台湾のデジタル担当大臣を務めるオードリー・タン氏は、今や時の人だ。同氏が世界の注目を集めたのは2020年2月のこと。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大でマスク不足は必至という状況をいち早く察知し、マスクの在庫状況を3分ごとに自動更新するマップを開発した。開発期間は、わずか3日間。慢性的なマスク不足でドラッグストアに長蛇の列をなしていた日本と比べると、行政による対応の差は歴然だった。

 台湾には、コロナ禍の前から「vTaiwan」という市民参加型のデジタルプラットフォームが存在する1)。企業や行政、消費者が行政の持つデータを幅広く共有し、社会課題の解決に向けたアプローチを議論するプラットフォームである。タン氏のマスクプロジェクトと直接の関係はないものの、デジタルプラットフォーム上でデータが共有され、市民によるディスカッションが発生し、それをベースに政策や公共サービスが設計される仕組みが社会に実装されていた。

 欧州でも、台湾と同様のデジタルプラットフォームの導入が進んでいる。スペインのバルセロナ市が開発したデジタルプラットフォーム「Decidim」が有名だ2)。このプラットフォームを活用した同市のアクションプラン策定では4万人以上の市民から1万件を超える提案が集まり、その中の議論から社会課題の解決に向けた約1500件のプランが生まれたという3)。Decidimはオープンソースとして利用でき、スペイン国内を中心に29の都市が採用している。

公共サービスで行政と企業が水平分業

 台湾やバルセロナ市の取り組みは、「デジタル技術を活用して行政をアップデートし、顧客である市民のCX(顧客体験)を向上させていく」という世界的な潮流の中で位置付けられる。土台となるプラットフォーム部分は行政が整備し、アプリケーションとしての公共サービスは民間企業が担う。この分業の姿は、いわば行政のSaaS(Software as a Service)化であり、未来のスマートシティの姿を先取りしていると言っていい。

 日本でも、行政のSaaS化に向けた動きが一気に加速しそうだ。引き金を引いたのは、やはり新型コロナである。企業が公共サービスを担う流れは日本にもあったが、これまでの慣習などもあり、取り組みは先送りされてきた。ところが、新型コロナによって先送りの弊害が随所に現れた。最も分かりやすい例は、1人10万円の特別定額給付金だろう。マイナンバーを用いたオンライン申請よりも、紙の申請の方が早く給付されるという事態に直面した。3密を避けなければいけないはずの時期に、役所に長い列ができるという喜劇とも言えそうな風景がテレビで連日流れた。ようやく日本も、社会のアップデートが待ったなしであることが明らかになった。

 アップデートに不可欠な取り組みが、行政のDX(デジタル・トランスフォーメーション)である。行政のDXの本質は、社会構造自体をデジタル化というテーマで見直すことにある。① 業務を可視化し、②情報をデータ化し、③業務のIT(情報技術)化を進める。これらのステップを適切に踏むことで、社会構造の見直しとデジタル化が完了する。特に重要なのは①の業務の可視化で、ここを飛ばしてしまうと、現状の生産性の低い業務をそのままデジタル化することになる。これらの取り組みを通じて、API (アプリケーション・プログラミング・インターフェース)を整備するプラットフォーマーとしての行政と、アプリケーションとなる公共サービスの担い手としての企業という分業が可能になるのだ。

 保育園、介護、教育、医療、公共交通といった様々な分野における社会課題を解決するマッチングやシェアリング、会計などの各種サービスを企業が手掛け、それらが互いに連携する形が未来の公共サービスのイメージだ。これらのサービスを通じてプラットフォーム上でやり取りされるデータをAI (人工知能) で解析できるようになれば、適切なタイミングで適切な情報とサービスを市民に届けられるようになるだろう。こうした行政データの解析も、企業がビジネスとして担うことになる。政府は2021年度中をメドにデジタル庁の設置を急ぐ方針を固めた。今後、行政DXの文脈の中で様々なビジネスチャンスが生まれるのは間違いない。

参考文献
1)vTaiwanのウェブサイト、https://info.vtaiwan.tw/
2)Decidimのウェブサイト、https://decidim.org/
3)吉村、「第5回:Decidim ---デジタルプラットフォームは熟議をもたらすか」、新建築.ONLINE
伊藤 大貴(いとう・ひろたか)
Public dots & Company 代表取締役
『日本の未来 2019-2028 都市再生/地方創生編』著者。『スマートシティ2025 未来シナリオ調査編』の監修を手掛けた。早稲田大学大学院理工学研究科修了後、日経BP入社。『日経エレクトロニクス』記者を経て、2007 年から3期10年横浜市議会議員として教育、テクノロジー、都市政策に注力。2017年横浜市長選に挑戦した後、公共政策戦略コンサルティング事業を立ち上げ、現在に至る。博報堂新規事業開発フェロー、フェリス女学院大学非常勤講師なども務める。publicdots.com

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