前編から読む)

 酒づくりに欠かせないもの、それは米と水である。蔵には独自の名前があり、丹山酒造の蔵は「宝萬蔵」と呼ばれるのだが、「宝萬蔵」には6つの井戸がある。「涸れたことのない井戸で、そのうち1つを酒づくりに使っています」と長谷川さん。

丹山酒造5代目の長谷川渚さん(写真:藤本 純生)

 仕込みに入る前、蔵の者はみな井戸の神様である「水神さん」に手を合わせる。もともと亀岡にある出雲大神宮(いずもだいじんぐう)は、縁結びで有名で、御影山からわき出た水は幸運を呼ぶ御神水とされ、遠くから汲みに来る人々でにぎわう水の名所だった。名水の地だからこそ、亀岡には酒づくりが根づいているのだ。

 「出雲大神宮の水を仕込み水にしたお酒もあります。酒米は最高級米の山田錦を使いますが、地元亀岡産の米を使ったお酒も造っています。3年前から契約した田んぼで、夏場は社員が米作りをするんです。有機栽培に近づけるし、どんな原料か自分の目で見える。地元の方にも喜んでもらっています」。原産地主義が大きな強みになる昨今、もともと厳選していた原料に、さらにこだわるようになった。丹山酒造のウェブサイトには「田んぼの風景」というコーナーがあり、季節ごとの田の様子が見られる。

 現在丹山酒造では8種類の酒を作り、商品数は常に25銘柄ほどある。本醸造の「丹山」は、創業以来120年以上になる最も古いブランドだ。醸造酒は精米歩合が7割以下(米の3割を削ったもの)で、吟醸酒は精米歩合が6割以下、大吟醸はさらに米を削って5割以下のものを言う。

 試飲させてもらうと、様々な味わいが体験できる。飲み比べると、同じ日本酒でも原料や製造法によってこれだけ違うことに驚かされる。「京都は軟水なので、飲みやすいまろやかな味になります。薄味の京料理に似合うのが京の地酒なんです」と長谷川さんは言う。

 最近は、吟醸と大吟醸の出荷が増えている。長谷川さんが蔵に入った90年代後半は赤ワインブームだったが、次に吟醸酒がブームになった。その頃から「高くてもおいしいお酒がほしい」という要望が増え、4~5年の間焼酎ブームが続いている。希少価値のあるブランドが高値なのは、日本酒も焼酎も同じだ。

 出荷したものはほとんど売り切れてしまうが、丹山酒造では無理に量産せず、ブランドの価値を守るという戦略を取っている。「去年はお米を28%まで削った大吟醸を仕込みました。今年の1月1日に搾って、出来たてを紹介したんです」と、酒づくりの話をしている長谷川さんの目は輝いていて、本当に生き生きしている。

丹山酒造の社是。書は、比叡山延暦寺の大阿闍梨によるもの(写真:藤本 純生)

 丹山酒造の店頭には、多彩なボトルが並べられている。重厚な蔵の歴史と伝統を感じさせる酒瓶から、きれいな色のガラスの瓶まで、それぞれのボトルのデザインにもこだわりが感じられる。

 次につくる酒の内容や、ボトルやラベルのデザインなどの企画は、家族会議で話し合うそうだ。多くのアイデアを出しているのは、京都の織物屋から丹山酒造に嫁いできた、長谷川さんの母親だ。

 白ワイン風の低アルコール純米酒「飯櫃(ぼんき)」は、甘酸っぱく爽やかで、女性を中心に大ヒットした。また、NHK大河ドラマ「新選組!」に合わせてつくった期間限定の「幕末の青春」や、阪神タイガースとの共同企画で阪神百貨店限定販売の「猛虎の力」という黄色いボトルもある。

丹山酒造の社是。書は、比叡山延暦寺の大阿闍梨によるもの(写真:藤本 純生)

 丹山酒造の酒のラベルの文字はすべて、長谷川さんの母が依頼して、比叡山延暦寺の大阿闍梨(おおあじゃり:天台宗・真言宗で、特定条件を満たした僧に与えられる高位)に墨書してもらっているそうだ。

 これらの商品は、丹山酒造蔵元の店頭と京都市内の伊勢丹デパートやその近くの土産物屋で、京都の地酒として販売されている。京都限定の商品も多いが、全国のデパートの京都物産展などに出店することもある。また、インターネットによる販売もしている。

 一部の商品は、海外にも輸出している。京都以外と海外の営業を担っているのは、長谷川さんの姉で丹山酒造取締役の中村万里子さん(32歳)だ。中村さんは、2年前に結婚して東京に出てきた。夫は京都出身だが、東京で勤務している。中村さんにお話を伺ったのは、ちょうど新宿・伊勢丹デパートでの京都物産展に丹山酒造も出店し、長谷川渚さん、中村万里子さんの姉妹が揃って販売に来ていた時だった。

営業担当の姉、製造担当の妹

 中村さんも、高校を卒業してすぐに丹山酒造の営業を担当した。「妹は製造、姉は営業」と姉妹2人で家を継ぐことに決めたのは、自然な成り行きである。長谷川家には兄もいるが、早くから「自分は家を継がない」と宣言したそうだ。

 「営業としての私の初仕事は、お客様にうちの蔵元に寄ってもらえるよう、団体のバスツアーに売り込むことでした」と中村さんは言う。亀岡市の観光資源であるトロッコ列車の駅は、丹山酒造のすぐ近くだ。中村さんはある日、団体客を乗せたツアーバスが何台もトロッコ駅で待っているのを見て思いつき、旅行会社を1社ずつ回って頼み込んだ。19歳の時のことだ。

 今では、観光シーズンになると、1日に6~7台のバスが丹山酒造の蔵元に寄っていくという。その後酒店営業もし、10年前から京都駅そばのお土産センターにも丹山酒造の商品を入れるようになった。

 中村さんが東京に来てからは、日本貿易振興機構(JETRO)を通じて海外への足がかりもつかんだ。「ドイツで開催したフードフェアに、JETROに窓口になってもらって出店したのです。日本料理店の経営者がたくさん来て丹山酒造のお酒を試飲してくれました。非常に飲みやすいと好評で、京都ブランドはどこにいっても通用すると分かったのがうれしい発見でした」と中村さん。

 現在海外に輸出しているのは、前述の「飯櫃」と、シャンパンのような純米微発泡酒「JAPON」の2銘柄ほか、数種類だ。「高価格の大吟醸は、海外に出すとあまりにも高くなってしまうので、この2つが中心です。今は商社と組んで、ドイツ、米国、台湾、香港、シンガポールに出しています」。米国は、日本食とともに日本酒ブームだという。去年中村さんは、数回海外に出かけた。輸出商社は東京にあるので、東京にいる中村さんには、海外との仕事がやりやすい。

長谷川渚さんの姉、丹山酒造取締役の中村万里子さん(写真:皆木 優子)

 「せっかく関東にいるので、東では弱い西のお酒をもっと広めていきたいと思っています。最近また日本酒ブームが来て、伊勢丹さんの地下の売り場も日本酒のスペースが広くなりました」と中村さん。

 中村さんは、長谷川さんと一緒に次代の丹山酒造を担っていくパートナーである。物産展の会場に姉妹揃って並ぶ姿は珍しいそうだが、職人気質の妹と営業担当でしっかり者の姉という、とてもいい組み合わせに見えた。

 長谷川さんの今後の抱負を聞くと、「今までは、同世代の女性に飲んでもらいたくて、飲みやすさを意識してお酒をつくってきました。これからは、昔ながらのお酒の味を残していくことを考えていきたい。原酒や本醸造にこだわって、これまでと変わらずに日本酒一本で勝負していきます」という答えが返ってきた。

 熟練の杜氏にとっても酒づくりは1年1年が勉強であるというほど、奥深い魅力を持つ日本酒の世界。その精緻な「技」と微妙な味わいを次世代に伝えていくのは、科学やコンピューターではなく、こんな家族たちの力なのかもしれない。

取材雑感

 蔵元の美人姉妹は、意外なことに2人とも「お酒はあまり強くないんです」と言う。京都の人の言う「あまり強くない」は、どこまで額面通りに受け取っていいのか分からないが…。

 それでも、子供の頃から酒粕が好きで「粕汁」はよく食べるという渚さん。最近は蔵にこもるばかりでなく、営業に出かけたり、父と一緒に組合に出たり、地元の青年会議所の活動にも参加している。ちなみに「そういう場所で、“お婿さん”が見つかったりしませんか?」と尋ねると、少し考えてから「そうですね。でも、同じ跡取りでは困りますね」と小さな声で返事をしてくれた。


長谷川 渚(はせがわ・なぎさ)
1978年京都生まれ。丹山酒造4代目社長、長谷川敏朗氏の次女。丹山酒造5代目であり、全国でも珍しい女性杜氏でもある。滋賀県の日本醗酵機構余呉研究所、東京農業大学の研究生を経て、現在は杜氏として修業中。「利き酒師」の資格を持つ。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総研 HR人材開発センター長 大塚葉が担当した記事を再掲。