NTTドコモは2006年7月に、人事育成部内に「ダイバーシティ推進室」を設置した。室長には、販売部で担当部長を務めていた川崎博子さんが就任し、2人のスタッフとともにダイバーシティー推進に取り組むことになった。ダイバーシティ推進室が設置された背景を、室長の川崎さんはこう話す。

NTTドコモ ダイバーシティ推進室 室長の川崎博子さん(写真:山田 愼二、以下同)

 「現在、携帯電話市場に目を向けると、利用者のプロフィールは多岐にわたっています。性別や年齢も様々で、ビジネス、プライベートと目的で使い分ける人もいれば、音楽やゲームなどを楽しむ人もいます。熾烈なシェア競争に加え、iPhone(アイフォン)やSkype(スカイプ)といった新たな競合も出てきている。こうした動向に対応するには、我々自身にも多様性を内包していくことが必要です。それが、企業としての強みにもつながるはずだと考えました」

 また、同社の女性社員の平均年齢はおよそ32歳。これから結婚や出産を迎える女性たちが増えていく中で、彼女たちのキャリア形成をどう考えていくかといった、社内的な課題もあったという。

 「そこでまず、女性のキャリア開発支援、ワークライフバランスの推進、ダイバーシティーの定着という3つの施策を掲げました」

 これらの施策の実現に向けて、ダイバーシティ推進室と連携しともに活動するワーキンググループ「Win-D(Women's Innovative Network in DoCoMo、以下ウィンド)」も同時に発足させた。部署や役職の異なる女性社員13人が、本来の業務と兼務する形だ。いずれも中村維夫社長から任命された。

 ネットワークテクニカルオペレーションセンター担当課長の和田あずささんも、ウィンドのメンバーに選ばれた1人だ。NTTドコモの女性社員の割合は、全従業員数の15%と意外に少ない。さらに和田さんは、これまで無線ネットワーク開発部など、周りを見渡せば男性ばかりといった環境でずっと仕事をしてきたという。現在の部署で主査以上の役職に就く女性も和田さんだけだ。

 「私は技術系ということもあり、周りにはほとんど女性がいませんでした。ほかの部署の女性と話す機会もあまりなかったので、ウィンドのメンバーと集まって話をした時には、新鮮に感じました」と和田さん。川崎さんも、「ダイバーシティ推進室ができてすぐに、面識のない女性社員数人から、ダイバーシティー推進の専任部署ができたことへの喜びのメールが届きました。会社の取り組みに対する、女性たちの期待の大きさを実感しました」と話す。


 ダイバーシティ推進室とウィンドでは、まず四半期に1度を目安に、女性のキャリア開発を考える「ウィンドフォーラム」を開催することにした。第1回は昨年10月に、第2回は今年2月に実施。社内会議で告知し各組織に女性の参加を促すほか、イントラネットで全女性社員に参加を呼びかけたところ、それぞれ200人近くが東京本社に集まった。フォーラムでは、ウィンドのメンバーを中心に、これまでのキャリアをどう築いてきたか、今後のキャリアをどう考えていったらいいのかといった意見交換が行われた。

 第3回は6月に、主に女性の役職者を対象にフォーラムを開催。オークション・ショッピングサイト「ビッダーズ」などを運営する、ディー・エヌ・エーの南場智子社長に講演を依頼した。南場さんは大手コンサルティング会社、マッキンゼーのパートナー(共同経営者)を経て、1999年にディー・エヌ・エーを起業。2005年には東証マザーズ上場を果たしている。

NTTドコモ ネットワークテクニカルオペレーションセンター 担当課長の和田あずささん

 「南場さんの事業を成し遂げる実行力や意志の強さは、今後キャリアを築いていこうとしている女性たちにとって、とても刺激になったようです」と、川崎さん。和田さんは、講演に参加したかったと話す男性部下の声も多く聞かれたとのことで、「今後は女性に限らず、幅広い層の社員に向けた企画も考えていきたい」と話す。

 そのほか、イントラネットのダイバーシティ推進室のサイトでは、様々な部署で活躍している女性をロールモデル(お手本)として紹介し、仕事内容や後輩へのメッセージなどを掲載している。

 「ワークライフバランスの推進」では、出産・育児休職、介護休職などの諸制度を分かりやすく解説した冊子を制作した。川崎さんは、「単に制度を紹介するだけでなく、取得する際の心得や、申請を受ける上司としての心構えなども盛り込み、実際に“使える”制度となるよう工夫しました」と話す。

 また、NTTドコモでは年間100人を超える女性社員が出産・育児休暇を取得するため、休職の前後には、引き継ぎや復帰後の働き方についてなどの不安がないよう、面談を実施している。面談は本人と上司だけではなく、ダイバーシティ推進室を交えた3者で行い、話し合いがスムーズにいくよう配慮している。

 「ダイバーシティーの意識定着」に関して、これまでの取材では、中間管理職層の男性の意識改革が難しい、という声が多く聞かれた。だが、川崎さんは「この点にあまりフォーカスすると、相手を否定してしまう懸念があります。個人の価値観や人生観は、いろいろです。例えば管理職の男性が『女性は結婚して家庭に入り、子供を産んで育てるのが幸せだ』という価値観を持っていても、それはそれで一つの考え方だと思います」と言う。

 一方で「しかし、だからといってその価値観を仕事の場でも押しつけ、女性に成長の機会を与えないようなことがあってはいけない。プライベートとビジネスでの切り替えは必要です。そのためにはまず、ダイバーシティー推進は企業戦略の一環だという意識を浸透させていくことが重要です」とも話す。


 広報部が発行する社内誌「Alles」2007年3月号では、「多様性が認められる企業風土に」と題した特集を組み、中村維夫社長と、同社で初の女性執行役員となった井手明子社会環境推進部長との対談を企画。ダイバーシティーを推進する意義を明確に示した。

 2007年2月には、3つの施策に対する理解を深めていくため、1カ月にわたってeラーニングを実施した。これはイントラネットを活用した学習システムで、ダイバーシティ推進室が中心となってプログラムを考案。社員は自分のパソコンから都合のいい時にアクセスして学習することができる。

 その内容を、川崎さんは「eラーニングは女性、男性、一般職、管理職の別なく、全社員を対象としました。ダイバーシティ推進室の男性課長が講師のキャラクターとなり、キャリア形成やワークライフバランス、ダイバーシティーに対する考え方を、実際の職場でどう実行していけばいいのか、また上司はどうサポートしていけばいいのかを指南する一方、自由に意見を書き込んでもらうプログラムも用意しました」と説明する。

 キャリア形成の考え方では、現在の職場での成長が次のステップアップにつながること、そのためには今何をすべきかを、上司と話し合っていくことが大切である。一方で上司も常にそれを意識する必要がある。例えば部下に仕事を任せる時、つい頼みやすい部下にばかり依頼していないかなどを考えさせ、本人の能力と業務のバランスを見て公平な機会を与えるよう促すなど、マネジメントに関するプログラムも重視している。

 自由記述欄には、「ダイバーシティーへの取り組みは女性だけでなく、男性も一緒に考えていくべき問題だ」「女性にばかりフォーカスするのはおかしい」といった意見も寄せられた。川崎さんは、「人種や文化、言語といった問題が壁とならない日本では、マイノリティーの中のマジョリティーである女性の問題から考えているのであって、決して女性を優先しているわけではありません」と強調した。「今後もeラーニングでの取り組みは、こうした疑問に答えていきたいと思っています」

 今年に入ってウィンドでは、毎月1回、女性社員のネットワーク作りのための活動をスタートさせた。「ウィンドフォーラムは四半期に1回の開催なので、もっとしばしば情報交換を行う場を作るためです」と和田さん。川崎さんは、「女性のキャリア開発を考える時、ネットワーク、ロールモデル、メンターの3つがあると成長につながり、困難にぶつかった時にも乗り越えていく力になります。男性は企業の中で、比較的苦労せずにこうした人間関係を構築していきますが、数の少ない女性はそれが難しい。そこで、会社が組織的にネットワーク作りを進めることで、キャリアを考えていくうえでの支えになることを期待しました」と話す。

 現在は「キャリア形成」「モチベーションの維持」「仕事と家庭の両立」といった特定のテーマを設定し、それらに関心の高い女性約30人が、このネットワーク作りの会に参加しているという。参加者はテーマごとにグループを作り、各グループにはウィンドのメンバーも数人ずつ分かれて加わる。

 「キャリア形成」を担当する和田さんは、管理職になることへの不安を話す参加者には、「管理職として問われるのは、あくまでも能力や度量。初めは女性上司に違和感を抱く部下もいるかもしれないが、仕事をしていく中で納得してもらえるはず。むしろ、女性ということで取引先に覚えてもらいやすいというメリットもあるので、発想を転換してみては」といったアドバイスをしている。

 「仕事と家庭の両立」のグループでは、出産、育児を経験しているウィンドのメンバーが、出産・育児休暇を取る際の引き継ぎの方法から、家庭内での体制作りの秘訣、保育園や小学校に入る際の準備といった具体的なノウハウを伝えている。

 「参加者からは『様々な局面を乗り越えてきた実体験を聞くと励みになる』『いろいろな人の意見や価値観に触れることで、新たな気づきが得られる』といった声が寄せられています」と川崎さん。和田さんは「女性は何か問題を抱えたり悩んだりした時に、異性の上司には話しづらいこともあるでしょう。私自身、身近に女性の上司がいなかったので、誰に相談したらいいのか分からず困ったことがありました。また、今でも以前の部署の女性部下から相談を持ちかけられることもあります。こうしたネットワークが広がって、身近に相談できる仲間や先輩ができていくといいですね」と話す。

 また、「今後はウインドのメンバーに男性に加わってもらっては、と思っています。参加者からも、男性の意見が聞きたいという声が上がっています」と和田さん。川崎さんは、「ウィンドフォーラムの講演会でも、次回は男性経営者の視点から、ダイバーシティー推進の重要性を話してもらいたいと考え、準備を進めています」と言う。

 NTTドコモがダイバーシティー推進に取り組みだしてからまだ1年。川崎さんは、「ダイバーシティー推進は、1年や2年で何かが大きく変わるほど、たやすい課題ではありません。すぐに結果が見えなくても、5年先、10年先を見据えて、企業の強さに結びつけていくことが重要です。今は、そうした長い目で見た時に、どんな種を撒いておけばいいのかを、しっかり考える時期だと思っています」と話す。まいた種はやがて芽を出し、どんな花を咲かせるのか――それにはまだ、多くの可能性が秘められている。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。