(前編から読む)

 ビジネスにおいて大切なことは何だろうか。膨大なマーケティング調査か。それとも、一流のスタッフを揃えることか。…跡取り娘の取材をしていると、経営者の強い「想い」がベースにあることこそが一番大切ではないか、と感じることが多い。

 …「綾子さん自身は、どんな旅館を作りたいのですか?」。旅館のリニューアルにあたり、コンサルタントになった飯野賢治氏が、現在の「時の宿すみれ」3代目となる黄木綾子さんに尋ねたのは、この「想い」の部分だった。

3代目の黄木綾子さん(写真:エルスタジオ 尾苗 清、 以下同)

 黄木綾子さんはそれまで、「すみれプロジェクト」の他のメンバーの意見を尊重し、協調性を大事にしながら話し合いを進めてきた。あまり、自分の意見を強く主張することがなかったのだ。しかし飯野さんの発言で、初めて黄木さんは「自分の想い」と向き合うことになる。

 「どんなお客様に来てほしいのか?」という問いに、最初に浮かんだのが「おふたり様」だった。「この旅館には、大切な人と2人で来てほしい。そして『おかげさまで、いい時間を過ごすことができました。ありがとう』とお客様に言っていただくのが自分にとって一番幸せなことなのだ、と思ったのです」

 さらに飯野さんは、黄木さんに問いかける。「お客様は何歳ぐらいの人?」「夫婦、またはカップルで、30~40代より上くらい」「それは、どういう人ですか?」「毎日が忙しくて、明けても暮れても仕事ばかりで、休みもいつ取れるか分からない人。そんな人が、やっと取れた2人の時間を過ごし、お互いの理解を深めていただく場所にしたいんです」。…まさに、イメージワークだ。黄木さんと飯野さんが話をして紙に落とし、その繰り返しでさらにイメージを深めていく。飯野さんは黄木さんの「想い」を引き出す手伝いをしてくれたのだ。

 「じゃあ、2人専用の宿にしたらどうですか」。飯野さんのこの一言で、「おふたり様専用宿」はスタートした。従来の「1部屋に客が多く泊まるほど儲かる」というスタイルの旅館には、わざわざ客数を減らすような発想はなかった。「客単価が稼げなくてもったいない」というのが、常識的な考え方だったのだ。

 「プロジェクトのメンバーの中では、『2人宿』にピンとくる人は、飯野さんと私しかいませんでした。でも、飯野さんは『そのコンセプトを、もっと尖らせるべきだ』と教えてくれました。飯野さんがいなければ、今の形はなかったと思います」


 周囲からは「いかがわしいカップルの宿のようだ」という声があった。黄木さんの弟も、最初は反対した。「でも『2人』というのは、カップルだけではない。女同士、親子など、様々な『2人』がいるはずです。一番大事なのは、『すみれ』を知っていただき、たくさんのお客様に来てもらうこと。そのためには、目立つことが必要です。『2人宿』というコンセプトには、話題性があると思いました」

 その上黄木さんには、米沢牛のブランドがついている。「2人専用で、その宿では米沢牛づくしの料理しか出ないんだって」。そんな評判がたてば、遠くからのお客様も来てくれる。

(注)飯野賢治:ゲームクリエイター。1995年に発売したゲームソフト「Dの食卓」が全世界で100万本セールスを記録し、「マルチメディアグランプリ'95 通産大臣賞」を受賞する。

宿のお食事処。写真のカウンターのほかに、2人用の半個室もある

 米沢牛を一番おいしく食べるには、まず鉄板焼きだ。オープンキッチンの鉄板焼きカウンターも作りたい。そのうえ懐石のコースにして、あらゆる形で米沢牛の料理を提供したい。また、1部屋ずつ料理を運ぶいわゆる「部屋食」が小さな隠れ宿のイメージだが、「すみれ」はあえてお客様に「お食事処」に足を運んでもらう。「米沢牛懐石というアイデアは、最初からイメージにありました。サービスも1品ずつ。そうなるとスタッフの数も限りがあるので、やはり団体客はあり得ない」

 黄木さんの提案は、ユニークなだけに皆にイメージを伝えるのに苦労した。しかし、一度土台が固まると、あとはどんどん形になっていく。


 デザインは青山のUDAに依頼し、インテリアは山形県の高級木製家具メーカー「天童木工」や、「IDEE(イデー)」「ADCORE(エーディコア)」などを採用。ロビーには、1人がけのソファを直角に配置した2人用の席だけを作り、食事処の鉄板焼きカウンターや個室は、ルーバーという木のパーティションを多用し、見えそうで見えないプライベート空間を確保した。

 館内に小さなワイナリー「酒蔵」を設け、食事の前に客が立ち寄ってワインや地酒を自由に選べるようになっている。セラピストは常駐ではないが、バリの小さなサロンのようなアロマセラピールームもある。風呂は男女用の2つのほか貸し切りの露天風呂を2つ増設した。

 「旅館の経験はあるとはいえ、事業計画書を持って銀行に行くのは初めての経験でした。2005年10月に何とかオープンにこぎ着けましたが、直前は工期が間に合いそうもなく、眠れない日々が続きました。オープン直後も、備品が足りなかったり…。スタッフがスムーズに動けるようになるまで、数カ月はかかりましたね」


 こうして2005年10月、「健康の宿すみれ荘」は「時の宿すみれ」としてリニューアルオープン。結果的には、小さな宿なりに明確にターゲットを絞りこんだことがプラスに作用した。2人客のみだと、すべてに無駄がないのだ。「2人客だけに対応すればいいので、団体への対応や部屋の割り振りなどの業務が激減します。子供用の食事やグッズを用意する必要もありません。スタッフも迷いなく2人連れのお客様へのサービスに集中できるので、オペレーションもスムーズです。現在スタッフは正社員8人とパートで、全部で10人ほどです」

 食材にも無駄がない。夕食は、12種類の料理のうち10種類に米沢牛が使われる。トレーサビリティで固体識別番号がついている、1頭買いした牛が、毎日「米沢牛黄木」から届く。1頭まるごとなので、ほんの少ししか取れない希少で珍しい部位も含めた10種類の部位を、様々な料理にして提供できる。

 メイン料理はステーキ、しゃぶしゃぶ、すき焼きから選べるが、他の料理は「牛肉にはこんなに様々な料理法があるのか」とびっくりするほどバラエティに富んでいる。夕食朝食付きで、1泊1万8000~2万6000円の客単価。首都圏から来たお客は「こんな料理が食べられれば、宿代はタダのようなものですね」と、その値頃感に驚くという。バックに米沢牛の会社がついているからこその、他の宿には真似できない差別化である。

宿の自慢のコース料理。ほとんどの料理に米沢牛の様々な部位を使っている
ステーキ用の肉を手にしたシェフ

 告知などの営業については、旅行会社に頼る従来の方法ではなく、ウェブサイトとウェブマーケティングを充実させた。特に旅館のウェブサイトは、「どこよりも目立つ、操作性のいいものを」とこだわった。サイトは、「おふたり様」「米沢牛づくし」「貸切露天風呂」というキーワードで検索した時に、検索エンジンの上位に表示されるよう工夫されている。

 雑誌への宣伝も怠らなかった。「オープン前は毎週、『東北じゃらん』(東北エリアの旅行雑誌)に広告を出しました。まず近県に宣伝したかったのです。また、最初は稼働率が35%程度でしたが、『大人のいい旅』に広告を出してから予約が増え、女性ファッション誌からの取材も相次ぎました」

 2006年はテレビへの露出も増えた。2人宿、ブランド食材などのテーマでの取材が多い。旅館のコンセプトを明確にしたことが、ここでも大いに功を奏した。「テレビの影響はすごいですね。収録した番組の放映時間にテレビを見ていると、すぐに電話が鳴り出して応対が間に合わないほど。10日ほど電話が鳴りっぱなしになりました」


 当初銀行に提出した事業計画書には、「稼働率6~7割目標」と書いたところ、担当者に「大丈夫ですか?」と危ぶまれたこともある。普通の旅館は、稼働率4割から始まるそうだ。ところがリニューアル2年目の2006年11月以降は、平均客室稼働率90%を達成。部屋数10室、平均客単価は約2万円だから、年商約1億5000万円の宿ということになる。

風呂上がりに、と用意された冷たい井戸水。案内の文字は黄木さんの手書き

 「おかげさまで、事業計画は2年前倒しになりました。ほっとしましたが、一番うれしいことは、おふたりが心からくつろいでいるのが私にも日々伝わってくること。おふたりの大切な時間を提供できていると、日々実感できることがとても幸せです」

 記念日や誕生日に泊まりに来たお客には、デザートプレートをデコレーションするサービスもある。夫が妻に内緒でサプライズの結婚記念日を演出した時は、妻が感極まって泣き出すということもあったそうだ。「時の宿すみれ」に泊まることが、これまでの2人の時間を「思い起こしてもらう旅」になればいい、と黄木さんは思う。


 しかし「おふたり様」というコンセプトを厳格に守るのは、かなり難しいことでもある。最初筆者は、「2人部屋」なら知り合いの夫婦2組や4人連れの女性同士が2部屋に分かれて泊まれると思っていた。しかし「時の宿すみれ」では、こういったお客も、(予約時点で分かれば)「基本的には2人宿なので、受けないこともある」という。これを聞いて少し驚いた。

 高所得層の女性グループで、海外のリゾートホテルや有名旅館を制覇している人は多い。欧米ほどカップル文化ではない日本では、女性同士のグループ客は観光業には欠かせない「優良顧客」だ。旅館として、こういったグループを切り捨てるのは、かなり思い切ったことではないか? 

 「インターネットで予約なさったお客様で、チェックインの時に『実は他の1組と知り合いなので、食事だけは一緒にしたい』とおっしゃる方がいらっしゃいます」と黄木さん。そんな時はどうするのか。「なかなか言い方が難しいのですが、こんなふうにお願いしています」

 食事処は、2人ずつの個室のパーティションを外して4人室にすることはできる。しかし、ロビーなどの共有スペースでは、原則として椅子は2脚1組に並べてあるので、「この椅子は動かさないでほしい」と頼んでいる。また、こうした客には、部屋でくつろぐ時もなるべく声のトーンを落とすようお願いする。「グループになると、どうしても『にぎやか』な感じになってしまうのです。ある時、お知り合い同士の2組のお客様が夜話されている声に、他の部屋から『ちょっと昨夜はうるさかったわね』と苦情が出たことがありまして…」

 2人と4人では声の大きさが違うと言われて、ハッとした。「時の宿すみれ」では、どの部屋にもテレビが置かれていない。備え付けのドライヤーも、静音性の高いものを選んでいる。「音」にはそれだけ気を使っているのだ。「2人の時間をゆっくり過ごしたい、という目的の方が泊まる宿です。それを分かってくださるお客様を主軸に考え、安心してくつろいでいただきたいのです」

 「おふたり様」宿というコンセプトを、表面上真似できる宿はあるかもしれない。しかし、そうはいっても「客商売」である。「時の宿すみれ」ほど厳密に、しかもお客様に失礼にならないように貫くのは、繊細な応対が必要となる。

 しかし黄木さんがここまで「2人宿」にこだわるのは、根底に「想い」の強さがあるからだと思う。「大切な人との時間は永遠ではない。だからこそ大事なのだ」と知っている、大人の女性が隅々まで心を配った宿。「おふたり様」への黄木さんの「想い」が、形になったのが「時の宿すみれ」のサービスなのだ。

 そういえばすべての部屋だけでなく、この館内には時計がひとつもない。時計がないのに、「時の宿すみれ」と名づけたわけを聞いてみた。

 「時を忘れ、2人だけの特別な時を刻む…。それで『時の宿』なんです」と黄木さんは微笑む。「すみれ荘」の「すみれ」を残したのは、「祖母の想いを遺したい」という気持ちからだ。祖母から娘、そして孫娘へと、すみれの「時」はつながっているのである。


黄木綾子(おうき・あやこ)
1965年、山形県米沢市生まれ。80年以上の歴史を持つ「米沢牛黄木」を営む黄木昭夫さんの次女として生まれる。1985年に東京観光専門学校を卒業後、実家の旅館「すみれ荘」で働いた後、上京し、東急リロケーションに勤務。結婚後米国在住を経て、2003年に米沢に戻り「米沢牛黄木」のレストラン「金剛閣」を経て「すみれ荘」で再び働く。2005年3月、黄木コーポレーション代表取締役に就任。同年10月「時の宿すみれ」をリニューアルオープン。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総研 HR人材開発センター長 大塚葉が担当した記事を再掲。