個別の病気の予防克服を目指す医療から、老化そのものをコントロールする「老化制御」へと医科学研究が大きくシフトしてきた。すでに、老化細胞の除去などコントロール手法も発見されてきている。社会と産業を大きく変える「老化制御」に、今こそ注目しておきたい。

 老化のない人間社会を想像してみたことがあるだろうか。もちろん、寿命のない社会という意味ではなく、人々が老いによる体力の低下や、老いに伴う疾患を発症せずに、〝ぴんぴんコロリ“と寿命の日まで活動をして死する社会だ。医療、介護、税金、社会保障、生涯の働き方、住宅の在り方、生命保険の在り方など、老化がないとすると、一切が大きく変わってしまう。

 夢のような話と思うかもしれない。しかし、老化を完全になくすことはできなくても、老化の影響を人生から排除していくための「老化制御」研究が着々と進んでいる。

老化制御が必要なわけ、老化制御が変える産業
アンチエイジング・老化制御は、寿命と健康寿命のギャップを埋める取り組みと位置付けられている。老化そのものを遅らせることで老化関連疾患を減らすことができるため、医療費・介護費の抑 制につながる。また、寿命の時点まで若いときと同等の充実した人生を送ることができる。抗加齢薬なども研究されているが、老化度の適切な指標を確立したうえで、食事、運動、睡眠などの改善な ど生活への介入が欠かせない。(出展:「抗加齢・老化制御 最新医療/ビジネス総覧」)

 ライフサイエンスの研究者たちが注目しているのが、ニシオンデンザメという400歳を超える可能性もあるサメや、ハダカデバネズミというネズミとしては30年という最長寿の動物の存在だ。これらの超長寿な動物は、長寿であるとともに、なかなか老化の兆候を見せないうちに、寿命を迎える。このことから、「老化」と「寿命」をいったん区別して、老化だけを制御しようという研究分野が生まれた。老化を必然的なものではなく、一種の病気のようなものと捉え、その原因を探り、適切な対応策を取り、老化しないで、活動的なまま生命を終えるようにしようという研究分野だ。広い意味で使われるアンチエイジングに対して、「老化制御」といわれることが多い。

早く老ける人、ゆっくり老ける人、ゾンビ細胞も影響

 そもそも、老化のスピードは、個々の人で異なる。最新の老化の研究によると、同じ年齢の人でも、1年に0.4歳しか年をとらないと換算される人もいれば、2年分以上年をとると換算される人もいる。では、このような差が出る理由は何か。

 1つ見えてきたのが、老化細胞=“ゾンビ細胞”の影響だ。本来、体の細胞は、活性酸素などの影響で遺伝子の傷が増えると、アポトーシスという現象で、組織から消滅するのだが、最近、一部の傷の多い細胞が「老化細胞」という名前で消滅せず残り、老化細胞がもたらす炎症と炎症の結果出る細胞を害する因子で、組織が一気に老けてしまう現象が見つかった。死に損ないの細胞が、周りの細胞に悪影響を与えるため、この老化細胞が“ゾンビ細胞”とも称せられているのだ。

 また、老化のスピードに関する遺伝の因子は20%~30%程度であり、食事、睡眠、喫煙、大気汚染影響、気温、紫外線など外的な影響が70%程度あり、これらの悪影響は遺伝子のメチル化という仕組み(エピジェネティックな変化)で、遺伝子に蓄積的に刻まれてゆき、年月を経たあとに、老化の早い人、遅い人の差分を見せつけていく、ということも分かってきた。

 これら2つの発見から見えてくる老化制御は、「老化細胞」のあるなしを早期に見つけて、老化細胞だけを取り去る治療をすることと、メチル化による遺伝子のエピジェネティックな変化を測定して、老化が早くなる可能性がある人を見つけて、老化しにくい生活に誘導することだ。幸いにも、従来からある薬が老化細胞除去に使える可能性があることや、老化細胞を除去するワクチンも研究され、老化制御として有力視されている。また、老化度が早いとアラートを鳴らされたならば、生活を見直す人も多いはずだ。

老化制御は新薬より幅広く病気を抑制する可能性も

 日本においては、寿命と健康寿命の差が女性で12年程度、男性で9年程度ある。年齢とともに、筋力・内臓の能力・脳の認知力などが下がり、自身で動いて移動したり、身の回りのことをしたりができなくなり、介護が必要になる、または年齢とともに増える心臓や腎臓の疾患などにより常時治療が必要になり、健康な長寿者から外れてしまう人がほとんどということになる。

 そこで課題になっているのが、健康寿命の延伸。これにも寄与するのが老化制御だ。実用段階に入れば、老化そのものを抑えることで、老化に伴う疾患も早めに抑え込むことができる。また、疾患対応の治療薬が、崩れた体の機能を調整する役割であるのに対して、体の機能を崩さないよう働きかけるので、1治療薬で1疾患に対応するのではなく、1つの老化制御により、複数の老化関連疾患を抑制できる可能性があるのだ。

 米国などではすでにこの領域のベンチャーやスタートアップへの研究費や、投資なども加速している。明らかに新しいビジネスとして認知されている。すでに超高齢社会である日本こそ、「老化制御」という新しい研究とビジネスに向き合う時が来ている。

<関連レポート>
抗加齢・老化制御 最新医療/ビジネス総覧

有識者らによる最先端の医療と、それに付随するビジネスをはじめ、老化を上流で制御する可能性がある“抗老化ビタミン”NMNや、抗老化薬などの新たな動き、がん細胞以上に注目すべき新たな老化細胞とその対策としての老化制御ワクチン、日本人の老化制御の切り札とされる腸内細菌などを詳述する。また、主要臓器、足、耳、幹細胞など、個別の老化制御手法を第一線の医師らが、解説する。
企画・編集:日経BP 総合研究所 メディカル・ヘルスラボ
A4判、240ページ、2021年12月17日発行

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