象に実施した調査によると、テレワークを利用する際に不便・不安と感じる点として、「同僚(上司や部下を含む)とのコミュニケーションに支障がある」を挙げた回答が多かった。Web会議ツールよりもリアルで話をしたほうが意思疎通しやすいという傾向が読み取れる(資料:「新たな働き方に関する調査」日経BP総研 イノベーションICTラボ。調査時期2020年10月14~30日)
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■コミュニケーションを支える「ID化」
ID化が信頼醸成の新たなツールに

 社内コミュニケーションをめぐる問題は組織力にも影響する。例えば、社内の「だれがどのような知識やスキルを持っているか」について、メンバー全体で共有している組織は強いと言われている。こうした情報共有は主にリアルなコミュニケーションで培われてきたが、デジタル化が浸透する中でいかに補完していくべきか。

 デジタル化におけるコミュニケーションについて明治大学大学院の野田教授は、信頼醸成の新たなツールとして「ID化」に注目している。「これまでの社会では実際に顔を見たり、名刺を交換したりして、信頼性を担保してきた。それに代わる方法として電子名刺やID化、が普及していく可能性がある。これまでに携わったプロジェクトなどの実績も自動的にIDデータとして蓄積されていけば、コミュニケーションを補完できるのではないか」と、その可能性を指摘した。

リモートで参加した明治大学大学院の野田稔教授(写真中央)
リモートで参加した明治大学大学院の野田稔教授(写真中央)
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 日経BP総研 戦略企画部長の高橋博樹も「その人のIDをパソコンで調べれば、名前や職務経歴、得意分野などが簡単に分かるようにする。これにより、フリーアドレス環境で、知らない人が隣に座ったときなども、相手のことが分かり、コミュニケーションが取りやすくなる。さらに人事評価制度とも連動して活用していくことも必要だろう」を話した。

 社員の価値観なども“見える化”する考え方も示された。「お金よりも社会貢献を重視する人に対して、『残業代払うからもっと働け』と言われても働かない。その人の価値観も見える化すると、より働きやすい環境になるだろう」(日経BP総研上席研究員の菊池隆裕)。実際、アメリカの心理学者が設立した「Attuned」というスタートアップ企業は、仕事に対する考え方や価値観を見える化するコミュニケーション支援ツールを提供している。

日経BP総研 戦略企画部長の高橋博樹
日経BP総研 戦略企画部長の高橋博樹
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日経BP総研上席研究員の菊池隆裕
日経BP総研上席研究員の菊池隆裕
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 これからのリアルなオフィスのあり方も議論された。在宅ワークやオフィスの分散化が進めば、本社オフィス(センターオフィス)に求められる役割も変わっていく可能性がある。NESICでは、これからのセンターオフィスのあるべき姿を「信頼できる仲間やパートナーがいる場」であるとともに、他の企業や顧客、地域社会など外部にも開かれた「内外がボーダレスでフラットな場」とイメージしている。

 ではこのようにオフィスが外に開かれた場合、はたしてそのオフィスは誰のものなのか──。ディスカッション中盤では、NESIC側からそんな問題提起がなされた。

 この問いかけを受け、日経BP総研の菊池は、多くの企業が自社オフィスに設けるオープンラボの役割について紹介した。「外部の人たちを呼び込む共創スペースとして、大企業の多くがオープンラボを設けている。これにより、自社の欲しいスキルを持った人材が、社内にいない場合にも、足りない人材を外から引き込めるようになった」(菊池)。オープンラボは、あくまで自社の成長を目的にしながら、外部にもビジネス機会を提供する場として、機能しているという。


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 一方、野田教授はオフィスを街に例え、ドイツの「マルクトプラッツ」がこれからのセンターオフィスのあり方を考えるヒントになると話す。マルクトプラッツは市街地にある広場のこと。野田教授によるとマルクトプラッツには市場などが出店し、市庁舎、学校、教会といった施設と隣接するなど、様々な人々が集まってくる場所だという。「そこには、多くの情報が集まり、新しい出会いがあり、文化や価値観の中枢にもなっている。これからのセンターオフィスは、こういう機能を持つべきではないか」(野田教授)。

 センターオフィスのあり方として、ビジネス情報だけが集中するのではなく、様々な価値観や文化、技術が交流し、人々の成長を促す学びや、新しい出会いを生み出す場としての可能性が示唆された。

■地域とオフィスの関係
分散型ワークが生み出す地方との共生

 コロナ禍では、サテライトオフィスを地方に構えたり、本社そのものを地方へと移転したりするケースも増えている。そこで論点となったのが、地域と企業の関係だ。

 日経BP総研 社会インフララボ所長の徳永太郎は、会津若松市のスマートシティにおける取り組みを事例として挙げた。このスマートシティで進むオフィス計画では、プロジェクトを主導するアクセンチュアや企業のほか、地元の大学が一緒になって、地域の社会課題を解決する実証実験に取り組もうとしている。ある調査によると国内の500を超える自治体がスマートシティ導入事業を「実施」「検討」しているという(日経グローカルNo.389特集「スマートシティの整備本格化」2020.6.1)。そこでは地域が抱える問題を、スマート化によって解決していこうという動きが多く見られる。「地域の課題解決と企業の利益は重なり合う。オフィスの分散化が進むなか、地域社会と一緒にイノベーションを起こす場が各地で生まれていくのではないか」(徳永)。


日経BP総研 社会インフララボ所長の徳永太郎
日経BP総研 社会インフララボ所長の徳永太郎
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 日経BP総研の高橋は徳島県神山町の事例を紹介した。人口5000人程度の自然に恵まれた小さな町にIT系ベンチャーを中心とするスタートアップが、こぞってサテライスオフィスを構えた。ついには学校まで作って、教育事業に乗り出している。企業の地域進出がまちおこしにつながった事例だ。「住民と自治体、民間企業が一体になり、一つのテーマに向き合っていくと、求心力が生まれて、いろいろなことができるようになる」(高橋)。

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 ディスカッションでは、ほかにもニューノーマル時代のオフィスに関する多彩なテーマについて、約4時間にわたる議論が交わされた。NESICではこうした議論も踏まえて、自社で「次世代働き方ビジョン」をまとめていく考えを持っている。一方、日経BP総研でも未来の旗印となるべき「Beyond Workplace」の完成をめざし、引き続き様々な企業と議論を重ねていく予定だ。

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