東京電力の本店・労務人事部に「ダイバーシティ推進室」が設置されたのは2006年2月。その2年ほど前から、管理職候補の女性社員を対象に「リーダー研修」を実施したり、ワークライフバランス(仕事と生活の調和)の意識を高めるために上級管理職を集めての講演会などを行ってきたが、さらなる推進を目指しての発足だ。

東京電力労務人事部ダイバーシティ推進室長の雨宮弘子さん(写真:厚川 千恵子、以下同)

 ダイバーシティ推進室を立ち上げるに当たり、室長には外資系化粧品メーカー、エイボン・プロダクツ出身の雨宮弘子さんを迎えた。雨宮さんは同社で人事総務本部人事総務部長、営業本部パシフィック・リージョン・セールス・ディレクターなどを務めてきた。

 招聘を受けた時、雨宮さんはまず、交渉に当たった担当者にこんな質問をしたという。「東京電力さんは関東地方だけですよね? 社員はほとんどが日本人ですよね? それでどんなダイバーシティーに取り組むのですか?」。東京電力では女性の活躍支援が進んでいないとの答えを聞き、雨宮さんが率直に感じたのは、「日本の企業では男女の性別がダイバーシティーの課題になるのか」ということだった。

 「現地法人である日本のエイボンでは、主に日本人が日本人向けに製品を販売していますが、海外の本社から様々な指示を受けます。例えば、このグローバルブランドを売りたいという希望を出された時には、日本のマーケット事情を伝え、それでは売れない、こんな商品の方が売れるといった折衝をしていかなければいけません」

 そこには常に人種や言語、文化背景や宗教の違いといった壁が立ちはだかる。その大きな壁を乗り越えることが、雨宮さんにとってのダイバーシティーだったのだ。「同じ日本語で話し合える日本人同士なのに、なぜ今ダイバーシティーに取り組まなければいけないのか、と不思議に思いました」と雨宮さんは言う。

 だが、一方では「保守的で、堅い会社というイメージのある東京電力が、『ダイバーシティ推進室』をつくろうという試みは面白いと思いましたし、時代の流れも感じました」。

 室長就任の話を受けて初めに取り組むことになったのが、この「女性社員の活躍支援」だ。管理職候補として男性、女性を見た時に、仕事をしてきたスキルや知識は同等であっても、管理職に求められる判断力や経験値が女性には不足しているという現状がある。そうした差を埋めるために、教育・研修面に力を入れる。

 2004年から管理職候補の女性社員を対象に実施していた「リーダー研修」は、プロジェクト提案を中心に行うものだった。しかし、2006年からはより現実的な折衝力や部下の育成能力など、総合的なマネジメントスキルを身につける「ステップ研修」として新たにスタートした。

 月に2回、6カ月の期間を設け、前半は管理職として必要なロジカルシンキングやコーチングなどを学び、後半では擬似的に部下をつけ、管理職の役目を担って課題に取り組むことで、実践の中から自分の弱みや強みを確認していく。10月から始まった第1期には、選抜を受けた12人が参加している。


東京電力環境部食環境コミュニケーショングループマネージャーの横関まゆみさん

 環境部で食環境コミュニケーショングループのマネージャーを務める横関まゆみさんは、「ステップ研修」の前身である「リーダー研修」の1期生だ。横関さんは研修の課題として、IHクッキングヒーターの活用などを通じて、食の大切さを伝えるコミュニケーション活動の推進を提案した。現在はその提案を実践するリーダーとして、親子の料理教室を開催したり、食材や料理の作り方などを子供たちに分かりやすく紹介するレシピ集やホームページを作成し、次世代への食育活動に取り組んでいる。

 研修の中でプロジェクトを提案してから、実際に始動するまでには1年半の時間を要した。その間に横関さんは、本来の業務を抱えながら、社内のニーズや各部門の声をリサーチしたり、経営層へのプレゼンテーションなどを行い、プロジェクト化を実現した。

 グループマネージャーになるに当たり、横関さんは「これまでは、女性の上司のもとで働いた経験がなかったので、お手本がいなかったのです。それに、子供がいるので時間的な制約もあり、果たして自分にマネージャーが務まるのかと、不安に思いました」と言う。だが、「リーダー研修」や準備期間で培った体験、プロジェクト化の道筋をつくってくれた上司の支援が後押しになり、今では自らの裁量で仕事に取り組めることにやりがいを感じている。


 「リーダー研修」は、今年「ステップ研修」が始まるまでに計3回、76人が修了したが、横関さんをはじめ20人が管理職に登用された。「ステップ研修」での成果にも期待が高まる。

 そのほか、女性社員全体の意識を向上させるための「フォーラム」を、6月に本店で開催。女性社員と女性社員が多い部署の男性管理職、経営会議メンバーが270人参加した。その後は月に2~3回のペースで、各支店、支社などでも実施している。

 「フォーラム」では、雨宮さんらがダイバーシティー推進の必要性を説くだけでなく、どうしたら女性の活躍支援が進むのかを社員同士で話し合う場を提供している。女性社員と男性管理職を交えたグループで自由に意見を交わした後、全体でも共有する時間を持つ。

 直属の上司と部下の関係ではなかなか話しづらいことでも、こうした場では素直に話し合えることも多い。例えば、短時間勤務を選択している女性社員と男性管理職の間では、「就業時間が決まっていても、なんとなく帰りづらい」「そんなふうに思っているとは知らなかった。それは当然、決まった時間に帰っていいんだよ」といった会話がなされ、日頃のコミュニケーション不足やお互いの遠慮から生じる思い違い、誤解を解くいい機会になっているという。

 また現在、12%となっている女性社員の比率を増やすために、「女子学生へのPR活動にも力を入れていきたい」と雨宮さんは話す。日本経済新聞の就職ランキングを見ると、男子学生ではここ数年30~40位を維持しているが、女子学生では130位前後。今年度は70位程度まで上がっているが、男子学生とは依然として開きがある。

  そのため、自社サイトの採用ページにもダイバーシティーへの取り組みを掲載。採用を担当するチームとともに、セミナーや面接にも足を運んでいるという。横関さんのような女性リーダーが推進するプロジェクト活動も、イメージアップにつながると期待している。

休職以外にも、男性の育児参加の方法はある

 「エイボンは、女性が活躍できる会社ではありましたが、働きやすい会社かと言えば、決してそうではありませんでした。法定を超える支援制度はなく、子供を抱えて働くには厳しい環境だったと思います」と雨宮さんは話す。「その点、東京電力は、女性の活躍の面ではこれからですが、女性の働きやすさという点では、環境は整ってきています」

 育児休職は子供が3歳になった翌3月末まで、短時間勤務は1日2時間を上限に、小学校1年生が終わる3月末まで取得できる。育児休職については、出産した女性社員の人数を分母にすると、取得率が100%を超えている。これは、一度復職したあとに、その時々の事情によって、再び取得する人もいるためだ。男性では、1カ月、3カ月、6カ月といった単位で取得する人が年に2~3人いるという。

 だが雨宮さんは、男性の育児休職の取得については、あまり積極的にうたってはいない。「男性の育児参加には賛成ですが、それは休職という形でなくてもいいと思っているのです。例えば、残業をせずに帰宅して一緒に食事をしたりお風呂に入ったり、休日はしっかり休んで積極的に子育てに関わるといった方法もありますよね」。こうした点からも、社員全体にワークライフバランスの意識を高めることが、女性の活躍支援に続く課題だと雨宮さんは言う。

 今年8月に本店で実施した「ファミリーデイ(家族の職場参観)」に、雨宮さんはこんな期待を寄せている。「家族や子供が職場を訪問し、同僚や上司に顔を見せることで、『あんなにかわいい子供がいるのだから、残業をしないで早く帰りなさい』と声をかけ合うことができたり、そのために効率よく働く環境をつくっていくきっかけになってくれたらいいですね」。そして何より、「人と自分のワークライフバランスは違うということを知ってもらいたい」と雨宮さんは言う。

 現在の男性管理職は40代後半以上がほとんどだ。この世代ではまだ、「男は仕事、女は家庭」といった考え方を持つ人も多く、今の20代、30代の共働き世代とでは、おのずとワークライフバランスは違ってくる。雨宮さんは、「まずこの違いを知ることが大切なんです。それが、お互いの考え方を認め、理解していくことにつながるはず」と考えている。この試みは社員の間でも好評を得たので、来年度は本店以外での実施も検討しているという。

 また、横関さんは「同じ女性の中でも、様々な環境や考え方があるということも理解してもらえたらいいですね」と言う。女性の場合は、結婚するかしないか、子供を産むか産まないか、配偶者に理解があるかないかなど、外的な要因差が仕事に与える影響も少なくない。そこへ個人の価値観が加われば、男性以上に多様性があって当然だ。横関さんは1年間の育児休職を取得したが、実家などの支援を受けて、短時間勤務は選択しなかった。

 横関さんには同期入社の配偶者がいる。給与明細を見ると、いつしかその差が歴然としていた。評価制度が改善される以前に育児休職を取得したということもあり、キャリアの中断が影響しているせいもあるが、「自分に能力がないからなのか」と考えることもあるという。

 「女性は結婚したり出産したりすることで、時間的な制約を受けます。男性と女性で同じ能力であれば、結果で評価できない部分は、時間をかけて量をこなせばどうしても差が出てしまう」と、雨宮さんは説明する。横関さんは、「自分は限られた時間の中で効率よく仕事をするよう心がけたり、夫が早く帰れる日には集中して残業をしたりしていますが、男性にもメリハリをつけた仕事の仕方が浸透していってほしい」と考える。

 東京電力でのダイバーシティー推進は、まだ手探りの状態だと雨宮さんは言う。「電気の安全供給という社会的な責任、公共性の高い事業なので、製造メーカーのような外向きに攻めていく勢いではなく、間違いなく、きちんとやるといった姿勢が東京電力の社風にはあります。また大きな組織ですから、新しいことを進めていくには、ある程度の時間が必要でしょう」

ダイバーシティー推進を支援する「サポーターズクラブ」の会員証

 雨宮さんは上からのお仕着せではなく、社員の自発的な気持ちでダイバーシティー推進に関わってほしいという思いから、「サポーターズクラブ」を設置した。これは特に活動に目的を掲げたものではないが、ダイバーシティーに関心がある、支援したいという人の参加を募り、会員証を発行している。会員証は、マスコットキャラクターのイラストが描かれた親しみやすいデザインだ。このキャラクターの名前は、公募によって「台場すすむさん」「多様せいこさん」と決定。フォーラムなどの参加者が会員番号を告げてから発言するようになるなど、楽しみながら意識も高まってきているという。

 今月12月からは社内のイントラサイト「ダイバーシティステーション」も始動する。雨宮さんは「ここにも、ダイバーシティ推進室と社員との双方向の交流を持ってきたい」と意欲的だ。ダイバーシティー推進に関しては後発組の東京電力だが、模索しつつもその歩みは、一歩一歩確実に進んでいる。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。