世界の先行きはますます不透明になっている。パンデミックの長期化で各国の人口動態に変化が見え始め、地政学リスクの高まりで経済安全保障が新たなキーワードになった。そうした中でも5年後を展望すると、新規事業やデジタル関連への投資意欲は増している。前に進むためには未来を探り、描いていくしかない。(本記事で紹介した「5年後の未来に関する調査」の結果は、50を超えるテーマや産業の未来シナリオを分析したレポート『未来調査2026 全産業編』から抜粋した)



 未来を見通す取り組みに逆風が吹いている。予測のベースを大きく揺るがす2つの事象が世界規模で同時に進行しているからだ。1つは疫病の流行、もう1つは地政学リスクの高まりである。

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミック(世界的流行)が宣言されてから約2年、長期化する世界的な感染拡大は未来予測の基礎データとなる各国の人口動態に影響を与えつつある。

 米国勢調査局の推計によれば、2021年7月時点の米国人口は前年の同じ時期に比べ0.1%増と建国以来最低の伸びとなった。もともと人口の伸びは減速傾向にあったが、移民の減少や出生率の低下、死亡率の上昇など、コロナ禍がその傾向を強めたと見られている。

 すでに人口減少社会に突入した日本においては、減少の勢いがさらに増しそうだ。2020年の出生数は前年比2.8%減の約84万人と統計開始以降で最少を記録した。2021年はさらに大幅に減少するとの見方が強い。コロナ禍の影響についての詳細な分析はこれからだが、日本の少子化と人口減のスピードを加速する事象になりそうである。日本や米国だけではなく世界的にも、これまで爆発的と言われてきた世界人口の増加に陰りが見えているとの調査研究に注目が集まっている。

経済安全保障がキーワードに

 世界がコロナ対策に追われる一方で、米中の対立をはじめとして国際関係の緊張が高まり、地政学リスクが大きくなっている。グローバル化によって様々な国や地域の活動が複雑に絡み合い、大きなパワーを持つ国や地域の間の緊張関係は、軍事による安全保障だけではなく世界経済にも影響を及ぼす。人権問題はアパレルや半導体などの輸出入に大きな影響を与えているし、環境問題は温暖化対策にとどまらず、EV(電気自動車)やエネルギーの分野における自国産業保護、技術覇権争いにつながっていく。

 経済と国の安全保障が緊密に関係することを表す「経済安全保障」というキーワードが国内外で再びクローズアップされるようになったことは象徴的だ。日本政府は2021年10月、経済安全保障を担当する閣僚ポストを新たに設け、重要政策として掲げた。コロナ禍に話題となった国産ワクチンの開発や半導体不足の解消といった議論に加え、いわゆる機微技術の取り扱いを巡り、企業には慎重な対処が求められてくる。

 企業活動のレジリエンス(強靭性)を高めるために、パンデミックや地政学リスクへの手当てを企業経営の意思決定プロセスに組み込む必要性がこれまで以上に高まっている。「VUCA」(volatility:変動性、uncertainty:不確実性、complexity:複雑性、ambiguity:曖昧性)と言われる時代に、さらに見通しを不透明にする要素が加わったわけだ。

それでも進んだこと、見えてきたことがある

 だが、VUCAの状況においても、進んだことや見えてきたことがある。これまでなかなか進まなかったリモートワークや業務の自動化が一気に進んだ。日経BP 総合研究所が経営者やマネジメント層を中心とするビジネスパーソンを対象に実施している「5年後の未来に関する調査」では、今後5年間にデジタルインフラなど生産性向上につながる勤務先の設備投資は増えるとの評価が圧倒的に多い1)。新しい価値を生み出すために必要な「研究開発」「新規事業/新商品開発」「マーケティング」への投資が今後の5年間増えていくとの見方も多数派だ。中でも「新規事業/新商品開発」の投資が増えると見る割合は特に多い。

 2021年4月に実施した同調査で選択肢として用意した26項目のキーワードや事象のうち、今後5年間に活用や普及の動きが「早まる」という評価が最も上昇した2項目は「再生可能エネルギー」と「ライブイベント」だった。逆に「早まる」が最も下降した2項目は「国内生産への回帰」と「食料自給」である。いずれも、この調査からほぼ1年前の2020年5月、COVID-19の感染拡大による国内で初めての緊急事態宣言発出中に尋ねたほぼ同じ設問に対する回答との比較だ。

 再生可能エネルギーへの取り組みの加速は、2020年10月に日本政府が2050年カーボンニュートラル宣言を発表し、グリーン成長戦略を策定したことが大きく影響している。後押しするのは、いま世界で広がる「脱炭素」の取り組みをビジネスの成長機会と捉える潮流である。コロナ禍でリアルな開催がやりにくくなった「ライブイベント」が上位になったのは意外に思えるが、代替策として始められたオンラインの有償ライブイベントが定着し、急速に市場が拡大している。

 ただし、国際機関の予測や経済指標の動きを見ると、中期的には回復の遅れから日本や欧州が低成長にとどまり、新興国がコロナ禍前の経済成長の水準を取り戻すのには時間がかかると指摘する見方は強い。「5年後の未来に関する調査」においても、日本と欧州に対する予測から雲は消えておらず、再拡大を繰り返すCOVID-19をはじめとする懸念材料は多い。予断を許さない状況と言えるだろう。

 一方、COVID-19拡大当初は国内外を問わず物流に混乱を来したが、比較的早期に正常化に向けて動き出したため「国内生産への回帰」や「食料自給」への関心が下がったとみられる。ただ、海運コンテナの不足や半導体をはじめとする部品不足など、コロナ禍に起因するサプライチェーンの諸問題は、地政学リスクとも結びつきながら、これからもしばらく課題として居座るだろう。食料についても、世界的に価格が高騰している。FAO(国連食糧農業機関)の世界食料価格指数は2021年に10年ぶりの高水準となった。気候変動や原油価格の高騰、バイオ燃料化などが要因として挙げられている。これらの要因のさらに後ろには、世界における脱炭素の潮流の存在があるとの見方が強い。

 今後の10年は、これまで以上に大きく揺り戻しを起こしながら進む社会の中で、いったん立ち止まって進路を見直す試行錯誤が常態となる。企業としてはVUCAの中にあって「進むこと」「後戻りしたこと」など見えてきた事象を踏まえ、どの課題に優先して取り組むのかを決め、進むしかない。そのとき、たとえ難易度は上がっても、テクノロジーや事象の過大評価/過小評価、「こうなるはず」「こうなるべき」といった思い込みのバイアスをなるべく取り払って未来を探ることが大切だ。不断のその取り組みこそが、ビジョンを支える羅針盤となる。

参考文献
1)日経BP 総合研究所 未来ビジネス調査チーム、『未来調査2026 全産業編』、日経BP、2021年11月.
高橋史忠(たかはし・ふみただ)
日経BP 総合研究所 未来ラボ所長
筑波大学大学院理工学研究科修了後、日経BP入社。「日経エレクトロニクス」記者、シリコンバレー支局特派員、日本経済新聞社産業部記者、「日経テクノロジーオンライン」(現「日経クロステック」)副編集長などを経て2018年4月より現職。『未来調査2026 全産業編』『日本の未来2021-2030 都市再生/地方創生編』『医療・健康ビジネスの未来2021-2030』『超万物開闢図譜』『エンターテインメント・ビジネスの未来2020-2029』など、多数の企業向けレポートを企画・編集。

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未来調査2026 全産業編

本レポートは、経営者/マネジメント層、延べ1.6万人超の独自調査を基に、脱炭素、ESG、DX、ウェルビーイングなど50以上のテーマ、30の注目テクノロジーなどの未来像を、250を超える豊富なビジュアルデータを組み合わせて、立体的に提示します。様々な業界における事業戦略の立案や新規事業・商品企画の推進で必要となる未来のエビデンス(客観的な裏付け)を集めた未来調査の決定版です。
著者:日経BP 総合研究所 未来ビジネス調査チーム
A4判、316ページ、2021年11月12日発行

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