CS(顧客満足度)を向上させるために必要なことは何か。2005年5月、経営陣が集まるCS経営向上会議で、こんな議論が交わされた。「それにはまず、CSの担い手である従業員が生き生きと働いていること――。つまりES(従業員満足度)の向上という答えが導き出されました」と話すのは、現在三菱東京UFJ銀行の人事部・女性活躍推進室室長を務める鈴木初枝さんだ。

三菱東京UFJ銀行 人事部 女性活躍推進室 室長の鈴木初枝さん(写真:鈴木 愛子、以下同)

 「当行では、派遣社員も含めると全行員・スタッフの約6割が女性。まず取り組むべき課題は、この女性たちが働きやすい環境を整えることだと考えました」。そこで企画部CSR推進室と人事部企画グループは、本部、営業店、マーケット担当、システム担当などの部署で係長以上の8人の女性を抜擢し、ワーキンググループを発足させた。

 グループには、「新しい働き方研究会‐女性活躍推進隊」という名がつけられた。「新しい働き方研究会」を冠することで、女性の活躍支援はあくまでもテーマの1つであるという意思を示したのだ。「メンバーには、“女性”という枠でくくられることに問題意識を持つ人もいました。男女の区別なく、銀行員として同等に働いているという自負があったからです。でも一方で、男性に比べて置き去りになっている感も否めない、という声もありました」と鈴木さんは言う。

 2005年9月に「新しい働き方研究会‐女性活躍推進隊」の第1回の会合を開催し、翌月にはイントラネット上で、女性の活躍支援に関するアンケートを実施した。女性だけでなく男性にも参加を呼びかけ、女性には「いつまで働きたいか」「どのポジションまで目指したいか」、男性には「女性にいつまで働いてもらいたいか」「どのポジションまで目指してほしいか」といった質問事項を設けたところ、約1万人のうち3500人以上の回答があった。

 「新しい働き方研究会‐女性活躍推進隊」では、このアンケート調査をまとめ、2006年2月のCS経営向上会議で、女性にとって働きやすい環境をつくるための施策を提言。女性総合職の採用数の増加、女性管理職の数値目標の設置、各種支援制度の見直しなど、40項目に及んだ。

 女性の活躍支援を専任する組織を求める提言もあり、2カ月後の4月には、人事部内に「女性活躍推進室」が新設された。「現場からの声と経営層からの後押しは、ES向上を推進する大きな力になりました」と鈴木さんは話す。女性活躍推進室が設置された後も、「新しい働き方研究会‐女性活躍推進隊」は21人にメンバーを増やし、より現場に近い立場で活動を続けている。

 女性活躍推進室のメンバーは6人で、室長の鈴木さん以下、調査役の2人の女性が専任、また人事部の男性と名古屋、大阪に在籍する女性2人が兼務で参加している。推進室では推進隊が集めた現場の声をもとに、「女性のキャリア形成支援」「ワークライフバランス施策」「意識改革」の3つの柱を打ち立てた。


 「女性のキャリア形成支援」では、女性管理職の登用に数値目標を設定した。2006年1月時点で5人だった女性部店長を5年以内に30人に、女性次長・課長などについては、41人から100人に、役付者の女性比率は4.7%から10%に引き上げる。2006年11月の時点では、女性部店長は14人、次長・課長などは59人、役付者の比率は5.6%になっている。新卒採用における総合職の女性比率は、「2006年の4月入行者では10%でしたが、2007年には20%を目標としました。その結果、実績では26%と、目標を上回る数字となりました」と鈴木さんは言う。

男女が対等になるには、女性の絶対数を増やすことが必要

 数値目標設置については、異論もある。だが鈴木さんは「男女が対等になるには、絶対数の底上げが必要です。とはいえ、目標を設置したからといって女性を優遇するわけではありません。これからの管理職に求められるのは、新しい価値観。男女問わず、そうした意識を持った人材を育てることが重要です」と強調する。

三菱東京UFJ銀行 グローバルサービスセンター 輸入課 課長の三浦宏子さん

 現在、グローバルサービスセンター・輸入課で課長を務める三浦宏子さんは、入社9年目で部長代理となったが、その2年前から法人担当として外回りの営業を初めて経験した。「入社後数年は、制服を着てお茶汲みやコピー取りもしていました。急に営業をやれと言われた時は、意識の切り替えが大変で…」と三浦さんは振り返る。入社7年目の三浦さんに営業を任せたのは、50代の男性次長。当時、外回り担当の女性はいなかったから、彼にとっても勇気ある決断だったに違いない。

 「上司が初めに言ったのは、『とにかく泣くなよ』のひと言でした」と三浦さん。「大丈夫です」と答えたが、「何しろ初めてなので、最初は取引先の申請書や訪問記録の書き方も、うまくできない。そのたびに、毎回青筋を立てて怒られました」。しかし、女性だからと甘やかさずに叱咤激励したこの上司は、三浦さんに期待もしていたのだろう。

 困った時は、同僚の男性たちのサポートも力になった。「同じ仕事をする仲間として、励まし合ったり情報交換をしたりと、ずいぶん助けられましたね」。三浦さんが自分の名刺を持ったのは、この時が初めて。取引先へは制服を着たまま出向いたが、意外にも怪訝に思われず、逆に関心を持ってもらえたという。「顧客にとっては、仕事さえきちんとしていれば、男性であろうと女性であろうと関係はなかったのでしょうね」と三浦さんは言う。


壁になったのは「性別」ではなく、自分の経験の浅さ

 この意味で、三浦さんの前に立ちはだかったのは「性別の壁」よりはむしろ「経験値の壁」だった。「顧客の要望を聞くことはできても、男性社員のように一歩踏み込んだ提案ができず、自分の力不足を痛感しました」と三浦さん。男性は行内に横のネットワークがあり、お互いに情報を得たり意見を交わしたりできる土壌があったが、三浦さんは「自分の部署以外のことを知る機会はほとんどありませんでした」。いい提案をするためには、もっと知識を深めなければいけない。そう考えた三浦さんは、他部署の人たちにも積極的に話しかけ、自ら情報を得る努力をした。

 初めてのチャレンジで様々なハードルを越えたことは、三浦さんが管理職になる際にも大きな自信につながった。今後の女性管理職の登用に当たっても、周囲の理解やサポートはもちろんだが、女性たち自身のキャリアに対する自覚が求められることだろう。そのために企業としては、仕事と生活を両立し、長期にわたるキャリアプラン、ライフプランを実現できる環境を整備することが不可欠だ。

 三菱東京UFJ銀行では、結婚、妊娠、出産、育児、介護と、それぞれのステージを支援する様々な制度が設けられていたが、実際の認知度は低かった。そこで「女性活躍推進室」では、「ワークライフバランス施策」として、改めて制度の見直しを図った。

 例えば、未就学児を対象としていた看護休暇や時間外免除は、小学校3年までに拡充。アンケート調査の結果要望の多かった短時間勤務や託児補助も新設された。短時間勤務は育児中だけでなく、妊娠・介護においても取得可能だ。最大で朝の30分と夕方の1時間を短縮できる。

 託児所設置の声もあったが、これに関しては託児費用の補助という形をとった。約700カ所で営業展開する同行では、託児所を限られた場所に設置すると不公平感が出てしまうからだ。ひと月にかかった金額の2分の1、最高2万円までが対象となる。小学校3年まで認められるので、学童保育費用に充てることもできる。

 女性の産休と同様、男性にも子の誕生休暇がある。ほとんどすべての支援制度は、男女平等に取得できるようになっている。また、転居を伴う異動のないAP職(エリアプロフェッショナル)が、配偶者の転勤などで退職せざるを得ないケースも少なくなかったことから、希望すれば転勤先の営業拠点に勤務できるAP職隔地異動公募制度も新たに設けた。

 2006年6月には、メールで相談を受け付ける「かがやき相談窓口」を設置。「当初提言されていたのは、産休・育休に関する相談窓口でしたが、女性が働くことに関してなら、どんな相談にも乗るよう変更しました。女性だけでなく、男性や派遣社員からの相談も受け付けます」と鈴木さんは説明する。

 寄せられる相談は、産休・育休制度に関するものが多いものの、次第にキャリア形成についての相談や、新たな制度を求める声も増えているという。「男性の管理職から、妊娠した女性部下のためにできるサポートはないかといった相談も来るようになりました」

 10月には、支援制度や手続きの仕組みを解説した「仕事と家庭の両立支援ブック」も発行。行内だけでなく、公的な保険制度や手続きなどについてもまとめたため、「かがやき相談窓口」への制度に関する相談件数は目に見えて減少。質問があった場合にも、支援ブックの掲載ページを示し、スムーズに解決できるようになったという。

 3つめの柱である「意識改革」では、「かがやきフォーラム」を開催した。昨年10月から今年1月にかけて、東京で2回、名古屋・大阪で各1回ずつ実施。「人に育ててもらうのではなく、自分の未来を自分で切り開いていく」との思いから、「自分力を高める」というテーマが掲げられ、合計1000人の女性が参加した。

 フォーラムは頭取以下役員の決意表明から始まり、行内の様々な部署で活躍する女性のパネルディスカッション、社外の女性講師による講演の3部構成で進行。「フォーラムは初めての開催のため、全国の各拠点から必ず1人は出席するよう要請しました。最初、業務終了後の参加を敬遠する人もいましたが、終了後には『参加してよかった』という声が多く聞かれ、こちらから積極的に情報を発信することの大切さを実感しました」と鈴木さんは話す。

 そのほか、マネジメントやコミュニケーションなどのスキルアップ研修を実施する「かがやき塾」、ワーキングマザーを囲んで情報交換を行う「ワークライフバランスセミナー」も開催。大規模で行うかがやきフォーラムに対し、ワークライフバランスセミナーは20~30人の規模で実施。これまで東京、千葉、横浜、名古屋、大阪で計100人が参加している。鈴木さんは、「妊娠、出産に関するセミナーは、継続して行うことで安心感が広まるものだと思っています」と言う。

部下には、とにかく話しかけることが大切

 現在80人の部下を束ねる三浦さんも、コミュニケーションの大切さを訴える。「部下には男性も女性もいますし、世代も様々です」。様々な価値観を持つ彼らに気持ちよく働いてもらうため、三浦さんが心がけていることは「課内をよく歩き回って、一人ひとりに声をかけること」。

 「部下の仕事の進捗状況を見ながら『あら、まだそれをやっているの?』と言ったりするので、うるさいと思われているかもしれません(笑)。でも、話しかけることで、気にかけてもらっているという安心感を持ってもらえますし、困った時には、部下も打ち明けやすいようです」。三浦さんは育児休業中の女性にも行内の冊子を定期的に郵送している。休業中も、職場とのつながりを意識できるよう配慮してのことだ。

 鈴木さんは、「現在の銀行の業務は、量も密度もとても厳しくなっています。出産・育児を迎える女性は部署の中核を担っていることが多いため、休暇取得は本人にも周りにとっても、負担に感じるケースが見られます。しかし、双方が安心して制度を活用できるよう、もっと事例を増やしていきたいと思います」と話す。

 同行が現在取り組む課題は、「女性が生き生きと働き、男女が対等なパートナーとして切磋琢磨する職場づくり」となっているが、これをクリアし、一歩進んだ「新しい働き方研究会」が誕生する日が楽しみだ。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。