「私たちの活動の大きなテーマは、ワークライフバランスの実現です。ダイバーシティー推進は、その中の取り組みの1つとしての位置づけなのです」。こう話すのは、NTTデータグループ経営企画本部 事業企画担当 シニア・エキスパートの松室利江子さんだ。

NTTデータ グループ経営企画本部 事業企画担当 シニア・エキスパートの松室利江子さん(写真:山田 愼二、以下同)

 NTTデータでは、2005年の春に掲げられたグループビジョン「Global IT Innovator」と、それに向けて制定された10項目の行動ガイドラインを全社員に浸透させるためのプロジェクト、「新・行動改革WG(ワーキンググループ)」を同年9月に立ち上げた。

 経営企画部(現グループ経営企画本部)が主導で社内公募を行い、集まった男女66人の社員が8つのグループに分かれて具体的な施策を検討。そこから提案された2つの施策案「テレワーク(在宅勤務)推進」と「女性コミュニティの構築」を実行に移すことになり、執行会議での承認を経て、2006年2月に「ワークライフバランスWG」が始動した。この組織は、社員による自発的な活動、つまり本業以外のボランティアとして成り立っている。

 当時、公共システム事業本部で営業を担当していた松室さんは、社内のポータルサイトでワークライフバランスWGの公募を目にし、自ら手を上げてメンバーとなった1人だ。松室さんは1990年に入社し、SE(システムエンジニア)業務に就いていたが、翌年に出産し、2年間の育児休業を取得。「それまでNTTデータでは、出産、育児休業を取得した女性はいませんでした。当時は会社としてもリスクがあったと思いますが、制度を利用し、復職後もSEとして第一線で仕事をさせてもらったので、いつか何らかの形で会社の役に立てればという思いを持っていました。また、後輩の男性が事務局を担当していたので、彼を支援したいという気持ちも後押しになりましたね」

 ワークライフバランスWGは、2つのサブワーキンググループ(SWG)「テレワークSWG」と「女性コミュニティSWG」を柱とし、女性コミュニティSWGのリーダーを松室さんが務めることになった。女性コミュニティSWGが柱となった背景を、松室さんはこう話す。

 「当時は女性社員比率が1割に満たなかったこともあり、女性社員は点在化した勤務配置にならざるを得ず、ロールモデル(お手本となる人)が見いだせなかったり、1人で不安や悩みを抱えてしまうといったことが懸念されました。現に、30代で男性社員は働き盛りを迎えているのに対し、女性社員は離職率の高さが目立っていました」

 同社では、社内で孤立化する女性社員を、「さみしいと死んでしまう」と言われるうさぎになぞらえ“うさぎ症候群”と名づけた。さらに、納期に向けて労働の負荷が高まる状況の中で働くことを、明治~大正時代に過酷な労働に従事した製糸工場の女性の物語「ああ野麦峠」に重ねて“IT野麦峠”と呼んでいる。


 「弊社では“うさぎ症候群”“IT野麦峠”を解決すべき課題と考え、そのためには女性のネットワークを強化し、生き生きと働ける環境を整えることが重要だと考えたのです」

 当初女性コミュニティSWGのメンバーとなったのは、松室さんを含めた8人の女性。女性だけで1つのプロジェクトを推進するのは、全員初めての経験だったという。「最初のミーティングで8人が一室に揃った時、『いいにおいがするわね』という声がみんなから上がったのが印象的でした」

 メンバーはまず、互いの意識を合わせることからスタートした。自分の強みや弱みを自覚し、価値観や目標を持ったうえで仲間と仕事に取り組む。それによって楽しさや安心感を共有し、さらに視野を広げ向上する――。そんなビジョンを、11時間もの時間をかけて打ち立てた。

コミュニケーション活性化のため社内SNSも開始

 前述のワークライフバランスWGのほかに、新・行動改革WGによる提案から生まれたものがある。それは、コミュニケーションの活性化や課題解決のための情報インフラとして2006年4月に運用開始した、社内ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)「Nexti」だ。この「Nexti」の上に、女性ネットワーク作りの基盤である5つのコミュニティを立ち上げた。

 コミュニティは、全女性社員を対象とした「Girl's IT Innovator(女性社員全員集まれ!)」、職種別の「Women's営業」「Women's開発」「Women'sスタッフ」、そして男性社員も対象とした「ママパパ」だ。ここに多くの女性を集め、情報を共有し、蓄積することを目指したところ、「当初『Girl's IT Innovator』に、100人集まるといいねと話していたら、オープンから短期間で、当時の女性社員の3割に当たる300人近くが参加してくれました」という。

 コミュニティには、Nextiに登録する全社員が参加できる一般公開型と、管理者が許可した人が参加できる承認型とがある。女性を対象とした「Girl's IT Innovator」と職種別の3つのコミュニティは、女性コミュニティSWGメンバーによる承認型とした。コミュニティではトピックスと呼ばれる議題が掲げられ、掲示板上で意見が交わされていく。承認型の場合、このやり取りはそのコミュニティの参加者しか閲覧できないシステムだ。

 各コミュニティでは様々なトピックスが上がり、情報交換が行われている。例えば「キャリアを考えた時、出産はタイミングを計るべきか」「スーツに内ポケットがなく名刺を入れておけない時、どうしたらスムーズに名刺交換ができるか」「接待の場では、女性がお酌をした方がいいか」「顧客に1対1で誘われた時は、どうかわせばいいのか」という具体的な相談や、社内恋愛事情が語られることもあるという。

 「こうした情報は個々人の役にも立ちますが、それだけでは私たちのビジョンを実現することはできません。会社や全社員にとって有意義な意見や提言は、取りまとめて人事部など関連部署に積極的に働きかけるようにしています」と松室さんは言う。さらに、「会社側もコミュニティからの情報に着目し、『こういう意見を聞いてくれないか』と持ちかけられることも増えました」。

 Nexti上では、責任を持って発言するよう実名で書き込むようになっているが、会社側への提案やフィードバックの際には、匿名のサマリー(要約)とし、コミュニティ内でも内容を公開し確認を取ってから、提出している。松室さんは、「実名では人事評価を心配して本音を控えてしまうかもしれません。匿名にして、内容も事前に確認してもらうことで安心して発言できますし、会社側もより率直な意見を知ることができます」と話す。

 「女性は1割のマイノリティー。そのネットワークが強化されるだけでなく、会社が活性化するには、大多数を占める男性社員に生き生きとしてもらうことが重要です。そこで、2006年10月からは、大きなテーマであるワークライフバランスの視点から、性別にかかわらず多様な価値観や働き方を認め合って、事業成長に寄与することを目的とした『ダイバーシティSWG』も発足しました」と松室さん。このリーダーも、松室さんが務める。

NTTデータ 第一公共システム事業本部 第一公共事業部 営業部 第三営業担当 部長の赤羽美和子さん

 同社第一公共システム事業本部 第一公共事業部 営業部 第三営業担当 部長の赤羽美和子さんは、入社以来、官公庁を顧客に持つ事業本部に所属しているが、入社時は開発を担当し、SEとして働いていた。当時はまさに、前述の“IT野麦峠”のような働き方をしていたという。

 赤羽さんは、「部署に女性は私だけでしたが、女性ということで特別な悩みを持ったことはありませんでした。問題意識を持っていたのは、働き方です。SEの仕事には決まった工程、納期があるため、時間外労働が多くなります。当時は、今後もずっとこんな働き方を続けていけるのか、続けていくべきなのかと考えることが多かったですね。今思うと、当時から私にとってのダイバーシティーは『多様な価値観や働き方を認めることができる環境の実現』で、今の活動の目的にも通じるように思います」と話す。

 ダイバーシティSWGの活動では中間管理職に向けた啓発活動として、経営幹部のインタビューや他社の経営者を招いた講演会を企画したり、人事部キャリアコーチングと連携しメンター制度のプレトライアルの実施、「時短活き活きプロジェクト」や事業所内託児所の検討も行っているという。

 女性コミュニティSWGは女性8人でスタートしたが、活動が認知され、ダイバーシティSWGへと発展すると、参加したいと自ら申し出る男性も現れた。現在では8人の男性を含めた23人の社員が役割分担をして活動している。男性メンバーは20~40代、一般社員のほかに課長、部長といった管理職も参加している。7人は既婚者で、6人には子供もいる。男性メンバーが率先してワークライフバランスを実行すれば、周囲の男性も関心を示すことだろう。

 松室さんは「中間管理職にとっては、目の前の事業推進や利益率アップが優先事項になります。しかし、ダイバーシティーの活動は中長期的に見なければ、その意義を理解することも実現することも難しい。今後は、そのハードルをどう乗り越えていくかが、課題になってくると思います」と言う。

 一方、赤羽さんは「管理職は、事業拡大や利益追求に関する責務が重くなりますが、一方で労務やコスト、時間管理にも目配りする責任があります。ダイバーシティーが浸透すれば、社員も効率よく、人間らしさを失わずに働くことができるはず。結果的には、利益も生み出すことでしょう。管理職の視点に立っても、ダイバーシティー推進は、意義のある取り組みだと期待しています」と話す。

 ワークライフバランスWGはボランティアとして活動しているため、時間的な制約を感じることもあるそうだが、ダイバーシティー推進に取り組む他企業へも積極的に働きかけ、情報交換を行っているという。「当初は他社から学ぶことが多かったのですが、最近では私たちの活動をご紹介する機会も増えてきました」。ボトムアップで草の根的に始まったNTTデータのワークライフバランス実現への取り組みは、社内外にもその根を大きく広げ、しっかりと根づかせつつあるようだ。

日経ビジネス電子版から転載。
日経BP総合研究所 大塚葉が担当した記事を再掲。