INAXが女性社員の活躍の場作りを強く意識するようになったのは、2004年初夏のことだ。「ある専務が、『日経ビジネス』で女性活用に関する記事(2004年5月17日号特集「女が破る会社の限界」)を読んだのがきっかけです」と話すのは、INAXのEPOCH女性活用推進室室長の桑原靖子さんである。

INAX経営管理本部 人事・総務部「EPOCH女性活用推進室」室長の桑原靖子さん(写真:皆木 優子、以下同)

 ちなみにEPOCH(エポック)とは、「Encouraging People and improving Organizational Capabilities for High Performance」の略で、「高い業績を実現する、人材と組織能力開発」の意味だ。

 「INAXには総合職、専任職、担任職と3種の職群があります。2004年当時は、職群制度の見直しを含む人事改革を進めている最中でした。そこに、女性活用の推進も組み込んだ抜本的な改革が必要だという認識が高まったのです」と桑原さんは言う。

 数カ月後に営業部門、生産開発部門、人事総務部門の10人から成る「EPOCHプロジェクト」を立ち上げた。メンバーは男性6人、女性4人が他薦で選ばれ、広告宣伝部ショールーム企画運営推進でショールームの設立担当をしていた桑原さんも、プロジェクトの発起人だった、当時の営業系専務取締役から指名を受けたのだった。

 このプロジェクトでは、社員の不満や社内の問題点を洗い出すための意識調査が始まった。同時に、女性社員が担う仕事の現状を把握するため、それぞれの部署の女性の役割を明らかにするマッピング作業を実施した。

 EPOCHプロジェクトメンバーは社外にも目を向けた。「女性活用に関するセミナーやフォーラムに出席し、他社の取り組みを研究しました。また、外部機関に依頼して新聞や雑誌の関連記事を集め、社会全体の傾向を追いました」

 プロジェクト発足後1年で、いくつかの課題が見えてきた。「まず注目したのは、管理職に就く女性社員の数の少なさでした」と桑原さんは言う。当時INAXには5300人の社員がおり、その3割を女性が占めていた。しかし、女性管理職は課長のポストに就いていた2人だけだった。

 「INAXには女性が活躍する土壌があるのに、女性管理職が少ないのはなぜだろう、と考えるようになったのです。当社における『女性社員を長期的な視野で育てて戦力化するという経営サイドの意識』と、『女性社員の仕事への意欲を向上させる社内風土』を検証し、さらに女性の活躍を妨げる具体的要因を探り出すことが課題として浮かび上がりました」

 しかし、このプロジェクトには弱点もあった。EPOCHプロジェクトメンバーはみな、各自の本業との兼務だったのである。「このため、様々な問題が浮き彫りになったものの、それを是正する作業はなかなか進まなかったのです」と桑原さんは当時を振り返る。


 こうした中、2005年10月1日に「EPOCH女性活用推進室」が人事・総務部内に正式設置され、女性の活躍推進、風土の醸成、阻害要因の解消を目的に据えた本格的な活動を開始した。室長には、プロジェクトの立ち上げから尽力してきた桑原さんが抜擢された。

 「まずは2つの具体的目標を設定しました。女性管理職の数を増やすこと。そして、職群の転換の流動性を高めることです」。女性管理職数は、「2010年に15パーセントまで引き上げる」という数値目標を掲げた。しかし社内からは、「女性を役職に登用すれば、問題が解決するのか」など批判の声も上がった。

 「15パーセント」という数字の根拠に関して、桑原さんはこう説明する。「管理職は、意思決定を行うポストです。そこに女性の数が増えれば、重要な意思決定にこれまでにない視点が取り入れられるはずだと考えました。これは、結果的には企業の競争戦略にもよい影響を与えると予測したのです」

 「もちろん、数字ありきの考え方ではありません。組織の中に多様な価値観を認める風土を醸成することが真の目的です。そうした風土が築かれた状況をシミュレーションした時、管理職の15パーセントが女性になっているはずだと試算したのです」

改革はトップダウンとボトムアップで

 こうした改革を推し進めるには2つのやり方がある。トップダウンとボトムアップだ。「トップダウンの戦略としては、社長をはじめ現役員の積極的なコミットメントが欠かせないと考え、社員へのメッセージの発信、具体的には全社大会や年初のビデオによる挨拶の場で、必ず女性活用推進の意思を示してもらうようにしました」

 ボトムアップの戦略としては、2006年8月からすべての管理職を対象に「ダイバーシティーマネジメント研修」をスタートした。「なぜ今、INAXがこの取り組みを進めるのかという基本的な考え方を、社内の隅々にまで理解してもらうことが必要でした。女性を活用するマネジメントスタイルが浸透しやすい土壌を築こうとしたのです」

 社内報やイントラネットでの情報発信も始めた。イントラネットの専用ページで、活躍している女性をロールモデルとして紹介している。キャリアを積んだ女性と入社5~6年までの女性が、交互に20人以上登場した。「トップページに写真を大きく掲載し、アクセス数増加にも努めています。最近は社員の間で、誰が紹介されていたかが話題に上ることも多いようです」。地道だが堅実な活動が少しずつ成果を生んでいることに、桑原さんたちは自信を深めている。

 女性管理職を増やすには、新たな人材を登用しやすいよう、人事制度に柔軟性を与える必要がある。「EPOCH女性活用推進室」の活動を含む今回の人事改革では、総合職、専任職、担任職の3種から成る職群の流動性を高める制度が組み込まれた。

 「今までも、キャリアの展望などを上司と年に1回話し合う機会はありましたが、今回はさらに、専任職、担任職に就く女性が中・長期にわたる希望を書面で伝える制度も設けたのです。また、担任職から専任職への転換については、担任職で意欲がある人を集めて説明会を開いています。専任職の課題の大きさを理解し、それに対する不安を解消することが目的です。これらの制度を、社内報でもアピールしました」と桑原さんは説明する。

 さらに2007年から、役職に就く女性と、それぞれの職場でグループリーダーの役割を担う女性社員を対象にした「リーダー研修」を行っている。研修内容は論理的思考やアサーションなどで、男性が大多数である現在の企業でどういう対応をしたらいいかを知り、自分らしさや優位性を表現する方法を考えるのが目的だ。

 男女差として顕著に表れるのは、右脳と左脳の使い方だという。男性は左脳を使う傾向があり、問題解決や論理的思考に長けている。女性は感情や感性をつかさどる右脳を使う傾向があり、イメージが先に立ちやすい。「この違いを知るだけでも、男性と一緒に仕事をする場においては役に立ちます」と桑原さんは言う。1泊2日の日程で年3回行われる「リーダー研修」の第1回には、役職に就く22人の女性のうち、15人が参加する。今回は役職者のみが対象だが、次回からは対象を全リーダーに広げる予定だ。

INAX営業管理部 営業情報企画室 提案情報課 係長の渡辺朋子さん

 営業管理部提案情報課の係長の渡辺朋子さんは、今回の「リーダー研修」の案内を受けた女性管理職の1人だ。1986年に女性総合職の第1期生として入社し、この4月に現在のポストに就いた。

 「今の役職に就く前の10年間も、リーダー的な役割を与えられていました」と渡辺さんは言う。「しかし、正式に肩書きがつけば立場が明確になり、仕事がしやすくなります。今の社会にはまだ、『男性が役職に就くのが当然』という暗黙の了解がありますよね。当社にEPOCHが設立されたことは、大変意義があると思います」。また渡辺さんは、「ただし、EPOCHが会社全体を引っ張っていくだけでなく、社員の一人ひとりが実務の現場で女性活用を広めていく必要があります」と付け加える。

 EPOCHの重要な作業の1つは、女性社員の妊娠、休職から復職するまでのマニュアル作りだ。体調管理や利用可能な制度の解説に加え、仕事の引き継ぎを円滑に進める方法など実務的な提案や、上司とのコミュニケーションなどメンタル面のアドバイスも盛り込んでいる。

 2児の母である渡辺さんは、妊娠、出産、復職を経験した。「INAXはいち早く育児休業制度を取り入れた会社で、もともと子供を持った女性が働きやすい風土がありました」と話す。渡辺さんは3カ月の産休と1年の育児休業を取ったが、一定期間働く時間を短くできる「育児短時間勤務」制度は利用しなかった。「当時、この制度利用者の前例がなかったことと、勤務時間を短縮すると総合職としての責任を果たせないのでは、という不安があったのです」と言う。

 しかし現在は、育児短時間勤務制度を利用できる期間が、「子供が小学校1年になるまで」と延長され、制度利用者はこの1年で54人に増えた。

 女性だけでなく、男性社員で育児休暇を取得した人もこの1年で3人となった。育児休暇を希望する男性に対する周囲の違和感も、薄れてきており、当人の上司や部下からは好意的に受け止められているそうだ。。「INAXは出産率が高い会社だと言われるようになりたいですね」と渡辺さんは微笑む。

 渡辺さんは出産後、営業部門から企画職に移った。比較的女性が多い部署で、部下には派遣社員、担任職、専任職と様々なバックグラウンドの社員がいる。意欲やモチベーションも異なるので、全員の気持ちを汲み上げることは難しいそうだ。「それでもEPOCHの活動が始まったことによって、それぞれの考えに対応しやすい環境が生まれています」と話す。「今後は女性社員のネットワーキングを強化することと、現在トライアル中であるメンターのシステムを広げることですね」と、EPOCHの今後の活動に期待を寄せる。

 女性活用推進から始まったINAXのダイバーシティーマネジメントは、順調な広がりを見せている。しかし、今後は高齢者、障害者、国籍が異なる人材の採用や就労への対応も大きな課題となっている。「私たちのプロジェクトの成功がモデルとなり、最終的には多様な価値観が存在する企業を実現したい。それは経営戦略にも、必ず良い影響をもたらすでしょう」と桑原さんは話す。

 また、会社の枠組みを超えたつながりも大切だと桑原さんは強調する。「自社の中だけで考えていては、限界があります。社外の様々なセミナーや勉強会などは、一企業の枠を超えてダイバーシティーのより有効な導入法や活用法を話し合える場です。そういったネットワークも大切にしたいですね」

 2007年の4月には、INAX本社がある愛知県で、INAX、中部電力、デンソー、豊田通商の4社が「中部ダイバーシティNet」を発足した。地元企業が連携し、ダイバーシティーを推進することを目的に設立された任意団体だ。桑原さんらEPOCHメンバーも、積極的に参加、推進していく予定である。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。