ソニーのダイバーシティー・プロジェクト「DIVI@ソニー」が発足したのは、2005年7月のことだ。中鉢良治社長とハワード・ストリンガー会長が全社的な改革プランを打ち出し、その一環として始まったのが女性の活躍の場を広げる取り組み「DIVI@ソニー」である。「DIVI」は、Diversity Initiative for Value Innovationの頭文字を取ったものだ。

 「DIVI@ソニー」のメンバーは、国内のソニーグループで働く女性管理職(課長職以上)で構成されている。メンバー全員がそれぞれの仕事と兼務で、このプロジェクトに参加する。議長を務める高松和子さんは、コンシューマーエレクトロニクスのソフトウエア開発を専門とするソニーの子会社、ソニーデジタルネットワークアプリケーションズの代表取締役である。

ソニーデジタルネットワークアプリケーションズ 代表取締役の高松和子さん(写真:山田愼二、以下同)

 「ソニーは長年、女性活用に関して進歩的な企業だと思われてきました。事実、私が入社した1974年には、課長補佐以上の女性が既にいたのです」と高松さんは語る。「しかし近年、多くの企業が具体的な数値目標を持って女性活用に力を入れる中、ソニーにはそのような活動がありませんでした。また、ソニー本社の女性管理職比率は海外の子会社より低いというデータもあり、後れを取っているのではないかという懸念が芽生え始めたのが、プロジェクト発足のきっかけの1つです」。2005年はソニーの業績が下降しており、会社活性化のために女性のパワーを活用しようという機運もあった。

 「DIVI@ソニー」には20人のメンバーがいる。2005年に、まず高松さんが議長に選ばれた。他メンバーの人選を人事部が行う際、高松さんは幅広いプロフィールの女性を集めるよう提言した。「ソニーは技術の会社なので、メンバーにエンジニアが含まれること、また未婚者、既婚者、子供がいる女性といない女性など、年齢や環境の異なる人をバランスよく選ぶよう、お願いしました」

 その直後、「DIVI@ソニー」は中鉢社長直轄プロジェクトとしてスタートを切った。旗揚げには、中鉢社長自身が出席するイベントを企画し、記念講演に当時IBMの取締役専務執行役員だった内永ゆか子さん(現在は同社技術顧問、NPO法人J-Win理事長)を招聘した。

 プロジェクトでまず、社内の男女の“差”を把握するために人事部データを検証したところ、男性に比べて女性の昇進が遅れていることが分かった。また、部下を持つポストである“統括職”と係長クラスの男女を対象に、アンケートやインタビューを繰り返した結果、いくつかの課題が浮かび上がった。

 「多くの統括職からは、『男女関係なく社員を平等に評価している』との回答を得た一方で、技術の現場からは『勤務時間が長く出張や赴任もあるため、家庭を持つ女性にチャンスを与えにくい』との答えがありました。管理職手前のポストの女性からは、『管理職の面白さが分からない』『管理職に就くことへのあきらめを感じている』という声も聞かれました」と高松さんは語る。

 アンケートやインタビューで明らかになった事情を正確に分析するのには、1年を要した。「結果を中鉢社長に報告するとともに、制度的なバックアップや研修の必要性を強く感じ、人事部に協力を要請しました」


 次に「DIVI@ソニー」は、女性管理職を増やすことを目的とした“草の根活動”を開始した、と高松さんは言う。

 「分野別に、3つのワーキンググループを作りました。1つ目は管理職に就く一歩手前の女性社員へのサポートです。職場から推薦された女性を対象に毎回20人の女性が出席して、仕事の悩み、家庭との両立、管理職への心構えや不安などについての座談会を、3回行いました。問題の掌握と共に、こうした場作りによる女性の意識向上も目的の1つです。『DIVI@ソニー』メンバーは、ディスカッションでリーダー的な役割を果たしました」

 2つ目の“草の根活動”は、女性管理職のネットワーク作りだ。管理職の女性が人脈を広げ、さらに活躍できる風土を醸成するため、2種類の会合を企画した。「まずは150人の女性管理職を対象に、フランクリン・コヴィー社が運営する『7つの習慣』のトレーニングプログラムを社内で実施。約20人の女性管理職が出席する研修を7回行いました」。自身の考え方や行動を振り返り、今後のキャリアにおいて継続的に目標を達成するための行動と習慣を体得するのが、この研修の目的である。

女性グループに少数の男性を入れる

 「2007年1月にはすべての女性管理職が出席する『DIVIマネジャーズ・ミーティング』という全社的な会合を開催しました。女性だけの会合を開くのは、おそらくソニー創立以来、初めてでしょう」。150人の女性管理職のほかに中鉢社長を含む約10人の人事部の男性が出席し、ソニーの将来の展望やダイバーシティーに関する講演を行った。「それまでは、管理職の会合といえば女性は少数派。でもこの時ばかりは、男性陣が逆の立場に立たされたことになりますね」と高松さんは微笑む。

 “草の根活動”の3つ目は、統括部長職で人事権を持つポストに就く男性に対して、女性が育つ土壌作りへの協力を呼びかけるものだ。「統括部長クラスの社員を6~7人招き、食事を交えてディスカッションする場を設けました。職場での男女比率や女性の活動の現状を尋ねると共に、女性の活躍が低調な場合には、その理由を聞き出しました。また、日頃の部下とのコミュニケーションの取り方、キャリア育成の状況を話し合いながら、今後のDIVIの活動のヒントを探りました」

 「『DIVI@ソニー』が立ち上がって2年が過ぎ、“草の根活動”の段階が終わったところです。今後は具体的な数値目標を掲げ、成果を示す活動へと移行しなければなりません。目標達成のために必要な計画と準備について、メンバーで議論しています」。「DIVI@ソニー」は、メンバーの半数が2年ごとに入れ替わる。現在新たな10人のメンバーを迎えたところだ。高松さんは、プロジェクトの活動が新たなステージにさしかかっていることを強く意識している。

 「ソニーは進歩的な会社」という社内外のイメージは依然として強く、あえて女性の活動を推進するプロジェクトに疑問を抱く社員も少なくない。「なぜ、今さら女性活用推進なのか」「女性ばかり集まって活動するのは逆差別ではないか」という声も上がった。

 そうした声に、高松さんはこう答える。「女性管理職の中には、自分は苦労して昇進したと感じていない人もいます。理解ある上司に恵まれ、責任感を持って仕事をしていれば、自然に昇格できる風土が当社にはありますからね。しかし、正当に評価してもらう活動や努力が必要なかったということは、裏を返せば意識改革の面で遅れているということでもあります。社員一人ひとりの意識を変えることが課題なのです」

 セミコンダクタテクノロジー開発部に所属する大岸裕子さんは、「DIVI@ソニー」の創設メンバーの1人だ。1991年入社以来、厚木のテクノロジーセンターでエンジニアとして半導体の開発に取り組む。「DIVI@ソニー」に加わる直前に管理職になった大岸さんは、当時最も若かった。

 「最初に『DIVI@ソニー』に参加しないかと声がかかった時、興味を持ちました。それまで自分が働く職場で、女性管理職に会ったことがなかったからです」。そもそも、女性エンジニアは圧倒的に少ない。「さらに言えば、私の所属部門で子供を持つ女性エンジニアは私だけです」

 テクノロジーセンターには、半導体デバイスの試作ラインがある。試作ラインは24時間稼動しているため、この管理のためエンジニアは深夜や休日のローテーションを組む必要がある。女性にとってハードなのはもちろんだが、子を持つ女性は時間調整も大変になる。

「子持ちのエンジニア」という前例を作る

 「1994年に最初の子供を産んだ時は、周囲からは『子育てしながらエンジニアを続けられるの?』と、どちらかというと批判的な目で見られたこともありました。しかし、結果的に仕事を続けたことで、子育てしながらでもこの仕事を続けられることを証明したわけです」と大岸さんは話す。

半導体事業グループ セミコンダクタテクノロジー開発本部 イメージャプロセス部 開発4課 デバイスマネジャーの大岸裕子さん

 その頃、社内の育児休暇制度も急速に整備されつつあった。「最初の子を産んだ時、取得できる育児休業は子供の最初の誕生日まででしたが、5年後の2人目の時は、1歳を迎えた年度末までに延長され、育児短時間勤務制度も設けられました」

 大岸さんにとって、管理職に就いたことで得られた最大のメリットは、視野が広がったことだと言う。「それまでの仕事は、自分が担当する部品の技術だけに集中していました。しかし管理職になってからは、プロダクトの製作工程全般に関わることで様々な立場の人と交流し、大きな目で仕事の流れを捉えられるようになりました」

 「DIVI@ソニー」は発信の場としてウェブサイトがあり、メンバーはメーリングリストで連絡を取り合うが、目に見える“事務局室”があるわけではない。メンバーは皆本業との兼務で活動を続けている。「時間のやりくりも大変ですが、通常業務と全く違う次元のことを考えなければならないので、頭の切り替えも必要になります。専任者からなる組織を作ればより効率的に活動できるでしょう。しかしそうして生まれた提言は、社内の各現場から受け入れられない可能性があります。現場感覚を大事にする兼任者のメンバーならではの強みを生かして、提言し続けたいと思っています」と高松さんは語る。

 「『DIVI@ソニー』の最終目的は、女性の活動推進だけでなく外国人や障害者の方々がキャリア形成を行いやすい環境や制度を整えることです。そのためにも、表面的な改革にとどまることなく、風土改革を進めたい。日本で採用された社員の中から、女性役員が継続的に出てくるような会社にしたいですね。そのための下地を作ることが、『DIVI@ソニー』の役割です」と、高松さんと大岸さんは力強く結んだ。


日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。