T 「有限資源の効率的利用といったあたりでテクノロジーはまだまだ役割が果たせます。先ほど時間がかかるという話になりました。確かに蒸気機関が生まれ、鉄道ができ、社会が変わるまで長い時間を費やしました。しかし、普及にかかる時間はどんどん短くなってきています。ざっと言うと、テレビは30年、インターネットは20年、スマートフォンは10年、キャッシュレス決済は5年ほどで世界を変えた、と言えるでしょう」
B 「昔であったら考えられない高性能のテクノロジーを個人の判断で手に入れ、利用できる。だから普及が速いのだろうね」
T 「さらに言うと、今のテクノロジーは過去の人が見たら魔法としか思えない水準に入ったのではないでしょうか。数十年前のSF(サイエンスフィクション)で描写されていた、テレパシー(言語や身振り抜きで人の気持や考えが遠隔地にいる他の人に伝わる超常現象)とか、サイコキネシス(科学的に証明されていない超能力の一種)、テレポーテーション(念力によって物体などを移動させること)とか、予知とか、これらに近いことを実現できます」
B 「一瞬にして移動するのはさすがに無理だろう」
T 「テレイグジスタンスというテクノロジーがあります。地球の裏側にあるロボットを介して自分のやりたいことをしたり、ロボットではなくクルマや機器を動かしたりできます。もちろん人間そのものが地球の裏側に一瞬で飛んでいけるわけではないですが、あたかもそこにいるように振舞えます」
B 「分身ロボットOriHimeと話をしたことがあった。ロボットから離れたところにいる、体が不自由な方が操作して、ロボットを通してご自分の意志を伝えられる。多くの人がもっと社会参画できるようにさせたい、と開発者の方が話していた」
T 「テクノロジーが使いやすくなったことも市場を生み出す構造変化の一つではないでしょうか。これからネットワークがより高速になる5Gの時代に入りますし。もちろん、顧客や社会のニーズを汲み取らないといけないわけですが」
B 「無形資産、オープン、有限資源、と並べた場合、テクノロジーは何から何へ、と言えるのかな」
T 「オープンへ、はテクノロジーにおいてもそうなのですが。集中から分散へ。散々言われましたね。ユビキタス(遍在)と言ったこともあった。コンシューマーゼーションとか。あるいは重から軽へ、鈍から敏へ…。鉄道は駅に行くことで利用できた。今のテクノロジーはどこにいてもすぐ使える。いつでもどこでも。このフレーズも何度も使われてきましたね」
B 「言わんとするところは分かった。一つの構造変化だけで市場ができるのではなく、色々な変化が重なってさらに変化が起きたり、ブルーオーシャンが生まれたりする。ここまで出てきた話を振り返ってみると、ドラッカーが指摘した『認識の変化』がやはり大きいね。SDGs(持続可能な開発目標)としてまとめられた17の目標を見ると、世のため人のため、というか、幸せとか安全とか、そういうことがないがしろにされているなら、いくら経済成長しても意味がない、という反省が込められている」
T 「テクノロジー側の反省でもあります。便利になった反面、色々な副作用をテクノロジーがもたらしたのは事実ですし」
B 「自分を超えた何かへ貢献したいという気持ちが高まっていることもある。SDGsとか社会起業家とか、さっき話に出した分身ロボットとか、まさに自己超越へ向かっていく取り組みじゃないかな」
T 「自己超越という言葉があるのですか」
B 「米国の心理学者アブラハム・マズローは欲求5段階説を唱えた。人間の欲求は生きるために食べるとか寝るとか、そういうところから始まり、安全、社会的、自尊心、自己実現といったようにより高い段階を求めていく。これが彼の主張だったが自己実現の次に自己超越があると書き残して亡くなった」
T 「なるほど。ただ、幸せといった場合、もっと多様でしょう。健康であることは幸せですが現代人は健康に気をつかい過ぎなくらいつかっています。高血圧に対処する降圧剤の市場は一時拡大したそうです。糖質カット炊飯器とか、その手の製品は沢山出てきています」
B 「健康、綺麗、匂い、といったことへのこだわりはまさに認識の変化だけれど、中にはかえってコストを増やしたり、社会の負担になったりする場合があるが、市場としては市場だ。そういうことを含め、ただ生きているだけではなく、QoL(クオリティ・オブ・ライフ)を求めていくという大きな変化がある」
T 「5つの構造変化に理由はあるのでしょうか」
B 「それはあるよ。さっき言った通り5つはそれぞれ絡み合っている。ものがあふれ、生活が豊かになった国においては視野を広げるようになる。目に入ってくる環境保護や食料の無駄を無くそうと世界全体のことを考える」
T 「ものを買うことに興味を持てずシェアで済ます一方、QoLを高めるために趣味の体験については高いお金を惜しまない。メーカーはもので差別化できなくなり、サービスやそれを担う人材の質で勝負しようとして無形資産投資を増やす」
B 「ブルーオーシャンへ行こうとすると5つの構造変化の上に新たな何かを築いていくことになる。イノベーションのプロジェクトでも、日常業務においても、5つはどうなっているのか、と考えてみると色々なことが見えてくるはずだ」