日本ヒューレット・パッカード(以下日本HP)における女性支援の歴史は長い。「1995年以前は『Come and Talk Women』というイベント運営を通して、ゲストを招いた講演会や男性社員を交じえたパネルディスカッションの開催など、女性の活動支援を行ってきました。しかし当時はまだ、ダイバーシティという言葉は用いられていませんでしたね」と語るのは、ダイバーシティ・キャリア推進部担当部長の川合昭子さんだ。

日本HP人事統括本部 スタッフィング・オペレーション本部 ダイバーシティ・キャリア推進部 担当部長の川合昭子さん (写真:皆木 優子、以下同)

 同社でダイバーシティという言葉が初めて正式に使われたのは、1996年だ。「人事部にダイバーシティの専任担当者が任命され、ダイバーシティについて学ぶため、担当者が半年間米国本社のダイバーシティ・チームに送りこまれたのです」

 以後、女性活用だけでなく、セクシュアル・ハラスメントに関する問題意識を高める取り組みや、日本で採用された外国人スタッフの孤独感を解消するネットワークグループも立ち上げられた。後者では、外国人が直面する困難の解消の手助けとなる福利厚生ハンドブックも作成した。また、障害者をサポートする「シードセンター」も2001年に設立した(後述)。

 「当時私は、福利厚生マネージャとして福利厚生制度を充実させたり、キャリアセンター長として社内制度のグローバル化、キャリア形成支援に携わる業務を担当していました」と川合さんは語る。こうして、性別、身体能力、人種、職務レベルの異なる人々が一つの会社を構成するというダイバーシティー本来の理念が、徐々に社内に浸透していったという。


ダイバーシティ・キャリア推進部の設立

 2004年5月、人事統括本部内に「ダイバーシティ・キャリア推進部」が正式に設立された。川合さんは当時をこう振り返る。

 「1996年以来、立場の異なった社員をサポートする取り組みが行われていたので、この推進部が設立されたことを、社員は当然のことと受け止めたようです。人事部内の一部の名称が変わったのかな、くらいでした。社内ではそうした土壌が既に醸成されていたのです」

 ダイバーシティ・キャリア推進部の立ち上げと同時に、「第1次3ヶ年計画」が立案された。米国本社からの要請もあり、この計画は女性活用の推進に力点を置いた。

 主要な4つの取り組みのうち1つ目は「メンタリング制度」である。人材育成に優れたミドルマネジメントの地位に就く社員がメンター(助言者)となり、マネジャー候補の女性社員にキャリアのアドバイスを行った。また、他の企業の社長などを迎えて、社内の女性社員に対してのメンタリングも試みられた。

 2つ目は、特にポテンシャルが高い女性を対象に「Realizing Your Potential for Women」というトレーニング・プログラムを設けたこと。女性社員が仕事のうえで困難に直面した時、何が原因であるのか考え、対策を講じる機会となった。また、このプログラムが女性社員同士の出会いの場となったことも成果の1つである。

 3つ目は、2004年3月に韓国ソウル市で開催された「世界女性サミット」への参加である。「世界女性サミット」は経済における女性の貢献向上を主な議題として、1999年以来毎年開かれている会議で、日本HPは2004年のサミットに8人の女性を送り込んだ。

 4つ目の取り組みは、2005年に女性社員が立ち上げた「ウィーメン・アット・ワーク・ジャパン(WAWJ)」というネットワークグループ(後述)への支援と中心メンバーの育成だった。「第1次3ヶ年計画の中で最も着実な成果を上げているのが、WAWJへのサポートです」と川合さんは言う。

ウィーメン・アット・ワーク・ジャパン(WAWJ)の誕生

日本HPコンサルティング・インテグレーション統括本部 技術本部 製造流通第二技術本部 第二部 部長の高野澄子さん

 WAWJの立ち上げに尽力し初代代表に就いたのは、コンサルティング・インテグレーション統括本部の高野澄子さんだった。「2004年3月の『世界女性サミット』に参加したことが、WAWJ発足のきっかけとなりました。どこの国でも、働く女性は共通した悩みを持っていることが分かったのです。外国の女性たちと問題意識を共有できたなら、社内の日本人同士それができないはずがないと考えたのです」

 メンバー同士が仕事上の悩みや課題を共有し、経験やノウハウを提供し合う場を設ける計画が立ち上がった。会社のサポートを得て2004年の5月から社内の女性たちに声をかけ始めると、前向きに仕事に取り組む人材から賛同の声が寄せられた。こうして翌年の2005年1月にWAWJが発足した。

 WAWJの1年目の活動は、2カ月に1回メンバー同士の会合を開くことから始まった。女性が元気に働き続けるスキルを身につけるために、タイムマネジメントやアサーティブコミュニケーションなどの基礎力をつけること、ストレス対処法やリラックス法など精神面を強化すること、自分のキャリアを形成することなどを、WAWJの活動方針の柱として掲げ、社内外から講師を招いた講演会を開催したり、メンバー同士で勉強会を開いたりした。

 「小さなグループで活動した方が目的を達成しやすいと考え、WAWJのメンバーがテーマごとに4つのサブグループに分かれました」と高野さんは説明する。

 最初のサブグループはコミュニケーションを受け持ち、なかなか顔を合わせる時間のないメンバー同士のネットワークを強化するためメルマガなど発行した。また、WAWJは会社から金銭的支援を受ける資格を得た組織であるため、活動の成果を会社に示す役割を担うサブグループとして、調査局が設けられた。他の2つは、仕事と家庭の両立やワークライフバランスを研究するサブグループ、それらの実践方法を立案するサブグループである。


 2年目からは、中心メンバーだけでなくすべての参加者が主体的に活動しなければならないという認識が強まった。「現在は3年目ですが、今も成長段階ですね」と高野さんは語る。WAWJの登録メンバーは現在60人強おり、定期的にミーティングに出席しているのは約30~40人だという。

 WAWJについて高野さんはこう語る。「通常の仕事とは異なった視点で活動できるので、視野が広がります。同じ会社の中でも全く異なる職種の女性社員と交流し、刺激し合えるというメリットも生まれています」

 高野さんはコンサルティング・インテグレーション分野で、長らくプロダクト・マネージャを務め、2004年にはピープル・マネージャに、その半年後には部長のポストに就いた。常に多くの部下を統括するポジションである。今年の5月からは部長職に専念しているが、それでも多くの人と関わり合う。「普段からできるだけ、一人ひとりと話す機会を持つようにしています。『調子はどう?』といった挨拶程度の会話であっても、各人の状況を把握しやすくなりますからね」と高野さんは語る。

 また、システムをデリバリーする仕事はクライアントに大きく時間を左右される仕事だ。高野さんは結婚はしておらず子供もいないが、それでも自分の時間を確保するのは困難だ。ネットワークがあれば同じ悩みを共有できる仲間に出会えるし、実体験から助言を与えることもできる。

 管理職として働く高野さんの姿は、若い女性社員の励みになっている。「私の場合、管理職に就くに当たって障害はありませんでした。でもこの先のキャリアの展望を描く時、女性の活躍に対する会社側のサポートがあることは心強いことです」と高野さんは言う。

 しかしすべての社員が管理職を目指しているわけではない。「技術の現場の仕事に専念したい人もいますし、プライベートライフを楽しみながらゆとりを持って働きたいという人も増えています」と、川合さんと高野さんは指摘する。フレックスタイム、短縮勤務、在宅勤務制度などが提供されているのもダイバーシティーというコンセプトの一部であろう。

 2007年度からダイバーシティ・キャリア推進部の目的は、リーダーシップポジションにおける女性の比率を上げることから、女性の採用比率を上げることに切り替わった。子育てと仕事を両立しやすい環境を整え、ワークライフバランスをさらに推進し、社員の定着率を上げることも視野に入っている。

 日本HPには女性の役員がいない。「この事実をアジア・パシフィック・リージョンの他のHP法人に話すと、驚かれてしまいます。できるだけ早く女性役員が生まれる土壌をつくることも、第2次3ヶ年計画の一部です。女性役員と女性社員の採用人数については、具体的な数値目標も掲げています」と川合さんは話す。

 また、同社で「部下を持ち、部長以上の役職に就く人」を管理職と定義した場合、女性管理職はまだ数パーセント。「しかし女性社員一人ひとりの仕事内容を見ると、数値にこそ表れてはいませんが、管理職相当の仕事を担える女性の層は確実に厚くなっています。これからが楽しみです」と川合さんは期待を込めて語る。

 ダイバーシティ・キャリア推進部では、2007年8月6日に「Women's Summit Tokyo2007」という会合を計画している。女性だけでなく、男性社員や他企業で働く女性を含めた300人が参加予定で、ダイバーシティーの推進や女性活用に関するディスカッションを行う。働く女性のネットワークの広がりが期待されている。

障害者のための職業訓練制度を積極的に整える

 前述のように、日本HPでは障害者への取り組みも早くから始めていた。会社で働くポテンシャルがありながら、技術を身につけたり、仕事の経験を積む機会がない障害者が少なからずいることから、2001年に「シードセンター」を設立。「弊社には特にコンピューターの技術を教える環境が整っています。また、学んだ技術を仕事の場で発揮するための仕組みも整備しました」と川合さんは説明する。当初は1年の契約で始まった障害者のためのプログラムだが、現在は2年に延長し、手厚い支援体制を敷いている。

 「私たちは、障害を持つ方々が本来有している力を生かせるようお手伝いをしていますが、そのことで私たちが学べることも多いのです。例えば、多くの社員が彼らと共に働くという経験を通じて、社会人としての視野を広げることができます」と、川合さんは力強く語る。

 女性社員への支援を基軸に据えつつ、日本HPのダイバーシティーへの取り組みは着実に広がりを見せている。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。