世界57カ国で事業を展開するジョンソン・エンド・ジョンソンがダイバーシティー活動に力を入れ始めたのは、2002年、ウィリアム・ウェルドン氏がCEO(最高経営責任者)に就任してからだ。「ダイバーシティーに関して先頭を走る企業にしようと、CEOが宣言したのです」。そう語るのは、同社日本法人のジョンソン・エンド・ジョンソン・メディカルカンパニーで、「ダイバーシティ&インクルージョンオフィス」のオフィスマネジャーを務める大島恵美さんである。

人事総務本部 人事部 企画グループ兼 ダイバーシティ&インクルージョンオフィス マネジャーの大島恵美さん (写真:山田 愼二、以下同)

 この宣言を受け、各国の拠点でダイバーシティー推進運動が始まった。日本のジョンソン・エンド・ジョンソン・メディカルカンパニーでは、2003年、人事総務部のスタッフが中心となってダイバーシティ・プログラムを導入することを決定した。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンは事業別に3つのカンパニーに分かれる。メディカルカンパニーはその1つで、医療品の輸入と製造販売を手がけ、売上高は全体の82パーセントを占める。 他の2つは、バンドエイドやベビーローションなど一般消費者向け製品を生産販売するコンシューマーカンパニーと、使い捨てコンタクトレンズのアキュビューを輸入販売するビジョンケアカンパニー。各カンパニーが異なる分野のビジネスを展開しているため、ダイバーシティー運動も個別に推進することになった。

 大島さんは活動のスタート時点をこう振り返る。「人種、言葉、宗教などが異なる社員を認め合うことをダイバーシティーの目標に定めた国が多かったようですが、日本ではそのような問題が少ない。調査すると、日本は女性社員比率が最も低い国の1つだと判明しました。そこで私たちは、女性比率を上げることを第一の目標としたのです。それと並行し、障害者雇用への対策を掲げて活動を開始しました」

 当時の女性比率は、中国や米国、オーストラリアなどの法人では50パーセント前後だったのに対して、日本は23パーセントだった。そこで大島さんたちは、2006年までの3年間に女性比率を35パーセントに、女性管理職はそれまでの14パーセントから25パーセントに引き上げる数値目標を設定した。同社の管理職とは、リーダー(日本企業の係長と課長の中間あたり)以上の役職である。ボードメンバーと呼ばれる経営委員会については、それまでの8パーセントから25パーセントに引き上げる目標を立てた。

 「明確な数値目標を設定すれば、真剣に取り組まざるを得ない状況が生まれますからね。特に我が社は製品営業を主な事業とするカンパニーなので、数字を提示されると意欲がわくという営業マン気質があるのかもしれません(笑)」と大島さんは説明する。

 昨今の日本の医療業界を見渡すと、女性が確実に増加しているのが分かる。例えば2004年には既に、医師国家試験合格者の24パーセントを女性が占める(厚生労働省調べ)。大島さんはこう解説する。「女性医師の数が増えているうえに、看護士の大多数は女性です。病院など医療器具販売の営業現場では、商談相手が女性というケースも珍しくない。そうした面からも、女性比率引き上げを目標としたことは自然な流れだったと思います」


 女性社員の活用を促進するに当たって、ジョンソン・エンド・ジョンソン・メディカルカンパニーは4つの柱を立てた。

 まず、前述したように女性比率を積極的に増やすことだ。2007年度の新卒採用者は、30人中16人が女性となり男性の数を上回った。

 2つ目は、優秀な女性社員のさらなるスキルアップに取り組むこと。一般女性社員を対象に「内なるリーダー性の目覚め」をテーマにした研修を、女性リーダー向けには「女性管理職を増やすためにできること」を考える研修を実施した。

 3つ目は、女性が出産や育児を理由に退職しないよう、子育てをしながらでも働きやすい環境を整える育児支援策、そして4つ目は、全社員の意識改革である。新しく設けたダイバーシティー関連の制度を利用しやすくするためには、対象者や推進部門だけでなく、会社全体の意識を変える必要があると考えたからだ。

「お迎えの交通費」に充ててもいい、ユニークな支援金制度

 育児支援策のユニークな制度の1つに「チャイルドケア支援金」がある。「1カ月以上の育児休職を取得した社員を対象に、子供が小学校に入学するまで育児補助金として年間30万円を支払う制度です。育児に関する出費なら、内容は問いません。例えばベビーシッター費や、子供を保育園に迎えに行くタクシー代に使ってもいいのです。子供の面倒を見てもらうために遠方の両親に来てもらった時の交通費として使った社員もいます」と大島さん。この制度は好評を得ており、ぜひ継続してほしいとの声が多数届いたという。

 育児や介護のため出勤できない場合、年間20日まで在宅勤務が認められる「フレキシビリティSOHO Day制度」もある。「子供が熱を出したら、母親は会社を休まざるを得ません。しかし実態は、会社を休んでも家で子供を看病しながら仕事を続けている人が多いのです。その仕事が正式業務として認められるなら、周囲に気兼ねせずに会社を休むことができます。もちろん、そうした効率のよさは会社にとってもメリットがあるわけです」と、大島さんは説明する。

 これらの制度により、会社が女性を真剣にサポートしているということが全社員に浸透した。その結果、女性の定着率も上がったと大島さんは言う。「現在、子育て中の女性社員にも、これから子供を産もうと思っている人にも安心感を与えているようです」

 4つ目の柱である全社的な意識改善の活動を担う組織として、2004年にウィメンズ・リーダーシップ・イニシアティブ(以下WLI)を設置した。「ダイバーシティー推進運動はカンパニーごとに活動しますが、WLIは日本にある全カンパニーの代表者が参加する横断的な組織としました」と大島さんは説明する。WLI は通常業務とは区別されるボランティア的な活動だが、グループカンパニーやグループ企業ごとに予算がつくなど、経営側のバックアップがある。

 ジョンソン・エンド・ジョンソンでは毎年6月を「ダイバーシティ・WLI月間」と定め、毎年異なるテーマを掲げ様々なイベントを企画している。2006年はロールモデル(お手本)となる女性社員や外部の講師を招聘して講演会を行った。2007年は「営業職の女性」にフォーカスし、地方の営業所にまで出向いて交流会を行った。女性のネットワークを強化し、情報交換の場を提供するのもWLIの目的の1つだという。

 WLIの活動を通じて得られた意見を参考に、各カンパニーの人事部は女性活用推進に関する施策を打ち出している。「WLIが社員の意識変革に働きかける“ソフト面”を担うとするなら、人事部はダイバーシティーを具体的に進める“ハード面”を担当する部門だと言えます」。大島さんはWLIと人事部の協力作業の有効性を高く評価している。「例えば男性社員の配偶者が出産した場合、子供が6カ月になるまで5日間の育児休業が取れる制度があるのですが、この制度の利用率が高まっています。これも全社的に意識が変わりつつあることの表れだと思います」

 ダイバーシティ・プログラムが開始されてから4年。2007年10月1日には「ダイバーシティ&インクルージョンオフィス」が人事部内に立ち上がった。しかし、当初掲げた「女性社員が占める比率向上の数値目標」は達成に至っていないこともあり、さらなる対策に取り組んでいる。

 原因の1つは、ジョンソン・エンド・ジョンソン・メディカルカンパニーが買収合併した企業の女性社員の比率が低いことだ。例えば2007年1月からジョンソン・エンド・ジョンソン・メディカルカンパニーに加わったデピュー・スパイン事業部では、74人の社員のうち、女性は12人。ジェネラルマネジャーの野津 バーンスタイン 麻美子さんはこう語る。「医療の現場では女性が増えてはいますが、私たちが担当する整形外科の分野では、ほとんどの医師が男性です。学会に行っても女性医師を見かけることはまずありません」。デピュー・スパイン事業部で営業担当の女性は、1人だけだ。

デピュー・スパイン事業部 ジェネラルマネジャーの野津 バーンスタイン 麻美子さん

 野津さんは、1年4カ月前にある企業からジョンソン・エンド・ジョンソンに転職してきた。「ここに来る前は、女性に優しい会社というイメージがありました。しかし実際に入社してみると、事前の印象とかなり違ったのです」。イメージが違ったというのは、ジョンソン・エンド・ジョンソンが女性に優しくない、という意味ではない。


過剰な支援ではなく正当な評価を

 「この会社は、女性を弱い存在と決めつけて過剰に擁護したり支援したりしているのではありません。根本姿勢として男女を区別せず、成果を出す人を正当に評価する会社だと感じたのです」と野津さんは説明する。

 野津さんには2人の子供がいる。「迎えの時間に間に合うよう早く退社することもありますし、運動会に参加するために会社を休むこともあります。でも仕事における自分の責任を全うしていれば、周囲は納得してくれます。自分が望ましいと思うライフスタイルを許容してもらえる、そんな社風がこの会社にはありますね」と野津さんは言う。さらに「男女の差を感じずに働けるのは、トップにそうした意識があり、活動に強くコミットしているからだと思います」と付け加えた。

 夜中に家でパソコンを立ち上げることや、週末仕事を家に持ち帰ることもよくあるが、「これは子供がいる女性の多くがやっていることだと思います。私は苦にしていません」

 人事部では2004年、産休・育児休暇の制度やセクハラ対策を説明する 「ウィメンズハンドブック」を作成したが、その際、なぜ「メンズハンドブック」はないのか、と多くの男性社員から問い合わせがあったそうだ。男性の意識も変わってきたということだ、と大島さんは見ている。「男性にも役立つハンドブックの制作も視野に入れています。男性にも育児休業を取る人が現れているので、育児の感想などを取材して掲載したいですね」と大島さんは語る。

 ジョンソン・エンド・ジョンソン社員の平均年齢は34~35歳と若い。高い意識を持つトップと制度改革に柔軟な社員たちに加え、若い世代が多いことも、女性が活躍しやすい土壌を作る1つの要因なのかもしれない。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。