ビジネスモデルの転換が加速するツーリズム。市場消失の苦境の中で、産業のあり方を問い直し、来るべき復興に向けて準備する取り組みが本格化する。カギは、DX(デジタルトランスフォーメーション)。IT(情報技術)活用を軸にあらゆる産業と結びつき、周辺ビジネスの裾野を広げていく。これから10年のツーリズムビジネスについて分析したレポート『ツーリズムの未来2022-2031』の監修・著者であるEYストラテジー・アンド・コンサルティングの平林知高氏に寄稿いただいた。

 COVID-19(新型コロナウイルス感染症)のパンデミック(世界的大流行)は、ツーリズム(旅行・観光)関連産業におけるビジネスモデルの転換を加速させた。新しいビジネスモデルのカギは、IT(情報技術)の積極的な活用である。いわゆるDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みによって、ツーリズムのあり方は大きく変容していく1)

 人の移動を前提としたツーリズムは、パンデミックによって甚大な影響を受けている。国境をまたぐ移動は、感染防止の水際対策で世界的に大きく制限された。観光立国をうたい、2030年に訪日外客数6000万人、インバウンド消費額15兆円の目標達成を掲げて順調に推移してきた日本でも、2020年と2021年はマーケット自体が消失した格好だ。

 マイナスの影響の一方で、パンデミックは「ツーリズムとは何か」を問い直すきっかけともなっている。コロナ禍前のツーリズムは世界全体のGDP(国内総生産)の約10%を占める巨大産業。それに比べると、日本におけるGDPへの寄与度はまだ低い。大きな伸びしろを秘めた産業のかたちを改めて捉え直すことは、ツーリズム自体の可能性を広げると同時に、様々な周辺ビジネスを支える基盤の構築につながる。来るべき観光需要の復活を見据え、観光庁をはじめとする公的機関では各地域の魅力向上や体力強化に向けた様々な施策が展開されている。

ツーリズムDXで構築する地域産業データベース

 ツーリズム産業の主流は、宿泊や小売り、飲食といった中小・零細のサービス提供者とツーリストの相対取引を前提としたビジネスモデルである。それが故にデジタルチャネルを活用したサービス提供は、ほかの産業に比べて遅れていた。COVID-19のパンデミックは、そこにDX化の必要性を否応なしに突きつけている。コロナ禍において既に「バーチャルツアー」のようなデジタル活用は進みつつあり、今後はビジネスモデルを変革(トランスフォーム)するDXの本質的な取り組みが進展していく。

 その際に重要なポイントは、デジタルチャネルから取得できるデータの活用だ。もちろん、実現に向けた課題は多い。宿泊施設であれば施設管理システム(PMS)をはじめとするデジタルツールの導入が一定程度進んでいるものの、中小・零細事業者が多い観光地の飲食店や小売店では売り上げデータのデジタル化にすら至っていないケースが少なくない。

 この状況を解決する1つの方向性は、観光地全体を1つの組織と捉え、デジタルデータで経営環境を把握する「観光地経営」に踏み出すことだ。具体的には、自治体やDMO(観光地域づくり法人)などが中心となって個別事業者が利用できる共通のIT基盤を整備し、地域でデジタル化の取り組みを徹底。そこで取得されたデジタルデータを観光地として集約することで、地域レベルで観光客の行動や消費を可視化する。その中から経営に資する指標を個別事業者に還元していく。

 こうした環境整備によって、観光地としては地域経営に必要な観光客の実態を把握でき、観光客誘致のためのデータドリブンなマーケティングにつなげられる。個別事業者にとっては、従来の「アナログ指標や勘」による経営をデータで裏付けることができる。デジタル化やデータ活用の意義に関する認識が広がれば、ビジネス変革への道が拓かれるだろう。

 ツーリズムは、今やあらゆる産業との垣根がなくなりつつある。他の地域や業界と差異化するために、多くの産業がツーリズムとの関係構築を本格化しているからだ。農林水産の一次産業に始まり、製造から金融まで、ツーリズムと結び付く周辺産業の裾野は広がる一方である。このことは、観光地経営の取り組みが地域の産業を網羅する巨大なデータベースの整備につながる可能性を示している。ツーリズムに特化したデータを単に集めるだけではなく、産業横断の多種多様な商品やサービスに関連するデータを蓄積することになるからだ。この取り組みによって、これまでの定期的な統計調査では捕捉しきれない、急速に変化する環境もタイムリーに把握できるようになる。ツーリズム産業や観光地経営の高度化はもちろん、多くの周辺産業のイノベーションにつながる資源となる。地域の可視化がツーリズムを媒介として加速度的に進めば、この取り組みに乗り遅れる企業や地域は淘汰されていく可能性が高い。

「異」の理解を通じたコンフリクトのない世界へ

 ツーリズムは今後、人材教育でも大きな役割を果たすことになる。余暇や出張だけではなく、自分を磨き上げるためのツールとして深化していく。ツーリズムの本質は、互いの「異」を認め、理解し合うことにあるからだ。

 多様なバックグラウンドを持つグローバル人材を率いる高度な経営を実践するために、バリアフリーな経営環境を構築することが求められている。「異」への接触を半ば強制的に実現するツーリズムは、ダイバーシティー(多様性)の高い環境を実体験できる強力なツールだ。この特徴をベースにした人材育成プログラムを社員のキャリア形成の初期から導入する企業は、これから増えていくだろう。学校の初等・中等教育でも、ツーリズムを通じて様々な「異」に触れたり、ベースとなる考え方を学んだりするカリキュラムは今後再び見直されることになる。

 もちろん、日本から海外だけではなく、日本の「異」を体験できる人材教育のインバウンド需要にも大きなチャンスがある。例えば、経営人材の育成において「禅」や「わび・さび」といった日本古来の精神性・美意識に対する世界的な関心は高い。そうした特徴をうまく打ち出せれば、日本の魅力はこれまで以上に高まるだろう。互いの「異」を認め合う相互理解は、世界の各地で顕在化する国家間のコンフリクト(対立・摩擦)、個人のハラスメントやいじめの問題を解決していく大きなカギでもある。ツーリズムは、様々な「異」を理解し合う取り組みの礎として存在感を高めていくことになるだろう。

参考文献
1)平林ほか、『ツーリズムの未来2022-2031』、日経BP、2021年12月.
平林知高(ひらばやし・ともたか)
EYストラテジー・アンド・コンサルティング ストラテジックインパクト Data Driven Re-Design Strategy Teamリーダー
政府系金融機関、大手会計系コンサルティングファームを経て、現職。データドリブン戦略、プラットフォームビジネスを専門領域とし、地方創生DXを掲げ、自らもサービス・ソリューションを提供し、地域のDXを支援。近年はツーリズム領域において富裕層誘致戦略、DX戦略、データ利活用型観光振興モデルなどの政策立案を支援。著書に『ツーリズムの未来2022-2031』(日経BP)。

<関連レポート>
ツーリズムの未来2022-2031

本レポートは、世界と日本のツーリズム市場の現状を分析、COVID-19が市場にもたらしたものを明らかにします。そして、旅行中だけでなく「タビマエ」「タビアト」まで含めた「旅行概念の多様化」、XR(拡張現実)、IoTといった「デジタル技術の取り込み」、MaaSやパーソナルモビリティといった「移動手段の多様化」など、ポストコロナ時代の新たな潮流と産業の未来像を描き出します。
監修・著者:平林知高(EYストラテジー・アンド・コンサルティング)
著者(代表):山田悠生(EYストラテジー・アンド・コンサルティング)
A4判、272ページ、2021年12月24日発行

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