未来に起きることは、実はそれほど大きく変わっていないのかもしれない。

 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックによって、社会やビジネスの常識はほんの数カ月の間にすっかり変容した。少なくとも現状は、そう見える。例えば、3密を避けるソーシャルディスタンスの確保や、外出・移動の制限は、飲食や旅行・観光、ライブイベントをはじめ、様々な分野のビジネスに大打撃を与えた。感染対策の影響が軽微だった分野でも、多くの企業が事業戦略の再構築に追われている。

 ただ、今回のようなパンデミックは、決して予測不可能なものではなかった。それも事実である。実際、過去20年ほどの間には世界で他の感染症の流行が相次いだ。新しいタイプの感染症の世界的流行に警鐘を鳴らし、準備と対策を訴えていた専門家も少なからず存在していたのである。米国のスタンフォード研究所を源流とするコンサルティング企業SBI (Strategic Business Insights)社は、今回のパンデミックを受けて緊急発行した報告書で、パンデミックの発生や、その結果としての景気後退について「人々は複数の警報に接していたにもかかわらず、それを気にかけないか、さもなければ単純に無視していた」と指摘している1)

 現状を俯瞰すると、様々なビジネスで生じているニューノーマル(新常態)は、想像し得ないほどに突拍子もない内容とも言いにくい。特に、ICT(情報通信技術)を中心としたテクノロジー分野では、コロナ禍の前から多くの要素技術や、その応用に関する変化の予兆は存在していた。例えば、この数カ月で急速に存在感を増し、ビジネスを拡大したビデオ会議システムやロボティクス、宅配や動画配信のサービスなどは、いずれも突如として発明されてこの世界に出現したものではない。

 COVID-19のパンデミックで大きく変わったのは、未来がやってくる時間軸の長短だろう。従来の想定と比べてグッと加速した潮流と、逆に想定よりも減速してしまった潮流。様々なビジネス領域で「いずれは」と考えられていた未来像への到達速度が大きく変化している。ポストパンデミックの事業戦略の再構築における重要ポイントは、この時間軸の変化を見極めること、そして、今回のパンデミックのように時間軸のスケールを大きく変える同様の事象が今後も起き得るということ、である。

 過去から続く変化の予兆を基に、様々なテクノロジーがもたらすインパクトや社会のトレンドの変化を整理し、未来志向で新しいビジネスの姿を探る。かねて重要だったこのプロセスを、これまで以上に丹念に手掛ける必要性が生まれたということだろう。

未来志向で新しい取り組みに着手

 実際、先を見据える少なからぬ企業は、未来志向で新しい取り組みに着手しているようだ。パンデミックで大きなマイナスの影響を受けた企業がある一方で、コロナ禍で生まれた様々な制約を逆にチャンスと見て、新事業創造に踏み出す前向きな動きが足下で広がっている。

 日経BP総研が経営者や管理職を中心としたビジネスパーソンを対象に、2020年6月に実施した調査では、今回のCOVID-19のパンデミックの影響が調査実施時点での勤め先のビジネスに「プラスに働いた」という回答は6.6% で、「マイナスに働いた」という回答(41.8%)を大きく下回った2)。だが、「5年後の2025年に向けた影響」という問いに対しては、この順番が逆転する。「プラスに働いている」という回答は20.3%とほぼ3倍に増え、「マイナスに働いている」の16.2%を上回った。「プラス」と「プラス、マイナスの両方」の合計は70.2%と、調査実施時点についての問いに対する同じ回答の合計から約16ポイント増加した。

 注目すべき点は、緊急事態宣言が解除されたばかりの調査実施時点(2020年6月)において、既に新しいビジネスへの取り組みを進めているという声が少なくなかったことだ。コロナ禍が勤め先のビジネスに「プラスに働いた」「プラス、マイナスの両方に働いた」と答えた回答者のうち32.8%が「新しいビジネスの開発や展開につながった」と答えている。

 予測不能な未来に、どう対処するか。今回のパンデミックは、この命題の重要性を浮き彫りにした。まさに「VUCA」(volatility:変動性、uncertainty:不確実性、complexity:複雑性、ambiguity:曖昧性)の時代である。このキーワードもまた、コロナ禍以前から、不安定なビジネス環境やテクノロジーの急速な進化を表す言葉として広がっていた。予測不能な未来への準備を怠らなかった企業が、現状の様々な制約の中で新たなビジネスに挑む動きを支えているということなのだろう。

 もちろん、正確な未来は予測できない。それでも、確からしい未来のシナリオを想定しておくことはできる。その準備が、次代に向けた正しい戦略の選択につながる。大切なのは、変化の予兆をうまく捉えること、そして不都合な変化から目を背けず、フラットな視点で未来を探ることだろう。

 不都合だからこそ、制約があるからこそ、変化を越えた先に革新が待っている。今回のパンデミックでは、様々な新しい対応策やテクノロジーが関心を集めた。それらはもちろん大切だが、最大の教訓は「不都合な変化の予兆を“見ない”ことにした結果、何が起きてしまったか」ではないか。これは、ミクロには企業による事業戦略構築にも当てはまる。制約の中で生まれる難問。それに挑める時期こそがイノベーションの好機なのだ。

参考文献
1)SBI、『ポストパンデミック2030 グローバルシナリオ』、日経BP、2020年9月
2)日経BP総研、「5年後の未来に関する調査〈制約が生み出す新ビジネス編〉」、2020年6月
高橋 史忠(たかはし・ふみただ)
日経BP総研 未来ラボ所長
1995年に筑波大学大学院理工学研究科修了後、日経BP入社。『日経エレクトロニクス』記者、シリコンバレー支局特派員、日本経済新聞社産業部記者、『日経テクノロジーオンライン』(現『日経クロステック』) 副編集長などを経て2018年4月より現職。テクノロジーなどを切り口に未来予測に取り組む。『医療・健康ビジネスの未来2021-2030』『エンターテインメント・ビジネスの未来2020-2029』など多数の企業向けレポートを企画・編集。

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ポストパンデミック2030 グローバルシナリオ

『ポストパンデミック2030 グローバルシナリオ』は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による世界的なパンデミックで不確実性が増した未来シナリオを、グローバル視点で多面的に分析したレポートです。各国の産業界や政府機関から厚い信頼を得ている米Strategic Business Insights(SBI)社が専門アナリストの英知を集結し、未来の不確実性と新市場の可能性を考察。先端ものづくりやAI、クリーンエネルギー、医療・健康、センシング(IoT)などのテクノロジー分野を軸に2030年に向けたシナリオを提示します。
著者:Strategic Business Insights, Inc.
A4判、206ページ、 2020年9月30日発行

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