「機械学習などAI(人工知能)技術を使って新たな事業をつくれないか」。経営陣からこう指示された人もいればら考えている人もいるだろう。「ヘルスケア(医療・健康)分野に進出できないか」。これもよく聞く言葉である。ヘルスケアは巨大市場であり、それまで参入していなかったとしても自社の技術や顧客基盤を生かせば新事業をつくれるかもしれない。

 AIとヘルスケアを組み合わせた新領域の一つに「デジタルメディスン」がある。医療・健康にデジタル技術を適用する取り組みの総称で、このうち疾患の改善や健康の向上に役立つソフトウエア(スマートフォンやタブレット端末のアプリなど)をデジタルセラピューティックスと呼ぶ場合もある。デジタルメディスンやデジタルセラピューティックスは医薬品のように臨床試験を行い、効果を示せれば当局から承認を得られ、保険の適用も受けられる。

 インド出身のマヤンク・シング氏が率いるインピュートは、AIを使ったデジタルメディスンを開発する日本のスタートアップ企業である。エレクトロニクスの研究者であったシング氏は、なぜデジタルメディスンに取り組むのか、2回にわたって掲載する。後編では、初めての起業における体制づくりや今後の展望について聞いた(前編はこちら)。

Team:知り合いと紹介を重視

 ハードウエア研究のかたわら、機械学習などAIに興味を持ち続けていたシング氏だが、AIソフトウエアを企画、開発する経験は起業するまで無かった。米テンプル大学でMBA(経営学修士)を取得、勤務先でマーケティングの仕事をしたことはあったが起業は初めてだ。

(撮影:加藤 康)

 現在は日本で6~7人、インドで10数人、合計20人ほどのチームで療育アプリを開発、改良している。責任をもって迅速に対処できるようにアプリの企画、設計、開発まですべてチーム内でこなし、外部企業に委託はしていない。

 もともとの知り合い、友人知人からの紹介、さらに「リンクトイン」などSNS(ソーシャルネットワーキングサービス)を使って少しずつ人を集めた。いきなり療育アプリを開発するのはハードルが高かったので、まず英語を自習するAIアプリを開発し、経験を積んだ。この段階では開発の一部を外部に委託していた。

 開発チームをつくると共に、ベンチャーキャピタルから資金を調達、経営陣の担い手を紹介してもらうなどして、ビジネスの体制を整えていった。ビジネス側のチームには、グローバルな臨床試験や特許・薬事申請、医薬品研究開発のプロが参加している。

 エレクトロニクス研究者であったシング氏はビジネスチームをどうつくったのか。共同創業者や最初に出資してくれた相手はいずれも家族の知り合いないし友人だった。彼らに「こういうことができる人を知らないか」と相談し、紹介してもらい、チームをつくっていった。役割を明確にして組みさえすれば、良い面も課題もよく知っている友人同士のほうがチームをつくりやすい。

Roadmap:日本/米国で新薬承認を目指す

 2021年3月以降、いよいよ臨床試験を行い、アプリの効果を確かめつつ、改善を繰り返していく。2024年にデジタルメディスンとして薬事申請し、新薬承認を目指す考えだ。

 並行して30人程度のパイロットスタディが終わる2021年にも、療育アプリとして一般発売することを検討している。

 直近の課題は、臨床試験を広げていくためにかかる資金の調達と薬事申請の方針決定である。後者についてはまず日本か米国かを検討する。日本の場合、薬事認定を受け、保険を適用できるようになれば利用が大きく広がる可能性がある。米国の場合、薬と認められると価格をもう少し上げて売ることがやりやすくなる。

 審査の速さも考慮すべき点だ。米国の場合、FDA(米食品医薬品局)の中にデジタルメディスンを審査する組織を設け、迅速化を図っている。日本でも同様の体制が敷かれる可能性もあり、そのあたりを勘案しつつ、どの国から広めていくかを検討する。

今後の計画案
療育アプリを販売しつつ臨床試験を重ねる(出所:インピュート)

 ASD療育アプリを広めつつ、さらに「ASD療育のエコシステムをつくっていきたい」とシング氏は構想を語る。ASDアプリの利用が増えれば増えるほど、AIが学習し、利用者の状態に合った療育を進められる。集まったデータを分析し、アプリを改善できる。さらにデータや分析結果を協力してくれる医療の専門家に役立ててもらう。脳波パターンの解析や遺伝子分析などと組み合わせることでまだ分かっていないASDの根本原因の解明につなげられるかもしれない。こうしたASD療育エコシステム全体をAIによって継続して発展させていくことができる。

 社名のインピュート(impute)はアップルが創業時につくったマーケティングフィロソフィーの3番目から採っている。インピュートは生産財などに価値を帰属させる、という意味を持つ。アップルの場合、製品そのものに加え、会社の姿勢から製品パッケージに至る、あらゆるところでアップルらしさを感じさせることをimputeと呼んでいる。ちなみにフィロソフィーの1番目は「共感」(顧客をよく理解する)、2番目は「フォーカス」(重要なことに集中する)である。ASDを持つ児童やその親に共感し、療育アプリに集中し、エコシステムまで広げていければまさに社名通りに価値を高めることになる

マヤンク・シング(Mayank Singh)
インピュート代表取締役2006年に文部科学省の奨学金を得て来日、群馬大学で工学博士号を取得。日本IBM東京基礎研究所や住友ベークライトでハイパフォーマンスコンピューティングの研究に従事。2017年、インピュートを創業。(撮影:加藤 康)

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