これからの10年、自動車産業の姿は様変わりする。完成車メーカーが頂点に君臨し、その下に一次部品メーカー(Tier1)、二次部品メーカー(Tier2)が連なる従来の生態系は変貌を迫られる。

 その原動力となるのは「CASE(Connected、Auto-nomous、Share & Service、Electric)」と呼ばれる、技術やビジネスモデルの変化である。CASEというと、電動化に遅れているかどうかとか、自動運転技術のレベル3でどこが一番乗りするか、といった車両自体の技術について語られることが多い。もちろんそうしたクルマの変貌は起こるが、真に注目すべきなのは、CASEの進展によって既存の自動車産業が今後、解体と再構築を迫られるということだ。

鴻海がEV製造に参入

 そうした変化を先取りするニュースが1年前、2020年11月に伝えられた。世界最大のEMS(Electronics Manufacturing Service)企業、台湾の鴻海精密工業が2020年10月にEV(電気自動車)向けプラットフォーム「MIH」を発表したことだ。米アップルのiPhoneの製造などを手がける同社が自動車分野に興味を示していることは、かねてより伝えられていたが現実になってきた。

 さらに鴻海は2021年1月、中国のEVベンチャーであるBytonと戦略提携することで合意したと発表した。これに先立って2020年1月には、欧米フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)と中国でEVを生産する合弁会社を設立することを発表済みである。

 EVのプラットフォームを量産するには莫大な設備投資とバッテリーや半導体などの調達力が必要だ。Bytonは経営難に陥っており、FCAはEVの技術開発で立ち遅れつつあった。BytonやFCAが鴻海のEVプラットフォームを採用するのかどうかは定かではないが、開発力や資金力に劣る完成車メーカーが今後、鴻海のような技術力・資金力に優れた新規参入者の力を借りる場面は多くなるだろう。EV用のモーターやインバーターの製造・販売を手がける日本電産も2025年にEVプラットフォームに参入すると表明している。

完成車メーカー、部品メーカー、新プレイヤーが覇を競う

 新規参入の動きを既存の自動車産業が黙ってみているわけではない。トヨタ自動車はEVプラットフォームの「e-TNGA」をスズキ、ダイハツ工業、スバルといったグループ企業を巻き込んで開発する。ドイツのフォルクスワーゲンはEVプラットフォーム「MEB」を米フォード・モーターに供給することを表明している。世界最大の部品メーカー、ドイツ・ボッシュは自動車金属加工部品大手のドイツ・ベントラーと組み、EVプラットフォームの共同開発を進める。

 つまり、エンジン車からEVへという大変革期をとらえ、新規参入企業、完成車メーカー、部品メーカーが三つ巴になって、EVプラットフォームの供給という新しいビジネスで覇を競い始めている。

 多くの企業へプラットフォームを供給することに成功した企業は、量産効果によってコスト競争力を強め、さらなる寡占化を進めるようになる。そうなると、生産規模の小さい完成車メーカーの中には、競争力を失って製造の部分を他社に任せるところも出てくるだろう。こうして、完成車メーカーは「解体」され、企画・開発に専念することを余儀なくされる。

 逆にEVプラットフォームがオープンに供給されることは、移動サービスに参入しようとする新規参入企業にとって大きなチャンスになる。車両の製造設備をもたなくても“自社仕様”の車両を製造できるようになるからだ。既にライドシェア大手の中国DiDiは中国BYD社と共同で、専用仕様のEVを共同開発したと発表した。

 しかも完成車メーカーの「解体」は、これから自動車産業が直面する変化の一部に過ぎない。今後、自動運転タクシーなど次世代の移動サービスの普及が進めば、自動車産業はサービス化の波に本格的に洗われる。

 完成車メーカーの層の上に移動サービスを提供する企業が生まれ、その上には移動サービス企業向けにエンタテインメントや広告を提供する企業の層が載り、さらにその上には移動サービスのアグリゲーターの層が出現する。アグリゲーターは鉄道やバス、航空機といった公共交通機関からレンタル自転車や電動スクーターに至る多くの移動手段を統合して提供する。

 「クルマを造って、売る」というシンプルな構造だった自動車産業は、現在のIT産業にも類似した多くの層(レイヤー)で構成される産業に変貌することになる。

 もちろん、こうした変化は一朝一夕には起こらない。しかし、2025年ごろにはEVプラットフォームを供給する企業同士の覇権争いが本格化し、2030年ごろには自動運転技術の高度化によって、ドライバーのいない移動サービスの利用が世界の様々な地域で一般化する。2040年頃までには、上記のような様々なレイヤーによって構成される新しい自動車産業の姿が明らかになるだろう。

鶴原 吉郎(つるはら・よしろう)
オートインサイト代表 技術ジャーナリスト・編集者 日経BP総研 客員研究員
日経マグロウヒル社(現・日経BP)に入社後、新素材技術誌、機械技術誌を経て、2004年に日本で初めての自動車エンジニア向け専門誌「日経Automotive Technology」の創刊に携わる。2004年の同誌創刊と同時に編集長に就任。2014年に独立、自動車技術・産業に関するコンテンツの編集・制作を専門とするオートインサイト株式会社を設立、代表に就任。著書は『自動運転─ライフスタイルから電気自動車まで、すべてを変える破壊的イノベーション』(共著、日経BP)、『EVと自動運転―クルマをどう変えるか』(岩波新書)、『自動運転で伸びる業界 消える業界』(マイナビ出版)など多数。

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著者:出川 通、他46名
A4判、334ページ、2020年11月27日発行

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