多様な人材を活用する「ダイバーシティーマネジメント」に、積極的に取り組む各企業の担当者に話を聞くこのシリーズ。第2回は、東芝の「きらめきライフ&キャリア推進室」にうかがった。

東芝きらめきライフ&キャリア推進室室長の岩切貴乃さん(写真:厚川 千恵子、以下同)

 「東芝の創業は1875年。良くも悪くも歴史のある会社です」。こう切り出したのは、東芝の「きらめきライフ&キャリア推進室(以下「きら推」)」で室長を務める岩切貴乃さんだ。岩切さんは1983年に入社。総合研究所に所属し、分析業務に携わった後、海外PC事業部などを経て、2005年10月から現職に就いている。

 「新興企業では、社内での男女格差はそれほど見られないかもしれません。でも創業131年目を迎える東芝には、長年、男性が中心になって組織を築き上げてきた背景があります。そのため、女性が働きにくいと感じる部分があるのは事実です」。岩切さんは自社の現状を認めたうえで、「従業員一人ひとりが共に自分らしく、持てる力を十分に発揮する」ことのできる会社づくりを推進する活動に取り組んでいる。

 団塊の世代が定年退職を迎える2007年問題が間近に迫り、少子高齢化が進む現在、労働力の確保は企業にとって死活問題とも言える。また、CSR(企業の社会的責任)の観点からも、ダイバーシティーへの取り組みが取引の条件とされるケースも増えている。

 こうした社会情勢を受けて東芝では、2004年10月に社長直轄の組織として「きら推」を発足させた。メンバーは岩切さんを含めて専任の女性が3人、他部署と兼務する男性2人の計5人だ。「労働力不足を補うために、人口の半数を占める女性の活用は必至です。結婚後や出産後も働き続ける女性が増えていることもあり、女性が働きやすい環境を整える必要があります。これは企業の経営戦略として取り組むべき課題なのです」と岩切さんは話す。

 「きら推」の誕生にはもう1つの経緯があると、岩切さんは言う。「東芝では2001年の未曾有の業績不振を機に、早期退職者制度を敢行した苦い経験があります。その際、人手は減ったにもかかわらず仕事量は変わらなかったため、従業員全体のモラルが低下するという問題を抱えました」

 そこで、問題解決の糸口として2003年に従業員意識調査(TEAMサーベイ)を実施。回答には、予想外の意見が寄せられた。「業績のいい部署とそうでない部署で満足度に格差があると予想されていたのですが、女性からも『男性に比べて昇進・昇格が遅れている』など、処遇面において不満を訴える声が多く聞かれたのです」。当時、男女雇用機会均等法が施行されて15年を経てもなお、男女間で仕事に対する満足度に格差があることを危惧した岡村正前社長は、抜本的な是正措置を講じる必要性を痛感。西室泰三前会長とともに、「きら推」発足の指揮を取ったという。

 そのため「きら推」では、「活動の3本柱」の第1に、当面の優先事項として「女性従業員のステップアップ支援」を掲げた。次いで、全社員に対する施策として「ワーク/ライフ・バランスの実現」を、そして「意識・風土の改革」を据えた。女性従業員のステップアップ支援とワーク/ライフ・バランスの実現を花や実に例え、意識・風土の改革はそれを支える根や土壌と捉えてのことだ。


 1つめの女性従業員のステップアップ支援では、「採用数の増加」「離職率の減少」「養成」の3つをテーマにしている。一般的に東芝は家電のイメージを持たれるが、売上高の構成比率ではわずか10%程度。パソコンなどのデジタルプロダクツと合わせても40%にも満たない。半数近くを占めるのは、半導体などの電子デバイス事業や原子力・火力・水力発電などの社会インフラ事業であり、こうした重電部門では、これまで女性社員の比率が低かった。そもそも、採用時に技術系の女性の応募が少ないためである。

 東芝の採用比率は8割が技術系だ。つまり技術系女性の採用を増やすことが、女性比率の底上げに繋がる。そこで、会社パンフレットや就職情報誌などで社内のロールモデル(手本となる人)を紹介したり、大学の就職セミナーに女性従業員を派遣して、女性が働きやすい環境づくりを進めていることをPRする活動を行っているという。

女性リーダーを養成する「きらめき塾」と「きらめき講座」

 離職率減少への対策については、後述するワーク/ライフ・バランスの実現での取り組みに詳しい。3つめの養成では、「きらめき塾」と「きらめき講座」の2つの研修を実施している。きらめき塾は、係長クラスに当たる主務・主任クラスの女性を対象に、役職者になるに当たっての管理スキルや知識の習得、意識の向上を目的として開講。参加に際しては、個人の自主性を重んじているという。「他社ではこうした研修は選抜制で実施していることが多いようですが、東芝では対象者本人の自薦で参加者を決めています」。また、主務・主任前のクラスでも、上司の推薦があれば参加できる。

 研修は神奈川県の新横浜にある研修センターで行う。各地域から二十数人の女性たちが集まり、5日間通しで受講した後、1カ月の期間を置いて、さらに5日間受講する。2005年の3・4月からスタートしたきらめき塾は、昨年度までに6回開催され、131人が参加した。今年度は4回の開催を予定しており、2年間で200人以上の受講を見込んでいる。

東芝セミコンダクター社電子デバイス営業事業部海外営業統括部米州部担当課長の粕谷春江さん

 東芝セミコンダクターで、電子デバイス営業事業部海外営業統括部米州部担当課長の粕谷春江さんは、現在米国向けの半導体営業を担当しているが、このきらめき塾の第1期生だ。海外営業ということもあり、部署には帰国子女や外国籍の人がいたり、駐在経験のある上司も多く、ダイバーシティーの考え方が理解されているため、性差による苦労はあまり感じなかったという。だが、当時きらめき塾に集まった参加者からは、「男性上司とコミュニケーションがうまく図れず、理解を得るのが難しい」「同年代の男性と比べて、昇進が遅い」といった声が聞かれた。

 「私の場合、1991年に入社した当時から、男性に勝つ、負けるということはあまり考えませんでした。むしろ女性だから、または能力がないからといった理由で苦労をしないために、その時々で自分に足りない知識を学んだりして、周囲に認めてもらえるよう努力してきました。でも、古い価値観の残る部門では、そうした努力をしても苦労することがあったのですね」

 しかし、そんな難しい環境にある女性たちの方がキャリアに対する意気込みは強く、圧倒されたと、粕谷さんは言う。「中には『もし私が社長になったら、こういう方針を進めるのに』といった発言をする人もいて、とても刺激を受けました。こうした女性の強い力をうまく活用していけば、企業の成長に大いに貢献するのではないでしょうか」

 一方、きらめき講座は、女性従業員の約6割に当たる2000人の実務者層全員を対象に、必須研修として義務づけている講座だ。こちらは全国の各事業所、カンパニー、支社へ出向き、2日間の研修を実施。庶務業務や営業・技術補助などの業務に従事している女性たちに、自身のキャリアデザインと向き合う機会を与えている。特に、補助的な業務の担当者には、今後もサポート的な役割でいいのか、キャリアアップを目指したいのかを考えてもらう。これによって明確になった目標を上司に伝えるためのコミュニケーションスキルなども学び、2日間の研修を終えた後には、実践の場として上司と対話を持つことを推奨している。

 「これまで実務者層の女性からは、『きら推は女性のキャリアアップを支援すると言っているが、それは四年制大学の卒業者だけではないのか』といった指摘を受けたこともありました」と岩切さんは振り返る。2005年12月から、実務者層すべての女性を対象としたこのきらめき講座を施行してからは、高卒、短大卒の女性たちのモチベーションも高まっているようだ。

 2つめの柱「ワーク/ライフ・バランスの実現」は、「仕事と生活の両立」「やりがいのある仕事をしながら充実した生活を送る」という考え方のもとに全社員を対象として実施する施策であるが、「きら推」では2004年12月に、まず女性従業員に向けて両立支援に関するアンケートを行った。これは、女性の結婚・出産後の離職率を減少するために、どんな制度があれば継続して勤務できるか、よりよく働けるかを探るためだ。

 アンケートでは、育児休職の期間延長・分割取得、育児中の短時間勤務の期間延長、子供のための有給看護休暇、出産・育児や介護などに伴う再雇用制度など、多くの要望が寄せられた。岩切さんは「これらの意見を踏まえて、実現可能なものから順次改善しています」と言う。

 例えば、1歳の4月末までだった育児休職を、満3歳になる月末までに変更。さらに、一度復職した後でも、必要に応じて3回まで分割して取得できるようにした。短時間勤務に関する制度では、従来は小学校入学前までの子を対象としていたのに対し、小学校3年生までに期間を延長。適用回数の制限も廃止した。男性が育児休職を申請するケースも増えており、2001年度からの5年間では22人が取得。専業主婦の夫の育児休暇が認められた昨年度は、男性従業員が第3子の出産に伴い、第2子の育児のために1カ月の育児休職を取得した例もある。このほかにも、2006年には年休の1時間単位の取得を可能としたり、看護休暇や再雇用制度の拡充などにも着手している。


両立支援は従業員と企業の双方にメリット

 こうした両立支援に関する制度の見直しや改善は、女性がキャリアを長期的に中断することなく継続していけることから、離職率の低下を促し、新規採用や育成にかかる費用を軽減することができる。また、仕事と生活のバランスを取る働き方を実現することで、従業員にも充実感が得られ、優秀な人材を確保することができ、結果的には企業の業績アップへと導く。従業員と企業、双方にメリットがあるというわけだ。

 しかし、男性の役職者の中には、ワーク/ライフ・バランスの実現という新しい価値観を受け入れ難い人も少なくないという。「残業や休日出勤など、長時間勤務が生産性の向上につながると信じているような役職者も、まだいます。彼らにはまず、その意識を変えてもらうよう、なるべく対話の機会を持つようにしています」と岩切さんは言う。様々な取り組みを推進していくうえで、役職者に染みついた古い意識や風土を改革していくことが、重要な課題になっている。

 また、粕谷さんも「会社ではただでさえ8時間、週に5日と長い時間を過ごすわけですから、効率良く仕事をして、できるだけ職場以外の人とつき合いを持ったり、プライベートの生活も大切にするべきだと思います。会社一辺倒では視野が狭くなり、考え方も凝り固まってしまいますから」と話す。

 ワーク/ライフ・バランスの考え方は、人によっても様々だ。「男性役職者に繰り返し伝えているのは、女性社員ともっと対話をしてほしいということです」と、岩切さんは強調する。例えば、出産後の女性は仕事をセーブしたいと思うだろうと考える人もいるが、それは男性役職者の一方的な思い込みかもしれない。本人の女性は、出産した後もすぐに復職し、これまでと何ら変わりなく仕事をしたいと考えているかもしれないのだ。

 大切なのは自分の価値観で気遣いをするのではなく、相手とコミュニケーションを持って、本人の希望を汲み取ることだ。「男性には、大事な話はお酒の席でするという、いわゆる“ノミュニケーション”という文化もあるようですが、社内での普段のコミュニケーションをもっと大切にしてほしいですね」と粕谷さんも言う。

2004年に創刊した季刊冊子『きらめき』の創刊号

 こうした「きら推」の活動を周知・理解してもらう目的で、2004年12月には『きらめき』という季刊冊子を発行。創刊号では「男女の役割分担意識の払拭」を特集した。「女性は補助的な仕事に向いている」「女性はそのうち辞めるので、男性を優先すべき」「育児は女性だけの仕事だ」といった思い込みの例を挙げ、改善策を示すという内容だ。以後、ワーク/ライフ・バランスの具体例を伝える特集なども組んでいる。

 さらに、「きら推」からの情報発信だけでなく、現場の声を聞く機会として、半期に1度、「きらめきフォーラム」を開催。2005年8月からは、「きら推」のメンバーが全国の各事業所や支社を訪問し、管理職向けの説明会や女性従業員との情報交換会などの場も設けている。

 とは言え、国内の東芝グループ全体の従業員数は12万人。「きら推」のメンバー5人ですべてをカバーするのは難しい。そこで、各カンパニーや分社会社の社長らを「きら推アドバイザリーコミッティ」とし、半期に1度会議を開催。また、各総務部長を対象とした会議の場なども活用し、「きら推」の活動への協力を求めている。

 その結果、アドバイザリーコミッティや各総務部長らとの意思疎通は図れてきた。しかし総務部には人事担当や安全衛生担当などはいるものの、男女共同参画担当がいなかったため、当初は現場の役職者や従業員への情報伝達がスムーズにいかないこともあったという。そこで新たに、“きらめき大使”と呼ばれる「男女共同参画推進主務担当者」を設置。現在は60人ほどいる彼らが中心となって、事業所訪問や各地での研修会を仕切るなど、「きら推」と現場との橋渡し役を果たしている。

 こうした一連の両立支援や改革は、ともすると男性役職者や従業員からは女性優遇と取られがちだが、「これまでの制度は女性に対する配慮があまりなされていませんでした。今は女性が働くにあたって必要なものを補完している、過渡的な段階なのです」と岩切さんは主張する。その言葉の通り、女性が働きやすい職場づくりは、結果的には、男性も含めたすべての従業員が働きやすい環境となっていくに違いない。

 「きら推」では、女性役職者の登用数について、具体的な数値目標などは公表していないが、2006年7月の時点で、女性役職者数は100人を超えたという。取材の最後に岩切さんは、「ボードメンバーに女性が加わる日が楽しみですね」と笑顔を見せた。

※お詫びと訂正:本文中に「西田泰三前会長」とあったのは、「西室泰三前会長」の間違いです。お詫びして訂正いたします。
日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。