新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大への対応に日本社会は追われ続けてきた。ワクチン接種は進んできたがこれで終息するかどうか定かではない。

 だが、確かにコロナ禍は終わっていないものの、医療全体にとってCOVID-19対応だけが課題とは言えない。COVID-19から影響を受けながらも、日本の医療システムは意図の有無を問わず、「デジタル化」と「制度再設計」の2点で変化しつつある。

 これらの変化は、社会全体で起こっているデジタル化の影響と、医療分野の置かれた環境によって引き起こされる。2030年に向けて、これまでになく大きく変化するだろう。

デジタル化で見えてくる「予防」医療

 先進諸国の中で遅れていた企業を含む日本社会のデジタル化が、COVID-19への対応を通じて、大きく進展しつつある。リモート勤務が拡大し、そのために多くの業務とプロセスがオンラインで処理されるように再設計された。企業や個人はそのためのツールや機器を整備し、利用スキルについても飛躍的に向上した。個人もZoomのようなオンラインビデオシステムによって里帰りや飲み会をすることが珍しくなくなった。

 医療分野においても例外ではなく、遅々として進まなかったオンライン診療が様々な特例措置の中、事実上ほとんど制限のない状態で解禁された。この先のオンライン診療の永続化については議論中だが、大幅な後戻りは難しいであろう。コロナ禍の中、医療機関に行くことを不安に感じる多くの生活者がオンライン診療を経験し、特に慢性疾患の定期受診と定期処方に関してオンラインとの親和性が特に高いことを実感した。

 また、政府のデジタル化にはじまり、社会全体のデジタル化が大きく進むと見られ、これまで普及とは程遠かったマイナンバーカードの状況に変化の兆しが出てきた。コロナ禍の中で決まった給付金の支給過程でマイナンバーカードを新規取得する人が増えた。

 すでにマイナンバーカードは保険証としての活用が始まっており、今後、保有メリットが増える。税制やポイント制度などを通じた保有インセンティブが創設される可能性もあり、ここ数年でマイナンバーカードの保有率は上昇し続けると思われる。

 マイナンバーカードは国民のIDとして機能し、医療におけるデータ活用の範囲は拡大し、活用の質についても向上するだろう。かかりつけ医と病院との連携は、現在の「紹介状」の形から、統一のIDであるマイナンバーを軸に、オンラインによるデータ連携へと変わり、医療機関から調剤薬局へ処方箋がオンラインで共有されるようになる。数日前に別の医療機関で実施した血液検査結果を参照することで、無駄な検査が避けられる可能性も出てくる。

 こうしたデータ基盤が充実してくると、それらのデータに意味を持たせて、生活者(患者)に価値あるサービスを提供する事業者が増えるだろう。電子商取引サイトの購入履歴を見るように、自分の医療にかかわるデータを簡単に確認できるようになる。

 オンライン診療が継続し、データ基盤が整い、大量のデータが継続して把握されることで、データを単に共有する段階から、分析し、新たな知見へとつなげる段階に向かうはずだ。その結果、予測や予防の精度が高まり、医療は対処療法から予防へと軸足をシフトするだろう。

国民皆保険制度を持続のために再設計

 もう一つの大きな変化はすでに進められてきた医療制度再設計の本格化である。COVID-19対応で未曾有の財政出動が容認されたが、ひとたびコロナ禍が落ち着けば、東日本大震災の後にそうであったように、財政立て直しのための方策が模索される。この時、現状のままでは継続の難しい国民皆保険制度に矛先が向かうことは間違いない。

 コロナ禍における「病床不足」の印象がどこまで影響するかはさておき、高齢者人口も減少に転じる2040年に向けて、いずれ不要になる医療インフラをこのまま構築・維持するわけにはいかない。

 かかりつけ医を中心としたプライマリケア・シフトを進め、病院は機能別に整理し、無駄の少ない医療システムとして再構築することになる。デジタル化も含め、適切なコストパフォーマンスの視点を取り入れつつ、診療報酬制度を通じて医療を大きく変化させていくだろう。

 以上の2点、デジタル化と制度再設計によって、結果的に巨大なIT需要が生まれる。巨大産業である医療分野が大きく変わる中、その変化をチャンスとして拡大するプレイヤーと、守りつつも縮小するプレイヤーとに分かれることだろう。コロナ禍において、そうであったように。

鶴谷 武親(つるたに・たけちか)
早稲田大学ビジネススクール客員教授 K.I.T.虎ノ門大学院客員教授 日経BP総研 客員研究員
セコムにてグループ事業戦略などを担当。その後、デジタルハリウッド、アイ・エム・ジェイ、デジタルスケープをはじめ、数多くのスタートアップの創業に携わる。総合電機メーカー、総合商社、通信キャリアなど、多くの企業の事業アドバイザー・社外取締役のほか、医療法人社団理事、政府委員会委員、非営利団体理事などを歴任。早稲田大学では社会人教育をはじめ、博士人材の育成、起業家育成等を担当。早稲田大学EDGEプログラムアドバイザーを務め、大学発ベンチャーの育成にも力を入れる。

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A4判、260ページ、2020年11月25日発行

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