日経BP総研は2019年1月から『100のブルーオーシャン』と呼ぶリサーチ活動を進めてきた。80人の研究員が今後新たに生まれる市場や伸びる分野を探し、2030年の市場規模を推定、攻略のポイントをまとめた。
イノベーションは5つの構造変化によって生み出される。ビジネスリーダー(B)とテクノロジーリーダー(T)の対話形式を通じて構造変化を解説する。前編では変化に気付くこと、変化を捉えること、そして来たる変化のトレンドについて概括する。

B 「企業にとって喫緊の課題を一つだけ挙げたら何になるだろうか」

T 「やはりイノベーションでしょう。これだけテクノロジーが発達してきたわけでそれらをどう使って新しい何かを生み出せるか。多くの企業が取り組んでいます」

B 「イノベーションは市場にあって市場に集中し市場を震源としなければならない」 

T 「格言か何かですか」

B 「社会生態学者ピーター・ドラッカーが遺した言葉だ。イノベーションは市場、すなわち顧客に注目しなければ生まれない。顧客に新たな体験をもたらすことがまさにイノベーション。技術革新と訳したのは間違いだね」

T 「テクノロジー抜きのイノベーションもあるでしょうが…」

B 「テクノロジーを軽視するつもりはないが、顧客そして市場の期待や課題にどう応えていくか、そこを考えることが先だろう。ドラッカーは『イノベーションと企業家精神』(上田惇生訳、ダイヤモンド社)の中でイノベーションのための7つの機会を挙げている。新たなテクノロジーの利用は『新しい知識を活用する』に入ると思うがこれは最後の7番目の機会でしかもドラッカーは難しいと指摘している」

T 「確かに研究開発をして新しいテクノロジーを生み出し、それを使った製品やサービスを用意し、市場に出すまでに相応の時間がかかることがあります。しかも市場に出したからと言って受け入れられるとは限りません。イノベーションの震源地をどう見つけたらよいのでしょう」

B 「ドラッカーは7つの機会の中で変化に気付くことが大事だと繰り返し述べている。『産業構造の変化を知る』『人口構造の変化に着目する』『認識の変化をとらえる』といった具合だ。大きな変化があるとイノベーションが起き、新たな市場が生まれる可能性が高まる」

T 「日本で言えば少子高齢化社会に向けて様々な課題がありますが見方を変えればチャンスがある」

B 「注目すべき構造変化として『有形資産から無形資産へ』というものがある。2017年10月に出た伊藤レポート2.0が指摘していた。インターネット上で経済産業省が公開している」

T 「すぐ出てきました。正式名称は『持続的成長に向けた長期投資(ESG・無形資産投資)研究会報告書』というのですね」

B 「研究会の座長を一橋大学大学院商学研究科の教授などを歴任した伊藤邦雄氏が務めたからそう呼ばれている。そのレポートに有形資産から無形資産、という変化を示すショッキングなデータが載っている」

T 「これですね。米国S&P500(米国に上場する主要500銘柄の株価指数)に入っている企業の市場価値を見ると、無形資産が占める割合が年々高くなっている」

B 「2015年には87パーセントが無形資産。今は9割近いのではないか。驚くべきことだ」

T 「レポートは『企業がイノベーションを生み出し、企業価値を高めるために、施設や設備等の有形資産の量を増やすことよりも、経営人材も含む人的資本や技術や知的財産等の知的資本、ブランドといった無形資産を確保し、それらに投資を行うことが重要になってきている』と総括しています」

B 「日本の無形資産投資比率は欧米より低い。見方を変えれば人そのもの、知的財産、ブランドへの投資がこれからもっと増えるはずで、そこにイノベーションの機会がある。新たな市場を考えるカギは人間そのものへの投資だ」

T 「ちょっと考えただけでも、誕生から健康の維持、医療、予防、教育、生活、介護、終活に至るまで、様々な課題と要望がありますね。再生医療、アンチエイジング、睡眠対策、健康サプリメント、ネットワークを使った健康管理。設備や場所など有形資産への投資も相当ありそうですが」

B 「ヘルスケアとその周りにはブルーオーシャンが色々ありそうだ」

T 「元々いる企業に加え、新規参入組が続々と名乗りを上げていますから競争過多のレッドオーシャンではないですか」

B 「『ブルー・オーシャン戦略 競争のない世界を創造する』(W・チャン・キム、レネ・モボルニュ著、有賀 裕子、ダイヤモンド社)によれば、顧客が望んでいたのにまだ提供されていない価値に気付いてそれを届けられればブルーオーシャンを開拓したことになる。著者は『(ブルーオーシャンの)大多数はレッドオーシャンの延長として既存の産業を拡張することによって生み出される』と述べている」

T 「従来の製品だけでは提供できなかった、新たな価値を見つけようとするなら、今までよく見えていなかった無形資産の中を探したほうがいいわけですね」

B 「人のデータ、いわゆる個人情報も無形資産だろう」

T 「人の一生のデータを丸ごと保存するライフログという考え方があります。個人情報活用はIT(インフォメーションテクノロジー)利用で最も期待されている応用分野の一つです。ただし細心の注意を払って取り組まないといけません。利用とセキュリティ、双方で市場が広がっていくでしょう」

B 「さっき生まれてから亡くなるまでの活動を列挙していたが、働く、ということが抜けていた。仕事のやり方を変え、どうやって時短をしていくか。オフィスのような有形資産もあるが、働き方改革支援サービスなど無形資産投資のほうがはるかに大きくなる」

T 「採用や人材配置、評価などを支援するHRテック(テクノロジーを活用した人事領域の業務改革を示す造語)が期待されています」

B 「在宅勤務、いやテレワークというのか、あれはどうなるだろう」

T 「10年もすればテレワークは死語になるのではないですか。どこで働くか、関係なくなるでしょうし。通勤は激減する。家や地元で働く人が増えるので。地域や地方のコミュニティが復権し、家事や育児への男性参加が進みます。こうした中、どう仕事をしていくか、セルフマネジメントが重要になるはず。このあたりも構造変化でしょうね」

B 「地方にいても大都市や海外の案件を担当することもあるわけで、あらゆる場所にいる人が協力して仕事ができるようにしなければならない。コミュニケーションに関するサービスがもっと色々出てくる」