「日本の完成車メーカーは新しい動きに遅れている」。100年に一度の大変革期と言われる自動車産業で日本勢の生き残りを不安視する論評が目立つ。しかし、そうした中、電動車の開発などに向けた日本メーカーの「したたかな対策」が目立ちにくいところで既に始まっている。

 欧州委員会が2035年にエンジン車の販売禁止を打ち出し、米国でもバイデン政権が2030年までに乗用車と小型トラックの半分を「電動車」にする大統領令を発令した。電動車とは電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)、プラグインハイブリッド車(PHEV)の総称である。

 中国は既に2035年を目指し、新車の半分をEV、FCV、PHEVにする政策を発表している。残る半分も主にハイブリッド車(HEV)を想定しているとみられる。

 各国の政策に呼応するように欧州の完成車メーカーは相次いで積極的なEV戦略を打ち出している。米国でもGMが2035年までに新車販売をすべてEVにする方針を明らかにした。

 こうした中、日本は2035年に新車販売のすべてを電動車にする、という方針を表明しているものの、肝心の電動車の中身については明らかにしていない。量産HEVを世界で初めて商品化し、いまや登録車の4割以上をHEVが占める“電動化先進国”であったはずの日本が、いつの間にか周回遅れのような印象だ。目立つのは2040年までに世界の新車販売のすべてをEVとFCVにする方針を示したホンダくらいである。

 しかし、目をこらしてみれば、国内の完成車メーカーの生き残りをかけた、したたかな動きが見えてくる。筆頭は2021年9月に車載電池に関する戦略を発表したトヨタ自動車だろう。

 戦略発表の冒頭、トヨタは「我々の試算では3台のHEVによるCO2削減効果は1台のBEV(バッテリー式電動自動車)とほぼ同等」「現時点ではHEVの方が安価に提供できるので再生可能エネルギーがこれから普及していく地域ではHEVを活用した電動化もCO2削減に効果的」とHEVが現実解であると強調した。性急なEV化が日本の雇用に悪影響を与えると指摘してきたこれまでの主張と一致する。

 トヨタのしたたかさが現れるのは次のところだ。EVのバッテリーそのもののコストを30%以上低減するのに加え、1km走行あたりの消費電力(電費)を30%改善して必要な電池の搭載量を減らし、両者の組み合わせで2020年代の後半にEV1台当たりのバッテリーコストを半減させる。

 成功すれば、電池の搭載量を減らせ、資源の節約になるばかりでなく、車両の軽量化による商品力の向上にもつながる。「バッテリーコスト半減」という目標は欧州の完成車メーカーも掲げるが主に電池のコスト削減で対応しようとする欧州メーカーに比べてトヨタは商品力でも優位に立てる。

 モーターで駆動するEVはもともと熱効率が高く、電費を30%改善するのは至難の技だが、トヨタはころがり抵抗や空気抵抗、ブレーキの引きずりなどあらゆる部分の改善を進めるとしている。

 同様のしたたかな姿勢は車載電池の設備投資にも見える。トヨタは今後の電池の供給能力について「EVの普及が予想以上に早い場合にも対応できるように、現在検討している180GWhを超えて、200GWh以上の電池を準備することを想定している」と語った。

 電池の供給能力拡大だけなら新鮮味はないが、注目すべきは投資の中身である。発表内容を精査すると、トヨタの投資額は生産能力1GWhあたり50億円で、世界の大手車載電池メーカーの設備投資が1kWh当たり80億円程度なのに比べ、4割近く低い。しかもトヨタは1ライン当たりの生産能力を3GWh/年と小さいままで、設備投資コストの引き下げを目指す。

 需要の変動に柔軟に対応できるラインの構築がトヨタの狙いだ。巨大なラインを構築してEVの販売が思ったように伸びなければ、ラインの稼働率は下がり、投資コストだけがのしかかることになりかねない。

 EVのエネルギー効率をコツコツ向上させることも、バッテリー工場の“無駄取り”で設備投資を節約することも、まさにトヨタ流カイゼンの真骨頂である。

メーカー自らオンライン販売に乗り出す

 新たな萌芽は販売面でも見える。ホンダは2021年10月、新車オンラインストア「Honda ON(ホンダオン)」を開設した。ホンダはオンライン販売やシェアリングなどを手掛ける子会社「ホンダセールスオペレーションジャパン」を設立、自らオンライン販売に乗り出した。オンライン上で商談、見積り、査定から契約まで完結するサービスを提供するのは国内の完成車メーカーとしては初めてだ。

 オンライン販売については欧米の完成車メーカーも相次いで乗り出しているが、既存の販売店との摩擦を恐れ、まだ試験販売に近い取り組みが多い。そうした中で、既存の販売店のしがらみのない米テスラや中国のEVメーカーがオンラインを販売の主流に位置づけ、売り上げを伸ばしている。

 オンライン販売は販売店マージンが不要なため、このままの状態を放置すれば既存メーカーと新規参入メーカーの間で歴然としたコスト格差がついてしまいかねない。ホンダは販売店との関係を慎重に見定めながらも「ルビコン河」を渡った。

 このように日本の自動車産業は手を打っており確実な未来があると筆者は見る。むしろ遅れが目立つのは国の政策だ。クルマの国内生産を続けられるかどうかを左右する再生可能エネルギーの導入について、政府は2030年に国内の温室効果ガス46%削減という目標を掲げてはいるものの実現への道筋は見えない。国が破れては元も子もない。

追記:トヨタ自動車は2021年12月14日、EVの世界販売台数を2030年に350万台とする方針を発表した。

鶴原 吉郎(つるはら・よしろう)
オートインサイト代表 技術ジャーナリスト・編集者
日経マグロウヒル社(現・日経BP)に入社後、新素材技術誌、機械技術誌を経て、2004年に日本で初めての自動車エンジニア向け専門誌「日経AutomotiveTechnology」の創刊に携わる。2004年の同誌創刊と同時に編集長に就任。2014年に独立、自動車技術・産業に関するコンテンツの編集・制作を専門とするオートインサイト株式会社を設立、代表に就任。著書は『自動運転─ライフスタイルから電気自動車まで、すべてを変える破壊的イノベーション』(共著、日経BP)、『EVと自動運転─クルマをどう変えるか』 (岩波新書)、『自動運転で伸びる業界消える業界』(マイナビ出版)など多数。

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