答えを与えられ、疑問を持たずに育った学生は、いざ自分で何かをしようと思っても何から手をつければいいか分からない。いつから日本の学生は自ら考えることをしなくなったのか。今の学生は、素直で非常に優秀だ。面白いと思えることをどうやって形にすればいいのかが分かれば、堰を切ったように動き出す。文部科学省が主催する、大学生や高専生、高校生などを対象にした自主研究の祭典「サイエンス・インカレ」は、そうした学生の背中を押すイベントだ。サイエンス・インカレの企画会議に参加している特定非営利活動法人natural science理事の大草芳江氏にインタビューした。(聞き手は日経BP 総合研究所 クリーンテック ラボ 菊池珠夫)

写真1●natural science理事 大草芳江氏
(撮影:丸山英夫)

なぜnatural scienceを始めたのですか。

 「学生の時、世の中はブラックボックスだらけで、便利さと引き換えに、不思議だと思う心を失っている自分に気がつき、これでいいのかと悩みました。その最たる例が科学・技術で、携帯電話を例にとっても、別にシュレーディンガー方程式の解き方なんか知らなくとも、誰でもどこでも好きな時に好きな人と通信することができます。便利でありがたいことですが、科学・技術の成果を一方的に享受するだけで、何でも当たり前と思い、自分が知らないことを不思議なくらい、不思議に思わない自分に気が付きました。これでは何かを追求する気持ちは起きません。まして新しい価値を創り出すことはできません。創造性のかけらもない自分の将来を悲観し、かなり思い詰めましたが、周りに聞くと大なり小なりみな疑わずに受け入れていることが分かりました。この状況は自分一人のことではなく、複雑化・細分化する社会が陥りやすいことだと思うようになりました」

 「いずれ科学技術創造立国の根本が崩れ、立ち行かなくなるのではないか。同じ問題意識を持つ研究者や学生と一緒に、知的好奇心がもたらす心豊かな社会を作ろうと、修士課程1年生のときにnatural scienceを起業しました。活動は大きく2つです。1つは、ブラックボックス化した現代社会では実感する機会の少ない科学や技術の“プロセス”を子供から大人まで五感で体験できる『学都「仙台・宮城」サイエンス・デイ』の開催です。もう1つは、モノづくりを通して中長期で科学的思考力と創造力を養う『科学・技術講座』の開講です」

写真2●現代病のストレートネックを解消する「姿勢矯正メガネ」
(提供:natural science)

サイエンス・デイについて教えていただけますか。

 「科学や技術は自然や社会に根ざした思考で、自然や社会に関わる様々なものごとを生み出す方法論です。しかし社会が複雑化した今、科学や技術を思考や方法論として実感できずに、単なる知識と捉えがちです。そこで、科学・技術の成果だけでなく、そこに至る“プロセス”を実感できる場を作ろうと、サイエンス・デイを2007年に始めました。最初は事務所で開催し、研究の“プロセス”を追体験できる寸劇形式のサイエンスカフェを開きました。参加者は約40名でした。それから13年。研究や開発の“プロセス”体験の場を提供する大学や研究機関等は100以上に増え、来場者は約1万人に達しました。東北大学の協力を得て、川内北キャンパスを丸ごと会場にしています。来場者の大半は子供連れの家族です。最近は、専門機関に加え、宮城県内の中学校や高校からの出展も増えています。サイエンス・デイを目指して活動してくれている学校もあるようで、うれしい限りです」

もう1つの活動、科学・技術講座についても教えてください。

 「問題の本質は、知的好奇心や論理的思考力を養う機会の喪失と考えています。そこで、単に知識を暗記するのではなく、実感を伴って科学的因果関係を理解し、思考を積み上げる力を養い、アイデアを形にする術を身に付けることを目指した『科学・技術講座』を2008年に開講しました。開発したカリキュラムは現在約300コマで、対象は小学生から大学生、社会人までです。ハンダ付けから始めて、キット製品は用いず、一般に使われる部品や材料、プログラミング言語などを使って社会で通用する技術力を育成します。大学生主体で講座を開発することで大学生自身が成長し、その講座を小中高生が受講して成長するという“成長の連鎖”を狙っています」

 「講座の成果を発表するために、国際イノベーションコンテストなどの外部コンテストにも挑戦しています。国内予選を勝ち抜き、これまで6チームが世界大会に出場し、優勝もしています。例えば、2017年には情報時代の現代病と言われるストレートネックを予防する『姿勢矯正メガネ』(写真2)、2015年には茶道の所作を数値化して修正できる『どこでも茶道 ~工学と文化の融合~』(写真3)が優勝しました」

写真3●茶道の所作を定量的に評価する「どこでも茶道 ~工学と文化の融合~」
(提供:natural science)

協力を得ている東北大学から学生を鍛えてほしいと言われたそうですが、具体的にはどのようなことですか。

 「もちろん東北大学の学生は優秀です。でも、意欲はあっても、正解のない研究となると、言われたことを言われた通りにしかできない学生が増えています。それにもかかわらず報連相をしない、一度失敗すると立ち直れない、といった教員からの相談が増えています」

 「原因を探って分かったことは、他人から与えられ、管理される環境で生きてきた学生は、自分の意志で何かをやろうと思っても、どうすればいいのか、全く分からないのです」

 「我々も、主体的に何かを作った経験のない学生には、『自分が面白いと思う科学講座を作る』ことが難しいことだと気づいていました。そこで、本来であれば高校生までに経験しているはずの、『自分が面白いと思うアイデアを形にする』という育成フェーズを明示的にプログラムに入れました。ちょうどその頃、3Dプリンターや各種センサー等を個人でも手軽に利用できる環境が整い、やる気さえあれば『アイデアを形に』できる時代になったことが、この育成フェーズとマッチしました。歯車がかみ合い、学生も『自分が面白いと思うアイデアを形にするのであれば』と自分で手を動かすようになりました。その一例が『姿勢矯正メガネ』や『どこでも茶道』です」

最後に、サイエンス・インカレに期待することをお願いします。

 「答えや道筋を与えてもらう環境に慣れ、それを問題だと思わない学生が多いと感じます。これは根の深い問題です」

 「誰しも『自分がおもしろいと思うことを形にしたい』という気持ちを持っているはずです。心の声に耳を傾け、それを形にする力を身に付け、自分の力で足りなければ仲間を集めて、実際に形にできれば、人に伝えたくなるし、また形にしたくなる。自主研究の祭典であるサイエンス・インカレが、学生たちの知的好奇心が花開く場となると心から期待します」