分業はイノベーションを阻害する。全体が見えにくくなりいろいろな問題が起きる。解決策として新製品・商品のロードマップがある。技術者や営業担当者などがチームを組んで描く。ロードマップを開示すれば顧客を巻き込める。チーム一丸となってイノベーションを推進できる。ロードマップの価値について『テクノロジー・ロードマップ2022-2031 全産業編』の監修者、出川通氏に寄稿いただいた。

 分業は当たり前の手法である。企画と設計は自社でこなし、生産は外部に委託する。ハードウエアはつくるもののソフトウエアは協力会社に開発してもらう。社内でも専門化・分業化が進む。大企業になると営業担当者は商品別に分けられる。技術者は機械、エレクトロニクス、材料、ソフトウエアといった分野ごとの専門家に分かれていく。

 一定の規模を確立した既存事業において分業は効率化の有力な手法になっている。だが、新しい価値を創出する「イノベーション」に取り組もうとしたとき、分業は最悪となる。手分けをして取り組むと全体が見えにくくなるからだ。

 何よりも問題なのは顧客が本当に欲しいものが何かをつかめなくなることだ。営業は特定の商品を、顧客でその商品を使う担当者に提案するばかりになり、顧客企業の全体のニーズを把握しにくい。技術者は営業が受注してきた案件をこなすことで手一杯になりがちだし、そもそも自分が開発を担当した製品やサービスを顧客が利用する現場に行ったことがない技術者は少なくない。

 こうした状態でイノベーションと呼べる新しい製品やサービスを開発しようとしても失敗する。機械、エレクトロニクス、材料、ソフトウエア、それぞれの専門家が参加するとして、全体が見えていなければうまく連携できない。

 しかも分業は何をするにも時間がかかる。新たなイノベーションを生み出そうとしたら設計と開発をほぼ同時に進め、試行錯誤を繰り返す必要があるが、開発の一部を外注していたら納品されるまで頭の中で考えているだけになる。かつて米国のベンチャー企業と2年ほど仕事をしたとき、彼らが装置の板金加工まで自分の手でやってしまうのを見てこれは速い、と感銘を受けた。10人程度の開発チームだったが彼らが数日でやってしまうことを日本企業が分業体制で取り組んだら100人くらいが関わり1カ月はかかったに違いない。

イノベーションの案は研究開発部門から出せる

 イノベーションを阻害する分業の問題を解決する策として製品・商品のロードマップをチームが自ら本気になって描くことを勧めたい。

 まず、研究開発部門の研究者が、自分の研究テーマが顧客にもたらす価値まで考え、「こんなことができる」と案を出す。今までにない、新しいことを生み出す種はやはりテクノロジーにあり、最初の案は将来技術の研究開発の担い手が出すべきだ。

 研究者は顧客を直接知らないかもしれない。それでも研究者の多くは独創的な“飛んだ発想”ができる。「遠慮なく思い切り考えて」と誘導すれば、いろいろな用途を出してくれる。

 次に技術者に営業やマーケティングの担当者を加えてチームをつくり「こうしたらもっとよいのでは」「そういえばあの顧客が言っていた困りごとをこれで解決できるかもしれない」といったように案を膨らませ改良していく。

 こうすることでいくつかのテクノロジーを基にした製品やサービスの案が複数出てくる。そして「新しいものを好む一部の顧客にはすぐ提供できるが、多くの顧客が受け入れるには追加の開発が必要で少し時間がかかる」といったように実現時期が分かれてくる。これはと思われる案を実現時期によって並べていくと製品・商品のロードマップになる。このロードマップを信頼できる顧客に見せ、意見をもらい、見直していく。

 製品・商品のロードマップを受けて、それらを実現するための技術のロードマップ、製品・商品が市場で生み出す価値(売上や利益)の予想を書いた事業のロードマップも描き、3つを統合する(技術と事業のロードマップは顧客には開示しない)。ロードマップをつくるにあたって、市場が求める解決策(製品・商品)から技術を見通した『テクノロジー・ロードマップ2022-2031 全産業編』が参考になる。

タイミングよく製品・商品を出せる

 ロードマップを描くことで顧客に「これだ」と言ってもらえる製品・商品をタイミングよく出していける可能性が高まる。ロードマップを共有した顧客が自社の事業計画にその情報を入れ、製品・商品の登場を待ってくれることもある。

 新しい製品・商品が市場に広がっていく過程を図示したキャズム理論をご存知の方は多いと思うが、イノベーター、アーリーアダプターからアーリーマジョリティーへと市場を広げていくには、それぞれの客層が求める時期に合わせて製品・商品を出していく必要がある。

 ロードマップを練り上げていくうちにイノベーションを進められる強いチームができていく。取り組む製品・商品、技術と事業といった全体をチームメンバーが頭に入れて取り組んでいける。自分たちで考えたロードマップだからやる気が出るし一体感が増す。当然、開発のスピードも速くなる。

 米アイデアラボのCEOであり投資家でもあるビル・グロス氏は2015年のTED講演で新規事業の成功に必要なことは5点あり、次の順に大事だと述べた。タイミング、チーム、アイデア、ビジネスモデル、ファンディング(資金調達)である。数多くのイノベーションにかかわったグロス氏は成功したスタートアップと失敗したスタートアップを比較し、この知見を見出したという。既存の企業がチームをつくってイノベーションに取り組むときにもこれら5点は大事である。

 最も重要なタイミング、次に大事なチームそしてアイデアについてはここまで説明したロードマップで対処できる。前述の通り、アイデアを膨らませ、顧客を見極めてタイミングよく新製品や新サービスを出す、それができる強いチームになる、こうしたことがロードマップによって可能になるからだ(ビジネスモデルはロードマップとは別に考えないといけない。ビジネスモデルがないと資金調達はできない)。

 経営への寄与も大きい。企業のパーパスやビジョンを新たにつくる動きがあるのは結構だが将来像へ向かう術を用意しないと絵に描いた餅で終わりかねない。統合されたロードマップがあってこそ、パーパスやビジョンが描く未来へ向かっていける。

参考文献
1)出川ほか、『 テクノロジー・ロードマップ2022-2031 全産業編』、日経BP、2021年11月.
2)出川、『増補改訂版 図解 実践ロードマップ入門(図解実践シリーズ)』、言視舎、2020年11月.
3)出川、『ロードマップの誤解をとく本』、言視舎、2019年12月.
出川 通(でがわ・とおる)
テクノ・インテグレーション 代表取締役社長
東北大学大学院修了、工学博士。大手メーカーで研究開発部門の企画や新規事業の開発を手掛けた後、独立。MOT(技術経営)やイノベーションのマネジメント手法を用いて開発・事業化のコンサルティングや研修を企業に提供。早稲田大学、東北大学、島根大学、大分大学、香川大学などの客員教授、複数ベンチャー企業の役員、経済産業省、文部科学省、農林水産省、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)、科学技術振興機構(JST)の各種評価委員を歴任。『テクノロジー・ロードマップ』シリーズ(日経BP)の創刊から現在まで監修・執筆者。『研究開発テーマの価値評価』ほか著書多数。

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テクノロジー・ロードマップ2022-2031 全産業編

『テクノロジー・ロードマップ全産業編』は、1700を超える技術系企業が戦略立案のツールとして活用している「技術予測」の決定版レポートです。2022年版では、今後の成長市場である「グリーンイノベーション」と「デジタルトランスフォーメーション(DX)」を新たな章立てとして加えました。そのほか、ウィズコロナの時代の中核技術となる「時空/意識の超越」、「モビリティー」、「医療」、「健康」、「ロボット」、「エレクトロニクス」、「金融」、「農業/食品工業」など全産業分野を対象に、イノベーションを起こす124テーマを選定し、今後10年の技術進化を予測しました。
著者:出川 通、他97名
A4判、610ページ、2021年11月30日発行

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